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第四十二話「商品」

【回収資料:押収スマートフォン復元データ】


端末所有者:レン(本名不詳)

回収場所:山梨県某所

復元率:96.8%

解析備考:動画投稿サイトのユーザー『quiet_room』に関連するコメントの閲覧履歴、およびグループチャットのバックアップを確認。


◇◇◇


 夜明け前。

 黒いワンボックスカーは山道を走っていた。


 雨は止んでいたが、霧が濃い。


 ヘッドライトが照らせる距離は二十メートルほどしかなく、その先は白い壁のようだった。


 車内には誰も喋らない。

 後部座席では、連れてきた青年が眠っていた。

 いや、眠っているというより、何かを待っているような静かな表情だった。


 胸が規則正しく上下している。

 恐怖も抵抗もない。

 ただ、安心したような顔だった。


 レンはバックミラーで何度もその顔を見た。

 普通なら泣くか、暴れて逃げようとする。


 だが、この青年は違う。

 車に乗った瞬間から、まるで目的地へ向かう新幹線にでも乗ったような穏やかさだった。


「兄貴」


 運転席のナオキが笑う。


「最近、こういう奴ばっかっすね」


 ケンタもスマホを弄りながら笑う。


「ほんと、動画ってすげえよな」


「これって洗脳か何かか?」


「多分、違うっす。勝手に心折れてくれるんすよ」


 レンは窓の外を見る。

 霧しか見えない。


「楽だよな……」


 レンがぽつりと呟くと、ケンタが笑う。


「商売として?」


「そうだ。こっちから何もしなくても、向こうから歩いてくるんだからな」


「ほんと、そうっすよね。最高っすよ。仲間にも報告しときます」


【グループチャット:『Night Hunter』】


ケンタ


『今日も一匹確保www』


画像添付


(サービスエリア駐車場)


既読3


ナオキ


『最近、マジで楽勝だわwww』


ケンタ


『こいつも、例の動画見てたわ。KJとかいうやつ』


ナオキ


『ほんと、神動画やなwwwもっと流行れ』


「これでよしっと」


 ケンタがグループチャットのアプリを閉じる。


「ケンタ、取引先に連絡しろ。一名確保したってな」


「了解っす」


 ケンタは秘匿性の高いアプリを使って仲介役の男に連絡を始めた。


 しばらくすると、ナオキがレンにスマホの画面を見せながら話しかけてきた。


「兄貴、例の動画のコメント欄見てください」


「どうした?」


「なんか、変な奴がいるんすよ」


【スクリーンショット】


動画タイトル

『静かな場所へ行く方法』


コメント数

183,942件


最新コメント

「ありがとう」


「救われました」


「通知切りました」


「静かです」


「もう迷いません」


 そして、一番上に固定されたコメント。


@quiet_room

『静かな場所へ向かう人を、邪魔しないでください』


「はぁ?」


 レンは笑った。


「誰だよ、これ?」


 ケンタも覗き込む。


「静かな部屋って意味っすかねえ?」


「わけわかんねえ」


「こいつ、動画投稿者か?」


「かもな」


 レンは黙って画面を見ていた。


 ただの固定コメント。

 それだけ。

 命令ではない。

 脅しでもない。

 しかし、妙に目が離せなかった。


◇◇◇


 昼。

 廃倉庫の中で、青年は椅子に座っていた。

 拘束はされていない。

 逃げようと思えばいつでも逃げられる状態だ。


 しかし、彼は動かない。


「そろそろ腹減ったか?」


 レンが聞くが、男は首を横に振る。


「大丈夫です」


「怖くないの?」


「……」


 彼は少し考えてから、微笑んだ。


「ええ。ここ、静かなので」


 その笑顔を見た瞬間、レンの背筋に冷たいものが走った。


「お前、本当に今の状況、わかってないの?」


 男はゆっくりうなずいた。


「動画で教えてもらったんです。ここなら、誰にも邪魔されないって」


 ケンタが吹き出す。


「兄貴!」


「マジじゃん!」


「完全に信じてるwww」


 男は笑わない。

 ただ、穏やかに言う。


「違います。信じたんじゃありません。自分で選んだんです」


 その言葉だけが、レンの耳に残った。


 夕方。人身売買をしている組織へ男を引き渡す。

 現金十万円が入った封筒を受け取り、ケンタが鼻歌を歌う。


「最高だぜ。一日で十万。もっと動画流行らねえかな?」


 レンは封筒をバッグへ入れた。

 しかし、何度も気になっていた。

 あの動画の固定コメントが気になり、もう一度確認することにした。

 

『邪魔しないでください』

 

 あの一文。

 何故だろう?

 ただのコメントなのに、まるで、自分たちへ向けられているようだった。


【動画コメント更新】


@quiet_room

『ありがとうございます。現在、対象者の位置を確認しました』


投稿時刻:17:46


返信

「対象者って誰?」


「誰のこと?」


「ていうかこれ、何の話?」


「え、まってマジで怖いんだけど……」


「どうせ、演出だろ?」


◇◇◇


 動画のコメント欄を見たレンは、思わず眉をひそめる。


「対象者?」


 誰のことだ?

 動画を見た人間か?

 それとも──。


「兄貴」


 ケンタが青ざめている。

 スマホを差し出す。


「これ、見てください」


 レンが画面を見ると、SNS上で、知らないアカウントが彼らの車の画像を投稿していた。


『気をつけてください。山梨ナンバーの白いハイエース。今日は中央道のサービスエリアにいました』


 それは、今日立ち寄ったサービスエリアの画像。

 そして、写っているのは間違いなく、自分たちの車だった。

 誰かに撮られた覚えはない。

 レンの鼓動が一度だけ強く鳴る。


「一体……誰が撮ったんだ?」


 誰も答えられなかった。


 外では、雨がまた降り始めていた。

 窓ガラスを伝う雨粒が、まるで誰かの指先のようにゆっくりと滑り落ちていく。


 その夜、レンは初めて動画を最後まで再生した。

 画面の中で、ダークグリーンの髪の少女は静かに笑っていた。


 そして、レンの方を見た気がした。


「……見つけたよ」


 動画は最後に、その一言を告げて終わった。

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