第11話 運命
「スパコンを使えれば、あっと言う間なのに、リソースが足りなすぎるだろ」
「佐々木。諦めようぜ。ウチの予算じゃ、スパコンなんて無理」
「そ。先生が引っ張ってきた、文科の特別予算だってスパコン用に三桁万円がやっとだろ」
「新素材のシミュレーションを一本回したら、ほぼ終わりだもんなぁ」
全員が、ニヤリとした。
「余り分は、ジャンケンだな」
「オレ、ジャンケン弱いから、アミダにしようぜ」
仲間内の定番ネタは、研究以外に頭を使いたくない時にありがたかった。
「佐々木のは、どのくらい?」
「一時間くらいかかると思う」
「じゃ、その間にコーヒーでも」
頼りにすべき大学のコンピュータは、それなりの性能だけど、スパコンと比べるべくもない。しかも他の連中のジョブも詰まってるから、好き放題に回すわけにもいかない。
「これで、世界の第一線と勝負って、無理ゲーなんだけど」
スパコン用の金を無限に出せとは言わないが、世界一を目指す研究室だ。研究者一人に100万円くらいの予算があっても、罰は当たらないと思うんだけどな。
ようやく出てきた結果をチェックしようとした時だった。
「佐々木、ちょっと来てくれ」
珍しく、教授がわざわざ呼びに来た。
教授の研究室は、奥に応接ソファがある。
「何かミスでも?」
「いや……悪い話ではない。とりあえず、そこに座ってくれ」
「失礼します」
研究内容も、実験設備も最先端なのに、会議室の椅子はボロ。国立大ってそういうところだ。
ギィーと軋む何十年もののソファに座って、教授と向き合う。
「来年は、ドクターだったね」
「はい。できればドクターを取って、アメリカあたりで研究を続けたいと考えてます」
一つ頷いた教授は、手元のファイルを広げた。
あれって、大学のヤツじゃないよな?
「君の研究は産業用ロボットの安全制御設計のシミュレートがテーマだった。そうだね?」
「はい」
「まだNDAは取り交わしてないが、実は、オオツキと」
「大槻技研ですか?」
「そう。あそこが、人間と協働するロボットを開発するそうだ」
オレは、そこまで聞いてドキンとした。
「ウチの研究室の中でも、君のテーマはドンピシャだ。秘密保持契約はあるにしても、使えるデータも取れるという話だ。君にとって悪い話ではないぞ」
「あちらの開発あたりに行けということでしょうか?」
「察しが良いな。産学連携でね。新規のプロジェクトにウチの研究室から優秀な人が欲しいという話が来てる」
「それを、私に?」
「あちらは一年ほしいってことだが、さすがに無理だ。しかし、半年ほどなら、文科の制度もある。向こうの金で研究させてもらうのはどうかね?」
その瞬間、自分が叫びそうになるのを抑えるのに苦労するほどだった。
地元で最高の研究設備を持って、日本有数のロボットアームの技術力を誇る、大槻技研。その最先端のプロジェクトに入れる?
悪い話どころじゃない。こちらから頭を下げてでも、入るべきだ。
それに……
オレの頭に浮かんでいたのは、ショートカットでクリクリッとした目を持つ、明るい顔の女性。
ただ一度だけデートをした水野理央の顔が浮かんでいた。
あの顔が浮かんでしまうのと、あの時の悲痛な思い出が自動的に浮かんで、ズキリと胸が痛むのも事実。
本来、オレは女の子にモテるらしい。
「イケメンの佐々木クン」
「背が高くて、最高!」
大学生の時も、他の学部の女の子に、そうやって呼び止められたことが何回あったか。でも、そういう女に限って、話がムチャクチャだった。
ちょっと仲良くなると、たいてい、無意味なラインを送ってくる。
「今日、授業で最悪だったの」
いったい何事があったのかと思えば、単に、居眠りしたところでシャープペンを落とした話。何が最悪なのか? 何よりも、オレに、一体どんな返事を求めているのか意味不明だ。
こんなのもあった。
いきなり写真を送ってきた。
「ね、こっちのクッション可愛くない?」
可愛くない? 否定? いや、否定するほど醜いとは思えない。いや、そもそも、否定してほしいのか?
返事を考えるのにあれこれ一時間。検索しまくって、どうにか「四千円で買えるらしいよ」という返事をしたら、なぜか怒られた。しかも、返事が遅いとまで言われる。
いったいどんな会話を求めているんだ!
そんな女性不信が続いた中で、水野さんだけは違ってた。
「ねぇ、佐々木君。数値が、ぶれるのは、なぜだと思う?」
「うーん。これは電圧変動だろうけど」
「あ、ひょっとして、同じ配線の中で、電圧変動要素があるからってやつ?」
「確かに、ウチの大元の電気系統は古いから、ありうるな」
「ありがとう、助かった。そのセンで検証してみるね!」
質問されたら考えて返せば良い。ロジカルなやりとりだけなのは、すごくわかりやすかった。
水野さんと話している時だけは、「今、何を求められているんだ?」なんて考えなくてよかった。
それがどれほど得がたい存在なのかを実感したオレは、次第に彼女に恋をした。
そして、あの日、勇気を出して彼女に告白したんだよな。いや、正確には、映画に誘った。
彼女に申し込むとき、手が震えてたけど、声は震えないように頑張ったっけ。まだ、あの時の言葉を思い出す。
「今度の日曜日、良かったら、この映画を一緒に見に行かないか?」
君は、すごく嬉しそうに「ありがとう! 見たかったんだ、この映画!」と身体を弾ませるようにしてOKしてくれたよね。
普通なら、告白成功だって思うじゃん。
だのに……
あの日の朝からの出来事が心に浮かぶと、今でも胸が痛む。
目一杯お洒落した。コーディネートなんて、考えたこともなかったけど、普段、会話のない妹から「お兄ちゃんデート?」って言われるくらいは、気合いを入れた。
君がキャンパスを歩いているときと、同じシンプルな服装で現れたよね。
「ありがとう、佐々木君。わざわざチケットを取ってくれて」
そう言って、自分の分の料金を渡そうとしてくれた。なんて良い子なんだと思った。
それからのひと言、ひと言を、今もハッキリ覚えてる。映画のコトなんて、全部忘れちゃったけど。
でも、あの時は、普通に映画の感想なんかを言いながら、シネコンのエスカレーターを一緒に降りながら、言ったんだ。
「じゃ、この後、ご飯でも」
なるべく自然な感じで。でも、懸命にネットで調べて、とっておきの店を電話で予約してあった。
オレにとっては一世一代。そして、食事が終わった後は、夜景の見えるビルのバーに入って、そこで「付き合ってください」という、完璧な計画。
あぁ、だけど、君は、笑顔で返してきたよね。
「ごめんなさい。映画を見るって言われたから。そのつもりだったんだ。今日、うち、ハンバーグだから!」
ショックだった。分かってる。ハンバーグだから、なんていって映画だけ見て、デートをブッチする女なんていないよね。いくらオレでも分かる。
彼女なりに優しい断り方さ。「映画は一緒に見るけど、それ以上は無理」って言う拒否をオブラートに包んだつもりなんだよね。
わけの分からない女は寄ってくるのに、特別な人からは見向きもされなかったオレ。
それが、冷たい現実だった。だけどさ、やっぱり、簡単に諦められるわけがない。
だって、オレの気持ちは本当だったのだから。彼女と話すときだけが、すっきりと、自分の言葉で会話できるのだから。
諦めきれなかった。
大学院に進んだら、同じ研究室で「ワンチャンあるかも」と思っていたのに、彼女は、進学しなかった。
そう……大槻技研へと就職していた。
あの時は、世を呪った。初めて、神って言う存在を恨んでみたりした。
その彼女がいる大槻技研への長期派遣で研究できる。
「佐々木君? 佐々木君?」
気付けば、教授が不審そうな顔でオレの名を呼んでいた。
「失礼しました。あまりにも夢のような話だったので」
「そうか。喜んでくれるか」
「はい。ぜひとも、お願いします」
「では、一通りの書類は、あちらへ行ってから署名してもらうが、君は企業との共同研究は初めてだったね?」
「はい。いつかは、そういうチャンスがあれば、と狙ってはいましたが」
「うん。若い人は、企業との関係は、ますます大事になる。その上で言っておく。書類は確かに大事だ」
「はい」
「だが、一番大切なのは、研究者としての矜持だというのを、絶対に忘れないことだ」
「研究者としての矜持ですか?」
耳慣れないことを、教授が言葉にしたので、思わず聞き返してしまった。
「ああ。機密保持については、もちろん大事だ。だが、研究の中身を、企業の利益におもねって曲げないことだ」
「おもねる、ですか?」
「あぁ。企業では真っ先に、利益が優先だと言うだろう。だが、どれほどの利益が見えていても、一研究者として、理論や実験の結果を曲げてはいけない、ということだけは忘れないでくれ」
「分かりました。研究者として、真摯に研究に向き合いたいと思います」
「頼むよ。それでは、君の名前を先方にも伝えよう。もちろん、正式決定は、学内の手続きを経て、先方が了承してからだが」
「どのくらい、かかりますか?」
「手続きと言っても形式に近い。来週の木曜には決定するだろう。先方には内々で伝えておくよ。あ、そういえば」
教授が名刺入れを取り出して、確かめてから、肩を少しだけすくめて見せた。
「あちらの担当者も、うちの卒業生だぞ。学部卒だが、なかなか優秀な学生だった。ん? ひょっとして君なら覚えているんじゃないか?」
「どなたでしょう?」
「名前は水野理央だ。やっぱり確か安全制御を……なんだ、完全に君の同級生じゃないか」
「はい。その人を知っています。知っていますとも」
オレは、心の中に響き渡るファンファーレが教授に聞こえてないように、真剣に心配になるほどだった。
これは、運命だ。




