第三十七話「あなた」
【未公開ページ:禁忌の最終稿】
発見媒体:書籍版『KJ-017』初稿デジタルデータ
状態:編集会議により『読者への直接的影響が強すぎる』として最終的に未掲載(欠番)となったページ。
この記録を、最後まで読み切ったあなたへ。
まず、認めなければなりません。あなたがここまでたどり着いたという事実は、極めて特異なことです。
現代において、人は溢れかえる情報の濁流にさらされています。大抵の人間は、不快感や、微かな恐怖や、あるいは単なる『飽き』によって、途中で視線を逸らします。
面倒になる。
怖くなる。
自分には関係ないと思い込む。
しかし、あなたは残った。
最後まで、この呪いのような文字の羅列から目を離さなかった。
それはつまり、あなたの心の深層に、この記録と共鳴する『何か』が、最初から存在していたという証拠に他なりません。
「少し、分かってしまう」。
その微かな、けれど決定的な共感の種火が、あなたをここまで運んできたのです。
人間関係に疲れ果ててしまうこと。
スマートフォンの通知ひとつに、魂を削られるような摩耗を感じること。
誰かの期待に応え、他人に合わせ続ける日々が、底の抜けた器に水を注ぐような無意味な消耗であること。
……これらはすべて、特別な狂気ではありません。
現代を生きる、あまりにも『普通』で、『切実』な感情です。
だからこそ、この『KJ-017』という記録は広がりました。
もしこれが、あなたと何の関係もない、理解不能な狂人の手記であったなら、あなたは途中で読むのをやめていたはずです。人間は、自分と無関係なものに、これほどまでの時間を割きはしない。
ここで、一つだけ確認させてください。
今、この瞬間。
ほんの少しだけ、通知をすべて切りたくなっていませんか。
ほんの少しだけ、誰の目も届かない、静かな場所へ行きたいと思っていませんか。
ほんの少しだけ……誰とも、関わりたくないと思っていませんか。
もし、胸の奥にそのうずきを感じたなら。
それは、他の誰でもない、あなた自身の純粋な感情です。
私はあなたに命令していません。
この記録は、ただ、あなたが既に感じていた名もなき苦痛に、『形』と『言葉』を与えたに過ぎないのです。
これまでの膨大な資料の中に、強制は存在しませんでした。
久世透も、篠崎ミナも、『切れ』とは命じられなかった。
『消えろ』と脅されたわけでもない。
ただ、彼らの心の指針が、ほんの数度だけ、静かな方へと調整されただけです。
人間は、『自分で決めた』と思った瞬間に、最も強固な行動原理を獲得し、止まらなくなります。
だから、最も危険なのは、この文章を読みながら『自分は大丈夫だ』と、安全圏にいるつもりでいることです。
久世透も、最初はそれを冷笑的に否定していました。
篠崎ミナも、最初はそれを強く警戒していました。
けれど、論理を追い、理解を深め、最後に二人が辿り着いた場所は同じでした。
『少し、分かってしまう』。
その一歩だけで、工程は完了するのです。
ここで、もう一つだけ、あなたに問いかけます。
あなたは今、この文章を──。
『創作』として、読んでいますか?
それとも。
『記録』として、読んでいますか?
……どちらでも構いません。
重要なのは、あなたが『ここまで読んだ』という動かしがたい事実だけです。
読む。
理解する。
納得する。
そして、微かな共感を抱く。
工程は、それだけで進行し、完成します。
次は、あなたが選ぶ番です。




