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御曹司は婚約者を私から姉に変更しました――「経営判断」だそうです  作者: 新川さとし


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13/14

第13話 理央のことなら

 二階の窓からの景色は、野草園、その向こうに緑の濃い青葉山。


 その緑と青空を見ているのだろうか。談話コーナーの窓辺に、ひょろりと背の高い人がいた。


 コーヒーをすする長身。


 早くも、チャンスが来たと思った私は、すっすっと近づいて声をかける。


「佐々木さん。お疲れ様でした」

「あ、お姉さん……さっきは、案内してくれて、それに書類も。お世話になりました。ありがとうございます」


 ちょっと硬いけれど、律儀にお礼を言ってくれるのは、やはり真面目なんだろう。


 まあ、ロボ子ちゃんとまで言われる理央を好きになったとしたら、真面目で、そして変わり者なのかも。


 私は優しい姉の顔を作って見せる。


「理央にも頼まれてましたから」

「理央さんに?」


 ウソではない。昨日「佐々木君が来たらよろしくね」と言われたのは本当だから。


 でも、私は、あえて話題を変える。


「この後、大学院にお戻りになるとうかがっています」

「あ、えぇ。書類は郵送でも良いんですけど、やっぱり教授にあいさつをしておくものらしくって」

「佐々木さんに期待していらっしゃると聞いてますよ」

「いや、オレ……私なんて」

「ご謙遜を。優秀な方だと、妹からも聞かされていますわ」

「いや、妹さんの方が私よりも遥かにすごいと思います」

「頭の良い子ですけど、理央は本当に気の利かない子ですから」

「いえ! そんなことないです」


 わずかに言葉が強くなった。思ったよりも純朴らしい。


甘いルックスと、高身長。これなら、モテまくっても不思議はない。でも、理央の話だと、真面目派らしい。


 そういう人が、この反応だもの。試す価値はありそうね。


「そういえば、大学時代、理央とデートなさったんですって?」

「なんで、それを」


 ギョッとした顔で見つめて来た。


 つくづく、心が出やすいのね。やっぱり、この男、大学時代から理央への気持ちが変わってないんだわ。


 だから、専務にも、あの反応だった。


 わかりやすい男って好きよ。


 私は背筋をピンと伸ばして頭を下げてみせる。


「本当に、あの子ったら……驚きましたわ。その節は妹が失礼しました」


 顔を上げると、佐々木さんは明らかにうろたえていた。


 返す言葉に困ってるってところね。


「あの時は、後から聞いて叱りました。まあ、でも、なぜ、私に叱られたのか、たぶん、いまだに理解してないと思いますけど」

「叱る?」

「はい。せっかく、誘ってもらったのに、映画だけ見てサヨナラするなんて失礼でしょって」

「あ……」


 まぁ、叱ったというのはウソだけど。


 知ってるわ。だって、あの日、理央は「あの映画を見たよ」って教えてくれたもの。理央は映画に誘われた。だから映画を見て帰った。ただ、それだけ。


 それ以上の意味はないのに、男の人は、意味を考えちゃうよね?


「いや、あの、そのぉ、いろいろと用事もあったんだろうし」


 しどろもどろの様子を見て、私は確信した。


 心の中でだけ、ペロッと舌を出しながら「やっぱり、デートに誘ったつもりだったんだね」と言ってみる。


 もちろん、表情は、妹の不始末をお詫びする顔に固定したままだ。


「でも、そんなことを忘れたふりをして、協力してくださるなんて優しい方なのですね。理央が信頼するのも分かるわ。あの子、すごく喜んでいました」

「あ、えっと、喜んでくれた?」

「はい。昨日も佐々木さんの話、してましたから」

「そうですか」

「大学時代のあれ。理央にはあきれましたよね」

「そ、そんなことはありません!」

「でも、その後は理央とお出かけ、なかったみたいですけど?」


 この人の話なんて、理央はずっとしてなかったもの。


「そ、それは、その……」

「あの後、誘えば良かったのに」

「え? 誘っておけば?」


 よし、食いついた。


 私は、そこで肩をすくめて、答えはオアズケにしておく。


「そう言えば、あの子、このところ帰りが遅いんです」

「忙しいんですか? プロジェクトの補佐で」


 目が右上をチラッと見たのは、専務室での光景を思いだしたに決まってる。もちろん「理央」って呼ばれてたのもね。


「お仕事だけなら心配しないわ。ただ……」

「仕事じゃない?」


 私は、その言葉を敢えて無視するように視線を窓に向けた。私を見つめる視線を意識して、私は表情を、少しだけ哀しげにした。


「あの子が、誰とどんな関係になっても、社会人ですものね。姉が心配するのは間違いだって、わかってるわ」


 佐々木さんの目は、忙しく動いてるのを横目で見ながら、私は、欲しい言葉をスッと差し出す。


「あの子、お付き合いしている人はいないわ。今はね」

「それって、専務と?」


 私は、小さく首を振ってみせるだけ。この人には、それで十分。


 私から視線を外せなくなった背高さんは、私の言葉を待っていた。


「あの子は男性に慣れてないわ。それで心配してるってだけなの。だって連日よ?」

「連日……まさか専務と?」


 前のめりになってる男性には、もう、それ以上の言葉なんていらないよね。


 心配そのもの、と言う顔だけを浮かべて、わざと左右を見回す。


 休憩時間でも無いのに、人がいるはずない。


「専務って、ほら、カッコイイでしょ?」


 ちょっと肩をすくめてみせてから、わざと下を向いて答えた。


「東京では相当だったという噂を聞いたわ」


 間髪を入れずに、背高さんは聞いてきた。


「理央さん、今、付き合っている人はいないんですよね?」

「そうね。今は、ね」


 もう、それ以上、私の言葉はいらないはず。


 目の前の大きな靴は、床をねじるようにこすっているんだもの。


 そうよ、焦りなさい。


 相手の焦りに、たっぷり間を取ってから、顔を上げた時、私はちゃんと手に紙を持っていた。


「あなたなら……」


 ほら、ほら、私の言葉を待ってるよね?


「理央を大切にしてくれそう」


 少し儚げな表情で微笑んであげれば、背高さんは「もちろん……」と口走ってしまう。

 

「これ、私の連絡先よ。理央のことなら、使って良いわ」


 二つに折った紙には、LINEのIDを書いてある。こんなに早く渡せるなんて、思わなかったけど。


「ただし、みんなには内緒よ? こう見えても、私、安くないんで」

「これは……」

「お守り、というか、保険ね。理央を大切にしてくれるなら協力してあげる」


 佐々木さんの返事を聞く前に、私はクルンと背を向けた。


 背後では、紙片をポケットに入れる気配がしていた。

 

 あの男、やっぱり、ちょうど良いじゃない。 


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