第10話 人を呼ぶということ
専務室に戻った時に、お姉ちゃんに会っちゃったのは、ちょっと恥ずかしかった。
でも、とりあえず、今日も、一つ仕事ができたのは良かった。
幸い、試作機の型番は、まだ開発部の中だけの話。しかも、機密事項になっているから、安西部長に話を持っていけば、問題なく修正できるはず。
それに、型番だって、まるっきり同じじゃなかった。
想像だけど、試作機に使ったメインフレームの型番から派生した番号を付けたのだと思う。でも、専務は、型番を独立させる方向で指示を出した。
「まあ、どっちも分かるけど。このあたりをいじっても、開発部は、それほど怒らないよね」
技術者が、何かを生み出した時、今までの流れを大事にする人と、自分が新しい何かを作り出したことを訴えたい人とがいる。どっちも間違ってないのは、大学時代に学んだこと。
だとしたら、専務の言った、この言葉を伝えても良いはず。
「大槻技研が世界に羽ばたくための武器だ。型番は新たに起こす。そして、SBSとしてのルーツとなったことが後々も分かるようにしてもらおう」
世界かぁ。専務は、そこまで見てるんだ。すごいなぁ。
研究の世界なら、最先端を世界と争うのは自然なこと。でも、まさか、就職してから、世界を相手にするお仕事ができるなんて思わなかった。
私は足取りも軽く、開発部のドアをくぐった。
「こんにちは~」
補佐になって、改めて渡されたカードは、開発関連のセキュリティを通れるようになったのが地味に嬉しい。
同じ開発部でも、課が違うと、開けてもらえるまで待ってるのが地味にストレスだもんね。
開発部に入った途端、声が掛かった。
「水野!」
「あ、先輩……例の件ですね?」
「あぁ。部長は、なんとかしようの一点張りだしな。あれから話はできたか?」
大学時代以来、こうして近くで話すなんて、久し振りなのに、先輩は、まっしぐらに論点に迫ってくる。
懐かしいな。先輩のこんな感じ。
「すまないな。嫌な役目をさせて」
「大丈夫です。補佐ですから」
それでいて、ちゃんと、こっちのことも心配してくれる人。
「一年以内の製品化というのは、何かあれば人の命に関わりかねないことだ」
ぶっきらぼうだけど、先輩が、本気で心配するのは分かる。
私は、先輩を早く安心させてあげたくなってしまった。
「話をしました」
「お?」
「専務から、お話を伺ったところ、一年以内、というのは条件を限定した実証実験という意味のようです」
一瞬、眉を寄せて考えた後、首を少しだけひねって「そうか」と言葉を出してきた。
「条件を限定した実証実験か。それなら、まあ、何とか分かる。しかし、ようですっていうのが、何とも怪しげだぞ」
「きちんとしたロードマップは、今後、開発と詰めることになるとおっしゃってます」
「なるほど。まだ、話す余地もあるというのなら…… こっちだって、まだ、全部を見通せてるわけじゃないんだし」
そう言いながら、高速で頭を働かせているのがありありと伝わってくる。
「専務が説明してくれたのは、自動運転が実証実験を経て改善されたという認識の話でした」
「なるほど。実証実験を重ねた上でGOサインか。それなら1年後のゴールラインとしてはタイトだが、何とかなるかもだな」
「はい。もちろん、この後、安西部長とお話は詰めることになると思います」
「そうか。すまない。昨日は、オレがちょっと一方的だったかもしれない」
「いえ。私も、あの場で驚いて、何とかしなくちゃって思ったのに、声が出せず、申し訳ありませんでした」
「いや、オレも大人げなかった。だが、SIDE BY SIDEを実現させるなら、楽な検証じゃないってことだけはな」
「はい。それで……あ、えっと、これは安西部長との相談が必要ですけど」
「なにかあるのか?」
「ウチは、東北大とのつながりがあるのを、専務が、利用しろって」
「産学連携? いや、確かに、東北大なら最先端だが、そう簡単に行くか?」
「私も、そこは懸念だと言ったのですが、最悪、院生の優秀なヤツを一人でも良いから引っ張って来い、ですって」
さすがに無茶な要求だと思ったけど、安西部長と相談してから、大学に頼んでみるしかない。こういう仕事も補佐の仕事だから、仕方ないよね。
「はぁ~ まあ、確かに、安全制御寄りの優秀な人材が、一人でも増えれば大きいが、そう上手く行くもんかね」
苦笑いしながらも、先輩の表情には決意が浮かんでいる。それが、何となく懐かしかった。難しい実験に挑戦するときの顔だ。
「大学から人を、か。考えもしなかったよ。専務もさすが、やり手と言われるだけはあるな。これから、いろいろと無茶な進み方になりそうだな」
最後まで、安心はさせてあげられなかったけど、小野寺先輩の表情には、ある程度の納得が見えた気がした。
先輩が、この反応をするくらいだもん。安西部長なら、きっと飲み込んでくれるよね。
「ところで、産学連携って言っても、誰かアテはあるのか?」
「ウチの研究に一番合ってる研究者となると、安全設計のモデル化とか、システム設計のシミュレーションを専門とする人だと思いますけど。具体的には、推薦してもらうしかないですね」
「ドクターならベストだが……」
先輩は唇をキュッとへの字にしたあと、苦笑いのような顔になって肩をすくめた。
「どうせ、無茶なスケジュールになるんだ。博士課程を目指してる、バリバリの院生なら良いんだがね」
「そうですね。ガッツのある人が合ってます」
「そうだな。開発に必要なのは頭の良さなんかじゃない」
恩師の言葉が、大槻技研に来て、私も身に染みている。だから、期せずして先輩と言葉がそろった。
「ガッツと体力!」
そこで先輩はニヤッとしてから、肩をひょいっと持ち上げて言った。
「後は出来れば幸運に恵まれた人」
「ですね」
不思議だけど、研究って「運」が左右することは、けっこうある。研究に行き詰まって「最後にこれを試してから諦めよう」という時や、ちょっとした失敗が逆に、難関をブレークスルーする突破口になった、なんて話は、常に聞いていた。
「まあ、幸運はわからないけど、一度決めたら最後までやり抜く人が来ると良いな」
「はい。とりあえず、部長にも相談して、大学に頼んできます」
「おぉ、頑張れよ。ま、これも何かの縁だ。派遣された人も入れて、そのうち、飲みに行くか」
「はい! ぜひ、お願いします」
頭を上げた瞬間、安西部長の歩く姿が見えた。工場の方に行っていたのかもしれない。袖のところが油に汚れたのが、いかにも現場主義の部長だった。
「安西部長! ご相談があります!」
「おぉ、水野君。はいはい。専務からですね。今度はどんな相談ですか?」
「はい。大学から、研究者を招いたらどうかって」
「ほう…… ウチに、人を招く?」
その瞬間、ついさっき専務から持ちかけられた、週末についての「お招き」が頭に浮かびかけていた。




