第12話 再会
「すみません。なんだか、いつもみたいで」
「まあ、朝一の打ち合わせだもん。堅苦しいことは抜きにしようよ」
「でも、毎日、紅茶をいただいちゃってるし……」
「マフィンも美味いけど、たまには、パンセの塩バターパンもいいだろ?」
「はい。すみません、図々しくて」
「いいのいいの。俺が勝手に買ってきてるだけだから。ところで、この後に来るんだったよね?」
「はい。すごく優秀な人だと思います」
「それは楽しみだ。早めに迎えに行ってあげるんだよ」
「はい。もちろんです。真面目だから、十分くらい前には来そうです」
トゥルー、トゥルー
すっかり慣れた専務室の内線を、ツーコールで取れた。
「はい。専務室です。あ、はい、今、参ります」
「もう着いたの? まだ、三十分もあるのに」
確かに、ビジネスマナー的には早すぎるけど、研究室の人間なら、研究のこと以外は適当になっちゃう人も多い。
「たぶん、早めならアリくらいに……」
「でも、三十分前だよ?」
「きっと、張り切ってるんです」
専務は、驚き顔のままだ。
「そうなのか?」
「はい。なにしろ、研究室を代表してるんですから、きっと、嬉しかったんだと思います」
「そ、そうか。それにしても……」
「それでは、迎えに行ってきます」
「よろしく。予定通り、この部屋にお通しして。総務はこっちで連絡しておく」
「はい!」
私は走るようにして受付に向かった。
遠くからでも、あのヒョロッと高い背は、ひと目で分かる。
「佐々木君。久し振り~」
「あ、ど、どうも」
「受付は……してくれたみたいね。この後でID兼セキュリティカードを渡すから、とりあえず一緒に来てね」
「ありがとう。水野さん。お久しぶりです」
「あ、やだ。そんな畏まらないで。うちはわりとフラットな職場だし、開発は技術力がモノを言うわ。だから、すぐに慣れると思う」
並んで歩き出した時、相変わらず優しいって思った。
「ちゃんと、気を使ってくれるんだね」
「え?」
「歩幅。佐々木君の二歩が、私の三歩、いや、四歩? でも、ちゃんと気を使って、私に合わせてくれてる」
背の高い佐々木君は、身長差を考えているのか、いつだって、背中を丸め気味にして、私に目線を合わせてくれようとしてる。
「そ、そんな、だって」
「ふふふ。良かった。変わってなくて。相変わらず、研究一本なの?」
「あぁ。えっと、水野さんも変わってなくて、そ、そのぉ、なんて言うか」
「私は代わり映えしないけどさ。まさか、佐々木君が来てくれるなんて思わなかった。ラッキーだわ」
「え?」
本当に、真面目だし、周りを見る優秀な人だ。4年生では、研究室が違っちゃったけど、同期では一番かも知れない人だ。
ふっと、大学時代、一緒に映画を見たことを、思い出した。もしも、あの後、また誘ってくれてたら、きっと、デートかなんかだってしちゃってたりして……
ま、それは、ないか。
久しぶりに会った懐かしさなのか、佐々木君は、まるでまぶしいものを見る目だったから、私までちょっと照れそうだった。
でも、専務室のドアが見えた瞬間から、私は気持ちを切り替える。
今は同窓会の席じゃない。大槻技研として、大学から研究者を迎える最初なんだから。
「お連れしました」
専務は、いつものように、自信に満ちあふれた笑顔で立ち上がった。
「初めまして。専務の大槻崇人です。この度は、ご協力に感謝いたします」
「こちらこそ。東北大学大学院、工学研究科ロボティクス専攻の人間協調ロボティクス研究室に在籍しております。佐々木純也です」
「どうぞこちらに、おかけください」
応接用のソファに佐々木君が座ると、専務の横に私が座った。面接をするみたいで、ちょっとヘンな感じがした。
「佐々木さんは、理央と、あ、いや、水野君と大学時代に同級生だったとか? 優秀な方だと聞いております。もちろん、教授からもご推薦をいただいたのですから、信頼をしています」
時々、専務は会社でも理央呼びをするようになってきた。嫌な感じじゃないけど、さすがに、元同級生の前でされると、ちょっと恥ずかしい。
えっと、専務とは幼馴染みじゃないからね?
そんな心の声が届いたのかどうかっていうか、届くわけはないんだけど、佐々木君は背中をスッと伸ばした。
「優秀かどうかは、この先、御社にご判断をいただくとしましょう。私が興味を持っているのは、人のすぐそばで働くロボットの安全制御について、御社がどのような判断をされているのかなので」
え? 佐々木君、なんか、急に攻撃的じゃない?
修士課程で、何かあったの? ここに来るのが、ほんとはイヤだったとか?
専務がわずかに座り直した動きが見えた。
何、この初対面の空気! どうしようって、私が心の中で悲鳴を上げているときに、ノックの音がした。
「入ってください」
「失礼します」
書類一式とお茶セットの乗ったワゴンを押して、お姉ちゃんが入ってきた。
早く慣れなきゃなのに、この場所で顔を合わせると、やっぱり緊張する。
ワゴンをテーブルの脇に付けて、顔には綺麗なスマイルを浮かべていた。
「東北大学からお越しの佐々木様ですね。本日から、よろしくお願いいたします。総務の水野美沙です」
「あ、はい。佐々木純也です。こちらこそ、よろしくお願いします」
お姉ちゃんが、佐々木君の前に紅茶を置く。
その動きが、やっぱり綺麗だ。私だったら、カップを置くことしか考えないのに、お姉ちゃんは相手の書類の邪魔にならない位置とか、取っ手の向きとか、そういうところまで自然に考えている。
すごいな。
「佐々木さん。紹介しておきます」
専務が、お姉ちゃんを手で示した。
「総務の水野美沙さん。水野君のお姉さんです」
「え?」
佐々木君が、初めて大きく目を見開いた。
「あ、そうなんです。初めまして。理央の姉です。いつも妹がお世話になっております」
お姉ちゃんが、完璧なお辞儀をした。
「い、いえ。こちらこそ……大学では、水野さんに、その、いろいろと」
ん? なんだろう。
佐々木君、さっき専務には妙に強気だったのに、お姉ちゃん相手だと急にしどろもどろになってる。
やっぱり、美人を前にすると、男の人って緊張するものなのかな。
「それと、水野さんは、総務側の担当としてSBSに入ってもらっています。書類関係のやりとりも、水野さん……ややこしいな。美沙さんを通じてお願いします」
お姉ちゃんから話を聞いたのは、昨日の夜だった。
姉妹が、同じプロジェクトで仕事してるのって、妙に恥ずかしいよね。
「ウチの補佐の理央のことなら、お姉さんが一番よく分かるしね。話が早いだろ」
「妹が、仕事に集中できるようにするのも姉の役目ですから」
お姉ちゃんは、いつもの優しい笑顔で言った。
なんだか不思議な感じ。専務がいて、佐々木君がいて、お姉ちゃんまでいる。
ほんの少し前まで、私は一人で搬送ロボットのプログラムをチェックしていただけなのに。
いつの間にか、ヘンな立場になっちゃった。
「それでは、佐々木さん。改めまして、よろしくお願いします」
お姉ちゃんが微笑む。
「はい。よろしくお願いします」
佐々木君も頭を下げた。
でも、その直後だった。
佐々木君の目が、すぐに私の方へ戻ってきた。
そしてなぜか、お姉ちゃんも、その視線の先を確かめるみたいに、私を見た。
なんだろう?
私、何か変なものでも付いてる?
「理央?」
「え?」
「ううん。なんでもない」
そう言って笑ったお姉ちゃんの顔は、いつも通り、とても綺麗だった。




