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御曹司は婚約者を私から姉に変更しました――「経営判断」だそうです  作者: 新川さとし


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第8話 チャンス


 妹の帰りを待ち構えたのは、覚えている限りはじめてのことだった。


 ガチャッと玄関が開いた。


「お帰り~ 理央」

「ただいま! お姉ちゃんどうしたの?」

「どうしたのって?」

「だって、玄関までお迎えしてくれるなんて初めて」

「あら、たまたまよ。リビングに行こうとしてたら、あなたが帰ってきたの」


 その時、お母さんがリビングから声をかけてきた。


「理央? お帰り。ご飯は食べてきたのよね?」

「うん。今日もご馳走になっちゃったの」


 妹を追うように、リビングに行くと、お父さんたちまで座ってた。口火を切ったのはお母さん。


「今日も専務さんと一緒だったんでしょ?」

「うん。今日、キックオフ……あ、えっと、最初の会議があって、その後の反省会だからって、誘われたの」


「お酒も、けっこう飲んだみたいね」


 お母さんの口調は、好奇心そのもの。お父さんは心配そうなのにね。


「うん、何種類もワインがあったから」


 あっけらかんと、理央が答えてる。


 キックオフの打ち上げで、ワインを出す店? やっぱり専務が混ざると、そうなるのかしら。


「あれだけの人数だと、打ち上げの店を決めるのも大変よね」

「ううん。専務と二人だけだったから」

「え? また?」

「うん。昨日のお店」


 理央がちょっと申し訳なさそうに答えると、お父さんは、ひと言、唸るように「ル・セードルに連日、連れてく……」と、天井を見た。


「ダメ……だった?」

「いや、ダメなんかじゃない。理央もちゃんとした社会人だ。誰とどんなお付き合いをしても、親がツベコベ言う問題ではないからね」


 お父さんの表情は、明らかに、ツベコベ言いたそうだけど。お父さんにとっても、理央は危なっかしくて放っておけない娘なんだわ。


 私が友だちと遊び歩いたときは、何も言わなかったクセに、理央が実験で遅くなるとソワソワしていたものね。


 ひょっとしたら、今日のことを聞き出したいのは、私よりもお父さんかも。


 私は知らん顔をして、二人のやり取りを聞いていた。


「お付き合いっていうか…… お仕事の話だもん。他の話もしたけど、そもそも今日の会議の話をしたくて行ったわけで」

「理央、それは仕事の話とか、そういうのではなくてだな……」

「あなた。理央が困ってますよ」

「あ、いや、理央を責めるつもりなんてないんだ。ただ、お相手がオオツキってことではな。その、いろいろと心配になるじゃないか」

「あなた。ちょっと気を回しすぎです。ほんと、こういう時の父親って、だらしないんだから」


 理央はキョトンとしてる。相変わらず鈍いこと。


 そこから、理央は、仕事の話だよと強調したいのか、期限の話や、経営判断の話がねと続けた。


 この子のいつものことだけど、なぜ、ル・セドールに連れて行ったのかを、本気で考えてないみたいだ。


 いつも使っているお店だから? 今どきの中学生でも、そんな見え透いた言い訳を信じない。


 会社ではじめて会話したプリンスの顔を浮かべながら、内面のイライラに、微笑を被せて、さらに聞いた。


「二人で、そんなに飲んだの?」

「大丈夫だよ! 今日は、ワインが多めだったからって心配してくれたの。だから、代行の人に頼んで家の前まで乗せてきてくれたんだから」

「ウチまで送ってもらったんだ」

「理央は、すごい待遇よね。プリンスの横の席だったし」


 いくら、運転代行の人を使ったと言っても、家まで送ってきた? 専務が、イチ、技術職を? 


 一瞬、顔が引き攣りそうになって、慌てて仮面を被り直した。


 ダメだ。こんなことでイライラしちゃダメ。とにかく、プリンスと理央の関係をきちんと理解して、何とか、そこに割り込まないと。


 せっかく、ここまで待ったんだよ? 


 チャンスを生かすのよ、私。


「で、どんな話をしたの?」

「えっとね……今日の会議でちょっと意見がというか、経営判断の問題らしいんだけど。なかなか分かってもらえなくって。あ、でも専務の言っていることも分かるのね? だから、どうしようかなぁって」

「経営判断って何よ」

「あ、今度のプロジェクトの期限……みたいなの? 詳しくは言えないんだけど」


 あ~ イライラする! なんで家族にまで秘密を守ろうとするのよ! 私が誰かに喋るとでも言うの! 


 しかも、この子は、たぶん、そこまで考えてなくて「会社で秘密って言われたから、言えないの」くらいに考えているに決まってる。


 ホントに、ロボ子なんだから!


「じゃあ、他に言える話でいいんだけどな」

「えっとね……そうだ、呼び方の話がちょっと出たかな?」

「呼び方? 昔だと理央は、ロボ子とか、AIちゃんだったっけ? いろんなあだ名があったけど」

「違うの。あだ名じゃなくて、名前よ」

「名前?」

「うん。会社じゃないんだから崇人って呼べって。困っちゃうよね。幼馴染みでもないんだから」

「待って、待って。専務が名前で呼んでほしいって言ったみたいに聞こえるけど」

「そうなの。それで、私も理央とか呼ばれちゃって。ちょっと話の流れで、突っ込む前に成立しちゃったのが困るかなぁ」

「それって……理央さんという感じ?」

「理央って呼ぶみたいな流れになっちゃった」

「ふうん。理央、ね……」

「幼馴染みでもないのに、変だよね」


 無邪気に笑う理央に、本気でイラついた。


 専務は本気で、この子をどうにかするつもりなんだ。


 遊びなら良いけど、おそらく違う……


 私は、密かに息を詰めた後、できる限りの笑顔で言った。


「良かったじゃない。理央は気に入られてるのね」

「誰に?」

「プリンスに決まってるでしょ」

「確かに仕事で期待してるって言ってくれてるけど、なかなか期待に応えられてない感じなの」


 これ、これよ。これなら、つけいる隙があるわ。


 理央は決定的に気付いてない。


「まあ、理央はそういうところ鈍いからね。変に期待させるようなことだけはしないようにね」


 釘は刺したけど、効き目があるかどうかわからない。この子は本当に、人の心を考えずに進んじゃうから手に負えないの。


 ……でも、理央は、まだ、プリンスに好かれていることにすら気付いていないわ。だったら、まだ間に合う。

 

 私のことを、ちゃんと見てもらえばいいだけだもの。


 それには、まず、どこかで話すことからね。


 大丈夫。理央のことがあれば、話すチャンスなんていくらでもあるわ。



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