第13話 ガラクタと呼んだ人の前で
ユーグ様が、私の報告書を机へ置いた。
「結局、肝心なところは聞こえなかったのだろう」
四日ぶりに訪れた職人組合の部屋で、私はその紙を引き寄せた。
今日は請求の話ではない。
公爵の事故について、記録を確かめるための席だった。
発注側のユーグ様と家令、装置を扱った職人、組合の調査人が向かいに座る。
公爵は私の隣で、手帳を開いていた。
「はい。聞こえなかった部分は、そのように書きました」
私は自分の報告書の最後を示した。
針で拾えた音と、拾えなかった区間。
それだけで、当日の試験を省いたと決めることはできない。
ユーグ様の眉が少し動いた。
私が言い返すと思っていたらしい。
「では、この調べには何の意味が」
「別の記録と、合わせられます」
調査人が封筒を開いた。
先日届いた作業票に添えられていた別紙。
原本は組合が保管し、今日は確認用の写しを使う。
そこには、音の返りを抑える部品に不具合があり、交換前の大出力試験を止めるようにと書かれていた。
字を書いた職人が、両手を膝へ置いた。
「納品前に出しました。低い音が通っても、その先で戻りが強くなる。三つの確認音を確かめる前に本運転へ入れてはいけない、と」
「その紙は読んだ」
ユーグ様が言った。
「だが、披露会は決まっていた。部品が届けば直せると言ったのは、そちらだろう」
「届けば、です。当日には間に合いませんでした」
職人の声がかすれた。
私はその顔を見てから、公爵を見た。
彼は鉛筆を握っているが、机の上の文字を追えていた。
調査人が別の控えを並べた。
交換品の受取日は、事故の二日後だった。
続行の指示を書いた欄には、ユーグ様の署名がある。
家令はそれを見て、否定しなかった。
「中止を求めたのは、展示全部ですか」
私が尋ねると、職人は首を振った。
「大広間へ音を広げる試験です。説明と小さな音の実演なら、別の進め方がありました」
全部を壊すか、全部を進めるかではなかった。
予定を変えることはできた。
でも、変えなかった人がいた。
ユーグ様は、今度は私を見た。
「君なら、あの場で直せただろう。いつも、急いで頼んでも何とかした」
胸の奥が冷えた。
以前の私なら、その言葉を喜んだかもしれない。
必要とされていると思って、できると答えていたかもしれない。
「私は、その装置を担当していません」
自分の声が、思ったより落ち着いていた。
「現物も見ず、交換する部品もない仕事に、できたとは答えられません。担当の方ができないと言った意味は、私の名前を出しても変わりません」
職人が顔を上げた。
私は彼に代わって事故を説明したのではない。
彼がもう説明したことを、私ならできたという話で消させたくなかった。
公爵が手帳を机の中央へ置いた。
『私が知りたいのは、今ここで誰かが直せるかではありません。あの夜、危険を知りながら続けると決めたのは誰か、です』
調査人が全文を読み上げた。
部屋が静かになる。
ユーグ様は署名のある紙を見たまま、長く黙った。
「私が、予定を変えないように言った」
ようやく言った。
「人が倒れるほどだとは、思わなかった」
公爵の手は、そこで止まらなかった。
『そう思うために、警告を確かめなかったのですね』
返事はなかった。
調査人が、確認できた事実を一つずつ読み返した。
警告の提出。交換品の未着。続行の指示。
事故後の「予定どおり確認した」という報告にも、職人側は訂正を求めた。
円盤から拾えない音を、作る必要はなかった。
残された紙と、それを書いた人が話してくれた。
職人が、聞き取りの紙へ自分の名を書いた。
「前にも、この話をしようとしたのです。ですが、納品した側が言い訳をするなと」
家令はその言葉を聞き、事故後の報告を受け付けた者の記録も調べ直すと言った。職人はすぐにはうなずかず、いつ返答があるかを尋ねた。私と同じように、日付のある紙を求めている。調査人が次の返答日を書き、その控えを本人へ渡すのを見届けた。ここで一人の発言だけを記録して終えるのではなく、次に確かめられる形になった。
組合は当該装置の取り扱いを止め、関係する納品先への通知と、事故報告の訂正を進めることになった。公爵家への補償の相談は、別の担当者が書面にする。
*
廊下へ出ると、公爵は窓の前で立ち止まった。
私は隣に並び、通りを見た。
「お疲れになりましたか」
彼はうなずいた。
少しして手帳を開く。
『楽になったと、すぐには言えません』
「はい」
『けれど、何もなかったことにはなりませんでした』
私はその一行を読んだ。
直ったものは、彼の声ではない。
過ぎた時間も、元には戻らない。
それでも、あの夜を彼一人の不運で閉じる紙は、書き直される。
公爵が私へ手を差し出した。
私は今度、落とした鉛筆を拾うためではなく、その手を取った。
彼は手帳をしまい、私の歩幅へ足を合わせる。
ガラクタ直しと呼ばれた仕事の手で、私は好きな人の手を握っていた。




