第四十四話「狩られる側」
【回収資料:SNS拡散ログ・ニュースサイトキャッシュ・匿名掲示板ミラー】
回収日時:7月23日
解析メモ:動画『お手伝いをお願いします』公開後、ネットワーク全域で対象者に関する投稿が爆発的に増加。命令等は確認されていないにもかかわらず、自発的な追跡行動が急増した。
◇◇◇
午前七時。
レンは一睡もできなかった。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、部屋の空気だけを白く照らしている。
静かだった。
冷蔵庫のモーター音だけが低く響いている。
スマートフォンを開くと、通知が147件。
SMS。
メール。
知らない番号からの着信。
全部、自分宛だった。
『見つけた』
『逃げても無駄』
『今どこ?』
『○○アパート?』
『静かな場所へ行こう』
レンは画面を閉じる。
手のひらが汗ばんでいた。
「……何なんだよ!」
昨夜まではただの炎上だと思っていた。
住所を晒されることもある。
顔写真が拡散されることもある。
ネットでは珍しくないことだ。
そう思っていた。
しかし、これは違う。
通知の数が増え続けている。
一分ごとに。
十件。
二十件。
三十件。
知らない誰かが、自分の居場所を報告している。
【SNS投稿】
08:02
「○○駅前にレンらしき人物いた。とりあえず追ってみる」
画像添付。
男がコンビニへ入る後ろ姿。
08:05
「今、徒歩で北へ移動してる。応援頼む」
08:08
「黒いパーカー着てるから、すぐにわかるよ」
08:09
「あ、レンは一人だけ。仲間はいない」
08:10
「残念、別人だったわ。引き続き捜索する」
◇◇◇
投稿を見たレンはスマホを握り潰しそうになる。
「お前ら、誰なんだよ!」
窓から外を見る。
向かいのマンション。
老人が洗濯物を干している。
女子高生がイヤホンをしながら歩いている。
犬を散歩させる男性。
いつもと変わらない朝。
それなのに、全員が自分を見ているような気がした。
◇◇◇
昼。倉庫にいたナオキが机を蹴飛ばした。
「ふざけんな!」
床へスマホが転がる。
画面には『○○市のガソリンスタンドで確認』という投稿。コメントは二万件。
ケンタは笑えなくなっていた。
「兄貴……家バレました。親の住所も、妹の学校も……」
レンは黙っている。
その沈黙が、二人を余計に不安にさせた。
「お前、SNSに『仕事』のこと書いてたよな? それが原因でバレたんじゃねえの?」
ナオキが睨む。
「違う!」
ケンタが叫ぶ。
「俺は、余計な事は何も書いてねえよ!」
「じゃあ、何でこんなことになってんだ! 炎上どころじゃねえぞこれ!」
「そんなの、こっちが聞きてえよ!」
レンは二人を見た。
この三年間、一緒に仕事をしてきた。
警察から逃げたこともある。
ヤクザから逃げたこともある。
だが、今の恐怖は違う。
相手が見えない。
警察には担当刑事がいる。
ヤクザには組がある。
しかし今回は、敵が世界中にいる。
◇◇◇
【匿名掲示板】
『白いハイエース追跡スレ』
投稿1024
「白いハイエース追跡中。山梨県入った」
投稿1025
「今、高速降りた。引き続き追跡する」
投稿1026
「コンビニに入った。降りて確認するわ」
投稿1027
「二人いる。近づいて確認してみる」
投稿1028
「思ったより圧強い。さすが半グレだわ」
投稿1029
「誰か近くにいる? 俺一人だとキツいから応援頼む」
投稿1030
「悪い、別人だったわ」
閲覧者数、148万人。
更新するたび、数字が増えていく。
◇◇◇
夜、ナオキは現状に耐えられなくなっていた。
「俺、一回家帰るわ」
レンは止めない。
「好きにしろ」
「こんなの一週間もすりゃ終わる。終わるよな?」
そう言って出ていく。
◇◇◇
二時間後、レンのスマホが鳴る。
ナオキからの電話だ。
しかし、出たのは女性だった。
声が震えている。
「……あの、あなた、ナオキさんのお知り合いですよね?」
レンは立ち上がる。
「そうですが、どうかしましたか?」
「さっき、大勢の人がナオキさんを囲んで……」
「え?」
「誰も殴ってないんです。でも、みんな『静かな方がいいよ』って。ずっと、言ってて……」
電話の向こうで泣き声。
「その後、ナオキさん。自分から車に乗って、どこかへ……」
そこで通信が切れた。
レンは固まる。
ケンタも顔色を失う。
「兄貴、今の……」
レンは答えない。
スマホを見る。
SNSに新しい投稿動画。
撮影者は不明。
夜道で大勢の人が輪になっている。
その真ん中にナオキがいた。
暴力はない。
怒鳴り声もない。
みんな、笑っている。
優しく、穏やかに、静かに。
その中で、ナオキも笑っていた。
◇◇◇
レンは急いでコメントを見る。
「無事、彼を保護できました」
「みんな、ありがとう」
「間に合いましたね」
「みんなで、静かな場所へ」
「本当によかった」
◇◇◇
レンは動画を閉じた。
胸が苦しい。
息が浅い。
──警察に行くか。
逃げるか。
隠れるか。
どれも意味がない気がした。
世界中の人が、あの少女の動画を見ている。
世界中の人が、あの少女の言葉を知っている。
そして、世界中の人が、『自分は正しいことをしている』と思っている。
その時だった。
ケンタのスマホが鳴る。
メールの通知。
送り主は@quiet_room。
『一人、静かになれました』
その下に、文字が続いていた。
『次は、あなたの番です』
◇◇◇
【解析レポート】
動画公開から48時間。
対象者の目撃情報は、国内外合わせて213,481件。
しかし、対象者へ暴力を振るったという報告は、一件も確認されなかった。
全ての投稿者は、共通して次のように証言している。
「助けようと思っただけ」
「静かな場所へ案内しただけ」
「本人も喜んでいた」
解析不能。
本件は通常の集団心理では説明できない。




