第四十三話「宣言」
【動画共有サイト キャッシュデータ】
動画番号:quiet_room_117
タイトル:「お手伝いをお願いします」
投稿日時:7月22日 03:17
投稿者:@quiet_room
解析状況:投稿から二時間で全プラットフォームへ拡散。
削除回数 8,243回。
現在も断続的に再出現。
◇◇◇
動画の画面は真っ暗だった。
三十秒近く、何も映らない。
音もしない。
視聴者の多くは故障だと思い、コメント欄に「映ってない」「バグ?」「音出てる?」などと書き込み始める。
三十二秒後、ゆっくりとノイズが浮かび上がる。
ノイズが消えると、ダークグリーンの髪の少女が立っていた。
今までの動画よりも近い。
胸から上だけが映っている。
長い前髪が目元を覆い、口元だけが静かに笑っていた。
ただ、その表情には喜びも怒りも感じられない。
少女は小さく頭を下げる。
「こんばんは」
少しだけ沈黙したあと──。
「今日は、みなさんにお願いがあります」
また少しだけ沈黙する。
「みなさんも知っているとおり、静かな場所へ向かおうとしている人を、途中で連れ去ってしまう人たちがいます」
画面が切り替わる。
夜のサービスエリア。
白いワンボックスカー。
ぼやけた監視カメラ映像。
レンたちだった。
「この人たちは、まだ、静かになれていません」
画面が切り替わる。
レン、ナオキ、ケンタの顔写真。
年齢。
身長。
服装。
よく行く場所。
乗っている車。
SNSアカウント。
全部が画面に映し出される。
動画のコメント欄が止まる。
一瞬だけ、誰も書き込まなくなる。
少女は笑顔のまま続けた。
「もし、彼らを見かけたら、教えてください。きっと、助けられます」
少し考えるように首を傾げる。
「それではみなさん、ありがとう」
──動画終了。
【動画コメント欄】
「え? 何これ?」
「彼らって、実在する人物なの?」
「さすがにこれはまずくない?」
「彼らを特定しろってこと?」
「流石に演出だよね?」
「CGだろ?」
「ガチで怖いんですけど」
すぐに固定コメントが表示される。
@quiet_room
『あなたが、正しいと思うことをしてください』
◇◇◇
【匿名掲示板】
『KJ-017考察スレ Part82』
投稿144
「お前ら、あの動画見た?」
投稿145
「見た見た。ガチで自宅っぽい住所まで出ててびびった。個人情報流出してんじゃん」
投稿146
「これって、通報案件じゃね?」
投稿147
「でも、あいつらって人攫ってる犯罪者なんだろ?」
投稿148
「ていうか、動画の投稿者は、これどうやって調べたんだ? 探偵でも無理ゲーだろ。もしかして、警察関係者か?」
投稿149
「でもこいつら、半グレらしいよ。個人情報晒されても何も文句言えないんじゃ……」
投稿150
「悪い奴らか。なら、捕まえればいいじゃん」
投稿151
「いや、とりあえず落ち着け。罠かもしれん」
投稿152
「そうそう。お前ら、動画に乗せられてない?」
投稿153
「……確かに」
投稿154
「でも、犯罪者なのは事実じゃん」
投稿155
「そうだよ。それで助けられる人いるなら、助けないと……」
投稿156
「俺、このナンバーのワゴン車、見たことあるわ。近所だし、仲間誘って捕まえてくるわ」
◇◇◇
同日、昼。
レンたちは動画を見ていた。
「……」
誰も喋らない。
ケンタが最初に笑った。
「兄貴、俺たちバズってるwww」
ナオキも肩を揺らす。
「俺ら有名人じゃん」
レンだけは笑わなかった。
画面には再生回数482万の表示。
更新する。
511万。
また更新。
548万。
数字が生き物みたいに増えていく。
「おい」
レンがつぶやく。
「これ、誰が撮った?」
サービスエリア。
倉庫。
男の引き渡し場所。
全部、誰かが撮影していた。
誰にも気付かなかった。
ケンタは鼻で笑う。
「ドラレコや監視カメラの画像なんで、SNSにたくさんあがってるし。今はどこでも撮られてる感じっしょ。いちいち気にしてられないって」
レンは答えずに、画面を見続ける。
動画の中の少女は笑っている。
影に隠れて彼女の目はよく見えない。
なのに、自分だけを見ている気がした。
◇◇◇
夕方になると、SNS上にレンたちの目撃情報があがってきた。
『山梨県で白いハイエース確認。今から追跡する』
『ちくしょう、見失った』
『今、ガソリンスタンドにいるよ』
『ナンバー一致した。動画の奴で確定』
『通報したわ。お前らも頼む』
『くそ、見失った。また探すわ』
レンはスマホを伏せた。
「兄貴?」
「今日はもう終わりにするぞ」
「え?」
「仕事はやめだ」
ケンタが笑う。
「ちょ、らしくねえっすよ。何ビビってんすか?」
「ネットの情報なんて三日で忘れますって。あいつら飽きっぽいんすから」
ナオキも笑う。
「逆に宣伝してもらってるようなもんですよ。俺たちも有名人の仲間入りっすね」
レンはふと、窓を見る。
向かいのビルで、誰かがこちらを見ていた。
黒いパーカー。
顔は分からない。
スマホのライトだけが光っている。
レンが見返すと、その人影はゆっくり歩き去った。
◇◇◇
夜。レンは車を降りて、アパートの階段を上る。
誰もいない。
静かだった。
自分の部屋へ入り、靴を脱ぐとスマホが震える。
通知をみると、見知らぬアドレスからメッセージが入っていた。
本文は『見つけた』。
添付画像は──。
今、アパートへ入る自分の後ろ姿だった。
レンは息を止めた。
撮影時刻は一分前。
部屋の中からではない。
廊下でもない。
自身の背後──すぐ後ろから撮られていた。
レンは勢いよく玄関を開けた。
しかし、誰もいない。
長い廊下。
非常灯。
蛍光灯が一つだけ点滅している。
その奥で、一瞬だけ──。
ダークグリーンの髪が揺れた気がした。
見間違いだった。
そう思いたかった。
だが、スマホはもう一度震えた。
新しい通知が表示される。
送り主は──@quiet_room。
『ありがとう。あなたも、ちゃんと見つけられたね』
【解析メモ】
本動画公開以降、『動画内で紹介された人物を目撃した』という投稿は、二十四時間で四万八千件を超えた。
しかし、投稿者に対して、少女が『探してください』『捕まえてください』などと命令した事実は、最後まで一度も確認されていない。
それでも、人々は自ら『狩り』を始めた。




