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御曹司は婚約者を私から姉に変更しました――「経営判断」だそうです  作者: 新川さとし


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第7話 経営判断


 各部署とのやりとりに追われて、あっと言う間に一日が終わった。


「水野さん。この後、予定は?」

「特にありません」

「それなら、今日のキックオフの反省をしたいんだ」


 チャンス! 「少なくとも1年」の話をするチャンスだ。


「はい。もちろん、大丈夫です」


 私は喜んで、打ち合わせテーブルに行こうとした。


「あ、違うんだ。付き合って欲しいって思ってね」


 男性に「付き合って」なんて言われると、ちょっとドキ。でも、さすがにラブコメみたいな勘違いはないよ。


「どちらに?」

「昨日の、ル・セードルさ。さっき電話しておいた。食べながらゆっくり話そうよ」


 そんな風に、誘われて断れる「補佐」なんていないと思う。


 だけど、いざ、来てみると、戸惑いの方が大きかった。


 だって、反省どころか、海外旅行の話や大学の話を使って、何度も笑わせてくれるだけなのだもの。 


 ギャルソンさんは、次に運んできたお皿をサーブしながら、静かな口調で説明してくれる。


「フォアグラの表面を軽く焼き目を入れてあります。無花果は、地元宮城産のものを合わせてございます」


 軽く説明して、専務を見た。


「フォアグラ・ド・カナールのポワレ 無花果のロティ添えだよ。この季節の名物みたいなもの……だったよね」


 ギャルソンさんは、恭しく頷いて、専務の言葉を肯定した。


 そして、開けたてのワインを小さなグラスに注いでくれる。


「ワインは、こちらを合わせていただければと」

「ソーテルヌか。甘口のワインだから、試してみて」


 料理に合わせてワインを選ぶって言うのは、確かに知ってる。でも、出てくる料理一品ごとに、ワインも変わるわけ? っていうか、専務、チラッと見ただけで銘柄が分かるんだ。


 私は驚きながら、赤ワイン色のソースを添えたフォアグラを一口。


 え? フォアグラって、こんな味なの? 私が今まで食べてきたのは、いったい何? まあ、あれも美味しかったけどさ。


 甘口のワインは、舌の上を滑るように喉に流れ込んできた。


 確かに美味しい……


 たぶん、目を丸くしていたんだと思う。気付いたら、楽しそうに私を見ている専務。

 

「気に入ってもらえたみたいで良かった」

「すごく、美味しいです」

「すごく美味しそうに食べてくれるから、シェフも喜んでるよ。水野さんが、喜んでくれて良かった」


 笑顔の専務は、キックオフの時の顔とも、ちょっと違う笑顔だった。

 

 その意味はよく分からないけど、上機嫌なのは間違いない。


 そして、思い出した。いっけない。美味しさのあまり忘れそうだった。お仕事、お仕事。


「専務」

「ははは。確かに仕事の話もするけど、会社の外では崇人でいいよ」

「いえ、それはちょっと」


 男の人を名前で呼ぶなんて、したことないし。第一、今はそれどころの話じゃない。


「今日の会議のことなんです」

「ん? 何か問題があった?」

「一年以内……本当に、そうなるんですか?」

「ああ、もちろん。まあ、実際には、どんどん前倒しして行きたいけどね。こうしている間にも世界のライバルたちが先に発表してしまうかもしれないわけだし」

「あの、でも、開発部からは、技術的な検証だけでも一年はかかるという話でした。そうしたら、一年以内というのは無理ではないかと思います」

「ああ、確か君の先輩だっけ? 開発の小野寺君が言ってたね。でも、最後は安西部長が約束してくれただろ?」

「部長は検討するって言ってました」

「ああいう場面での発言だよ? それは間に合わせますってことさ。大槻技研が誇る開発の御大が約束した以上、問題はないと思うよ」


 そういって、ソーテルヌとかいうワインをククッと飲み干すと、自信に満ちた笑顔を見せる専務。


「技術系の人が、慎重になるのは良いことだ。でも、大学の研究室とは違うから、商品として、いつまでに、どうするかというのは、経営判断の部分が大きいんだ」

「けいえい……判断ですか?」

「研究は大事。でも、商品としてどうするかは、別の問題だってことだね」

「それは、わかりますけど」

「経営者の判断が遅れて、タイミングを逃したり、ミスをすることで、会社の存亡に関わることなんて、珍しくないんだよ」


 そう言って、肩をちょっとすくめて見せてから、専務は「アメリカでさ」と言った。


「自動運転が開発されているだろ?」

「もう、一部では使われているって、聞いたことがあります」

「あれだって、最初は、限定された地域で実証して、データを取りながら改善した。ということはさ、世の中に出した時は完全ではなかった。違うかい?」

「それは、どんな技術も、使われているうちに改善されていくものですけど」

「SBSだって同じだよ。まず条件を絞って出す。その結果をどんどん製品へ戻していけばいい」

「確かに、フィードバックは大事です」

「さすが水野君だ。いや、今は理央と呼ばせてもらうけど。君はやはり理解力がある」


 えっと、名前呼びの話にするのか、理解力の話にするのか。全方向にツッコミどころのある話に、一瞬返事に困ってしまった。


「もちろん、改善、改良は常にしていく。むしろ、さらに推奨したい。でも、どの時点で製品にするのかというのは、やはり技術だけの問題ではないのさ」

「それが、専務のおっしゃった、経営判断、ですか?」

「そうだよ。さすが理央。もう、理解してくれたね。あ、オレのことは崇人って呼んでね」

「改善するのは当然ですけど……」

「おっと、今日は肉にさせてもらった。メインが来たらしい」


 ギャルソンさんが持って来た、美味しそうな香りのするお料理より、呼び方のことよりも、経営判断と言う言葉が、わたしのお腹に落ちそうに無かった。



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