第14話 専務の提案
SBSには、既に専用の開発スペースが割り当てられている。
会議室も、専用の書類保管庫とセキュリティ処置が施されている部屋がいくつもあった。
専務と私たちが、開発担当者たちに説明を受けるのは、そんな一室だった。
正面のスクリーンには、おそらく専務を意識した、噛み砕いた表現が映し出されている。きっと苦労したに違いないけど、プロジェクトリーダーに理解してもらうのは大事だもんね。
私は心の中で、みなさんに頭を下げる。
スクリーンに三行だけ映し出されていた。
1 停止距離
2 安全な停止
3 重心安定
誰も言葉にしないけど、専務がきちんと理解してくれるのか、心配しているのがよく分かった。
安西部長が簡単に挨拶した後、説明役として指名されたのは、小野寺先輩だった。
「我が社のSIDE BY SIDE プロジェクトにおいて、言うまでも無く、安全性が最重要な問題となります」
淡々としたいつもの表情で説明が始まった。
「直面する安全面の問題は、この三つに絞れます」
専務は真剣な表情で頷いている。
その後、産業用ロボットの安全規格について早口で説明した後、画面が切り替わった。
大槻技研の最新型ロボットの図面が表示される。
佐々木君は、後ろの席で無表情に座っていた。
「細かい数字や規格の話はおきます。ただ、我が社のロボットは、床などに固定されていることが前提の設計だと言うことを申し上げます」
「うん、なるほど。SBSは、ロボット自体が動くということが大きな違いだね」
専務は、きちんと理解しようとしていた。
「はい。おっしゃる通りです。ご理解いただき、ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をした先輩は「だから」と続けた。
「停止による安全をアームの動き単体で計算してはいけないことになります」
そこから、何枚かのスライドを変えながら、長い説明をした後、チラッと私を見た。
はい。私の役目ですよね。
私は思いっきり、簡略化して言葉を足すことにした。
「ロボットのアームが動く力と人の動きが足されて、ちょっとした想定外が起きただけで、大怪我に繋がるかもしれないということです」
専務は、私と先輩を交互に見てから、間を開けて頷いた。
「なるほど」
私が専務に説明した言葉は聞こえていたのだろう。先輩は、私に向かって目だけで肯定してから、スライドを切り替えた。
「二番目の問題。これが厄介です。即座に停止すればOK、ではすまないんです」
「止めてもダメ?」
専務は訝しげに首をひねる。どう、説明したら良いのかと思ったら、先輩は私に目だけで「大丈夫」と伝えてきた。
「簡単に実演いたします」
先輩は、右手でコーヒーカップを持ち上げた。
ロボットアームの動きを真似て、そのまま右から左へ。
「緊急停止!」
声を出して、ピタリと止めたカップから、コーヒーがピチャッとこぼれた。
こぼれたコーヒーを少しだけすまなそうに見てから、こちらに目を向けた先輩。
私は「動かす速度と中身の問題です」と専務に囁いた。
分かった、と言いたげに頷いた専務は、真面目な顔で言った。
「なるほど。動かすスピードによっては、止めても中身がこぼれるんだな」
「はい。ゆっくり動かせば問題は最小限ですが、遅すぎれば使い物になりません。だから実用的なスピードと止め方を、最適なバランスで導き出す必要があります」
ちらっと、専務がこちらを見てきた。
「石膏ボードと煮えたアンコの鍋では、分ける必要があるということです」
私の言葉に頷いた専務は「続けて」と促した。
「最後の問題が、六足歩行で変化する重心のバランスを考えて制御するということです」
スクリーンには、AI生成らしい、簡略化されたアニメーションが出てきた。
六本足のカブトムシが角で石をひっくり返している。そして、次のシーンは、カブトムシが前足を上げた姿で、石をひっくり返したところ。
二枚のカットを重ねると、カブトムシの姿勢は明らかに違った。
専務は「ほう」と小さな声を上げた。
「これらを問題別に、一つ、ひとつ検証するための実験機が必要です。それには途方も無い時間がかかるわけです」
そこで言葉を切った先輩は、鋭い視線を専務に向けながら言った。
「普通にやれば、数年。我が社の技術力と潜在能力を加味しても一年では、かなり厳しいと考えられます」
あちゃ~
専務が、何とも言えない顔を……え? なんで笑顔? あれだけ「経営判断だから一年以内」と繰り返しているのに?
昨日だって、鴨肉のテリーヌが出てから、ライチのソルベまでに、二回も「経営判断だから」を聞かされてる。
それなのに、自信に満ちた、この笑顔はどうして?
私が密かに狼狽えている間に、専務は笑顔で大きく頷いて「分かった」と言うと立ち上がった。
「大変さは安西部長から聞かされている」
肩を一つすくめた専務は私をチラッと見た。
「ここにいる補佐からも、開発期間がタイト過ぎると、毎晩、叱られているんだ」
えっと、みんなの前で、誤解を招くような発言は控えていただけると……まあ、確かに、一年だと厳しいというか、実際には無理だと思うと言うのは、個人的意見として、毎回、ル・セードルに行く度に言わせてもらっているんだけど。
専務は、笑顔で続けていた。
「ちょっと尋ねたいんだけど、うちではコンピュータを使ったシミュレーションは?」
「もちろん、やってます」
そこで手を挙げたのは佐々木君だった。
おもむろに立ち上がって「シミュレーションによる、開発期間の短縮は私の専門になります」と、コンピュータの性能をペラペラペラと並べてから、託宣のように告げる。
「大槻技研のコンピュータだと、限界があります」
「限界というのは?」
「物理的な計算能力が足りません。大学並み、とは言いませんが、今、こちらに入っているヤツだと、一日解析させてエラーが出てお終いになりかねません」
「つまりコンピュータの性能が足りないわけだね」
「はい。今以上の機種へ買い換えとなったら、相当な費用も掛かりますが?」
「スパコンがあれば、問題ない?」
首をかしげた佐々木君を見て、余裕の笑みを浮かべる専務は、さらに言った。
「前に、スパコンを使いたいって言ってたね。ソフトの部分が難しいらしいけど、佐々木君は、どう?」
まるで「あなたは使いこなせるの?」みたいな発言になっちゃった。
ハラハラしながら、どうにかして介入しなくちゃと思っていたら、佐々木君は思ったより大人だった。
ゆっくりと言い聞かせる口調は変わらなかった。
「マスコミに出てくるスパコンをイメージされているのかも知れませんが、こっちの必要量を回そうとしたら、今の予算では無理です。最低、一千万はないと。それに、多少の利用枠が空いているとしても、こちらが使いたい時に、自由に使えるワケではないんです。まあ、順番待ちの問題はともかく、カネが必要です」
「カネだね?」
専務は、念を押すように言ったあと、安西部長に微笑みかけた。
安西部長が、何かに驚いた表情になる。
いったい何? 何か話がついているわけ?
専務は会議室を見回して声を張った。
「技術陣に無理をさせる以上、我々、経営側も、それなりに働いたつもりだ」
地銀の名前と担当者の名前を上げて「話は付けた」と笑顔の専務。
誰もが、その笑顔の意味をつかみかねた。
「正式な書類はまだだが、内諾はもらった。SBSでのスパコン関連の予算として、一億円の追加融資枠を用意した」
全員が、えぇ!という驚きと、そして、歓喜の混じった声を上げた。
「開発から上がってきた予算要求は、確か三百万だったね? それに三十倍以上で答えたんだ。経営側が、みなさんにどれだけ期待しているか、分かってもらえると思う」
安西部長はカクカクと頷きながらも、半開きになった口の中で「いちおく」と動いている感じだ。
みんなの驚きと、歓喜のため息が収まるのを見極めて、専務は「想像してほしい」と続けた。
専務は、みんなを見渡しながら声を張った。
「知る人ぞ知る『技術の大槻技研』から、世界のトップの仲間入り。いや、そんなことよりも、もっと大事なことがある」
一人ひとりを見渡すようにしながら専務は両手を広げてみせる。
「我々がふらっと入った商店、通りかかった現場で、うちのロボットが働いているんだぞ? 年老いた職人だって、ウチのロボットを使えば、まだまだ、素晴らしい仕事ができるかもしれない。そんな仙台に……そんな社会になる」
専務は大きく広げた両手を、空中でグッと握りしめて見せた。
「我々は、そんな社会にできるんだ」
全員の視線が専務に集中していた。
「街中で、我々人間と一緒に働くロボットのある暮らしだ。重いモノも、危険なものもロボットに頼める。人間は、人にしかできないことだけをやるんだ」
シーンとした会議室に専務の自信にあふれた声だけが響いている感じだ。
「どうだ? 夢だった社会を、我々の手で早く実現しようじゃないか!」
会議室は、一斉に拍手が満ちあふれた。
ただ、佐々木君と小野寺先輩は、少しだけ不審な表情を見せていた。
確かに、ウチの規模としては、目一杯のお金を投入したんだと思う。だけど、シミュレーションは、あくまでもシミュレーション。
最後は人の手で、一つ一つ検証になるからと専務に言うべきなのか。それとも、今の最高の笑顔を大切にしてあげるべきなのか。
私は笑顔で拍手しながら、困惑を消せずにはいられなかった。




