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「君の仕事はガラクタ直し」と婚約破棄されたので、声を失った公爵の蓄音機を修理します  作者: はてなるあてな


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13/18

第13話 ガラクタと呼んだ人の前で

 ユーグ様が、私の報告書を机へ置いた。


「結局、肝心なところは聞こえなかったのだろう」


 四日ぶりに訪れた職人組合の部屋で、私はその紙を引き寄せた。

 今日は請求の話ではない。

 公爵の事故について、記録を確かめるための席だった。

 発注側のユーグ様と家令、装置を扱った職人、組合の調査人が向かいに座る。

 公爵は私の隣で、手帳を開いていた。


「はい。聞こえなかった部分は、そのように書きました」


 私は自分の報告書の最後を示した。

 針で拾えた音と、拾えなかった区間。

 それだけで、当日の試験を省いたと決めることはできない。

 ユーグ様の眉が少し動いた。

 私が言い返すと思っていたらしい。


「では、この調べには何の意味が」


「別の記録と、合わせられます」


 調査人が封筒を開いた。

 先日届いた作業票に添えられていた別紙。

 原本は組合が保管し、今日は確認用の写しを使う。

 そこには、音の返りを抑える部品に不具合があり、交換前の大出力試験を止めるようにと書かれていた。


 字を書いた職人が、両手を膝へ置いた。


「納品前に出しました。低い音が通っても、その先で戻りが強くなる。三つの確認音を確かめる前に本運転へ入れてはいけない、と」


「その紙は読んだ」


 ユーグ様が言った。


「だが、披露会は決まっていた。部品が届けば直せると言ったのは、そちらだろう」


「届けば、です。当日には間に合いませんでした」


 職人の声がかすれた。

 私はその顔を見てから、公爵を見た。

 彼は鉛筆を握っているが、机の上の文字を追えていた。


 調査人が別の控えを並べた。

 交換品の受取日は、事故の二日後だった。

 続行の指示を書いた欄には、ユーグ様の署名がある。

 家令はそれを見て、否定しなかった。


「中止を求めたのは、展示全部ですか」


 私が尋ねると、職人は首を振った。


「大広間へ音を広げる試験です。説明と小さな音の実演なら、別の進め方がありました」


 全部を壊すか、全部を進めるかではなかった。

 予定を変えることはできた。

 でも、変えなかった人がいた。


 ユーグ様は、今度は私を見た。


「君なら、あの場で直せただろう。いつも、急いで頼んでも何とかした」


 胸の奥が冷えた。

 以前の私なら、その言葉を喜んだかもしれない。

 必要とされていると思って、できると答えていたかもしれない。


「私は、その装置を担当していません」


 自分の声が、思ったより落ち着いていた。


「現物も見ず、交換する部品もない仕事に、できたとは答えられません。担当の方ができないと言った意味は、私の名前を出しても変わりません」


 職人が顔を上げた。

 私は彼に代わって事故を説明したのではない。

 彼がもう説明したことを、私ならできたという話で消させたくなかった。


 公爵が手帳を机の中央へ置いた。


『私が知りたいのは、今ここで誰かが直せるかではありません。あの夜、危険を知りながら続けると決めたのは誰か、です』


 調査人が全文を読み上げた。

 部屋が静かになる。

 ユーグ様は署名のある紙を見たまま、長く黙った。


「私が、予定を変えないように言った」


 ようやく言った。


「人が倒れるほどだとは、思わなかった」


 公爵の手は、そこで止まらなかった。


『そう思うために、警告を確かめなかったのですね』


 返事はなかった。

 調査人が、確認できた事実を一つずつ読み返した。

 警告の提出。交換品の未着。続行の指示。

 事故後の「予定どおり確認した」という報告にも、職人側は訂正を求めた。


 円盤から拾えない音を、作る必要はなかった。

 残された紙と、それを書いた人が話してくれた。

 職人が、聞き取りの紙へ自分の名を書いた。

「前にも、この話をしようとしたのです。ですが、納品した側が言い訳をするなと」

 家令はその言葉を聞き、事故後の報告を受け付けた者の記録も調べ直すと言った。職人はすぐにはうなずかず、いつ返答があるかを尋ねた。私と同じように、日付のある紙を求めている。調査人が次の返答日を書き、その控えを本人へ渡すのを見届けた。ここで一人の発言だけを記録して終えるのではなく、次に確かめられる形になった。

 組合は当該装置の取り扱いを止め、関係する納品先への通知と、事故報告の訂正を進めることになった。公爵家への補償の相談は、別の担当者が書面にする。


     *


 廊下へ出ると、公爵は窓の前で立ち止まった。

 私は隣に並び、通りを見た。


「お疲れになりましたか」


 彼はうなずいた。

 少しして手帳を開く。


『楽になったと、すぐには言えません』


「はい」


『けれど、何もなかったことにはなりませんでした』


 私はその一行を読んだ。

 直ったものは、彼の声ではない。

 過ぎた時間も、元には戻らない。

 それでも、あの夜を彼一人の不運で閉じる紙は、書き直される。


 公爵が私へ手を差し出した。

 私は今度、落とした鉛筆を拾うためではなく、その手を取った。

 彼は手帳をしまい、私の歩幅へ足を合わせる。

 ガラクタ直しと呼ばれた仕事の手で、私は好きな人の手を握っていた。

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