第4話 SIDE BY SIDE
第4話 SIDE BY SIDE
翌日、いつもより二本早いバス。
八時ちょうどに着いたら、一番乗りは私ではなかった。
「おはようございます。課長」
「おう、早いね、水野君。張り切っているみたいで、けっこうけっこう」
阿部課長は、上機嫌であいさつを返してくれた後、一瞬、何かモノ言いたげな表情になった。
でも、そこで口を閉じて、ただ、生温かい目をして微笑む顔になる。
まるで昨日のお母さんみたいな顔。
あ、そうか。昨日の顔合わせについて聞きたいけど、守秘義務だから遠慮してくれてるんだ。
私は、喋れる範囲で報告しようと思った。
「昨日は、それほど、深い話はありませんでした。例の件は、特に」
いくら行きつけのお店でも、まだオープンしてないプロジェクトの話を、そんな場でできるはずがない。
だから、安心してくださいね、課長。あ……謎の会計システムについては、この際、話さなくて良いよね。
なぜか、課長は、ちょっとだけカクンと肩すかしをされたような仕草を見せたけど、私、何か間違ってた?
「そうか。まあ、最初はそうなるか。楽しかったかい?」
「え? あ、はい。仕事の話もいろいろ聞いてくださって」
眉がヒョコンと上がった。阿部課長って、こんな表情もできるんだ。それって驚いた顔?
「仕事の話……ま、いっか。ちょうど良い。キックオフは十時の予定で、関係者には通達されてる。引き継ぎはそれまでにまとめておいてくれ」
「はい。頑張ります」
「急ぎの部分だけまとめれば、どうせ席はこのままだからな。何かあれば直接聞くから、そのつもりでいてくれ」
「はい!」
良かった。ここにも席が残っているって言われると、なんだかホッとした。
PCを立ち上げようと座った途端、まるでタイミングを見計らったように内線が鳴った。
「はい、システム課、水野です」
「おはよう、水野さん」
「専務! おはようございます。昨日はごちそうさまでした」
「いや、大したことないさ。また行こう。それよりも、ホントに早いね」
「専務こそ。こんなに早くいらっしゃるなんて」
「いや、キックオフの前に、最終的な詰めもしておきたかったから。引き継ぎもあるだろうけど、できれば、その前に、こっちに顔を出してもらえるかな」
一瞬、急ぎの部分だけでもギリになっちゃうのに、と思った。でも、この後の会議の前に、補佐としての打ち合わせは優先だ。
課長に、目を向けると、案の定、頷いてくれてる。
「今すぐ、参ります」
「ありがとう。勤務時間の前なのにごめん。恩に着ます」
「いえいえ。それでは、失礼いたします」
「ああ、頼んだよ」
専務ともなれば、タイムカードは関係ないのに、この時間に仕事を始めてる。
これって、専務が、すごくやる気なんだということだ。私は、その補助として、選ばれたんだ!
私だって頑張らなくちゃ。
……と思ったはずなのに。
今日は右手に、赤ペンの跡がないかチェックしてから飛び込んだ役員室。
私を迎えてくれたのは、まだ温かいマフィンと香り高い紅茶が二人分。
専務は、少し照れた顔で言った。
「朝、まだだったらと思って」
「ありがとうございます」
図々しく、専務室で、マフィンと紅茶をいただいてしまった。
わ~ 帰ったらお姉ちゃんに教えなくっちゃ。
そんなふわっとした空気ではあったけど、しっかりと打ち合わせをして、パワポの最終確認は私も手伝う。
説明の重みをどこに置くか、特に技術的な部分の説明をしっかりチェックしておくのは私の役目だもんね。
そして、緊張とともに、会議室。
みなさんの方を向いて座った私の後ろには、大きなスクリーン。
そこにはパワポの太い文字が浮かんでいる。
SIDE BY SIDE
――人の隣に、もうひとつの力を――
文字を背景に、専務が、キリッとした姿で、出席者に語りかけている。
「今回、我々が作るのは、人の代わりに働くロボットではありません」
そこで一度、会議室の面々を見回した。今日は、専従以外に、各部署から責任者も出ているから20人以上。営業以外に、購買や、品質保証、生産技術。それに、総務も広報も。
いわば「オール大槻」の顔揃え。
さすがの大テーブルも狭く感じるなかで、みんなの注目を集めている専務。正直、絵になると思った。
「このプロジェクトが目指すのは、人の隣で働くロボットです」
専務がプレゼンターに触れると、画面に、和菓子職人の横で働くロボットが映った。
それは、人間型とはほど遠いロボットだった。
低い機械の胴体を六本の脚が支え、上には、大槻技研が得意とする多関節アームが左右に一本ずつ伸びている。その二本の腕で、餡の入った大釜を両側から抱えるように持ち上げ、和菓子職人の横まで運んでいた。
「日本の製造現場は、人が足りない。特に中小企業では、何億円もかけて工場全部を自動化するなんてできない。でも、人ひとり分の手が増えれば助かる現場は、いくらでもある」
次のスライドでは、石膏ボードを取り付ける職人の横から、ロボットの二本のアームが、次の石膏ボードを用意していた。
「重いものを持つ。部品を運ぶ。同じ作業を繰り返す。その隣で、人間は人間にしかできない仕事をする」
クルクルと、変わる写真は、どれもが、人とロボットが一緒に作業している姿だった。
「大槻技研が目指すのは、無人工場じゃない」
一つ、言葉を切った専務は、ゆっくりと言った。
「人と機械が、同じ場所で働ける工場です」
開発部以外の部署の人たちは、ほぅ~ッと小さな声を上げた。
「そのための製品を、一年以内に市場に出す。それが――SIDE BY SIDE PROJECTの目的です」
おぉ~ と今度こそ、感心したという雰囲気の声があちこちから漏れる。
「確かに売れるな」
「人手不足を補うわけか」
「そりゃ欲しくなるよな」
ザワつく会議室を、満足そうに見渡す専務の顔は自信に満ちていた。
「では、性能その他については、開発部から頼む」
「はっ。では、開発より、説明いたします」
開発部が立ち上がると、基本コンセプトや、開発段階、そして、達成すべき諸元をつぎつぎと提示している。
専務は、それを見ながら席に座ると「どう? いいだろ?」と小さく尋ねてきた。何が「良い」のかは良くわからないけれど、プレゼンテーションの仕方は、確かに良いと思った。
確かに、開発すべき製品は魅力的に見える発表だと思う。
だから私は「良いと思います」と答えると、専務は満足そうに「OK」とウインクしてきた。
その間も、会議室は、小さくざわめいている。営業系や宣伝部の人たちは、早くも、あれこれと囁き合ってるせいだ。
でも、私は、ひとつだけ気になってしまった。
朝、温かなマフィンをいただきながら、言われた言葉と、一つだけ……でも、すごく大事な違いに気付いたからだ。
あの時専務はこう言っていた。
「大丈夫、基本技術はある。まあ、一年を目処で考えれば、必ず、成功するさ」
「目処と言うことは、場合によっては遅れることも?」
「まあ、考えたくないけど、厳重に工程管理して、遅延だけはないように頑張ろう」
努力目標で、しかも「目処」とだけ言っていたはずなのに。いつの間にか「一年以内」になってた。
気にはなったけど、まさか、このタイミングで確認するわけにもいかない。
でも、気になることは確かめた方が良いよね?
だって、私の立場は「プロジェクト・リーダー補佐」。
専務の足りないところを補う役目。
だけど、会議室の正面で、専務の横に座っていたら、目立ちすぎて、この場で囁くのもためらってしまう。
開発部の説明が終わると、私の葛藤を知らず、専務は自信に満ちた表情で再び立ち上がった。
「ここまで、どうでしょう?」
みんなを見渡してから、私の方を見て、少しだけ微笑んだ。
その時、開発部の方から手があった。
「質問があります」
あれ? 小野寺先輩?
しかも、何か納得できない時の、あの顔だった。




