第三十八話「既読」
【追加回収資料:ネットワーク・トラフィック解析ログ】
発見日時:7月28日 03:17
媒体:『KJ-017』読了報告スレッド群のミラーデータ、およびバックエンド・サーバーの通信ログ
特記事項:投稿者のIPアドレスの多くが、資料の閲覧直後にパケット通信を完全に停止(遮断)している。
『KJ-017』という記録が電子の海に投下されてから数日。ネットの片隅に建てられたスレッドには、読了した者たちが吐き出す、共通した『違和感』の残骸が積み重なっていた。
【匿名掲示板ログ①:『【報告】KJ-017読了後の変化』】
投稿01:「全部読み終わった……。なんか、今猛烈にスマホの電源を落としたくなってる。この感覚は何だ?」
投稿02:「とりあえず通知を全部切ってみた。部屋が、異様なほど静かだ。」
投稿03:『静かな方が楽なんだ』っていうあのフレーズが、耳の奥でずっとリフレッシュされ続けてる感覚。文字なのに、声として残ってる。
投稿04:創作としての出来が良すぎる。変なリアルさがあって、実話のログを覗き見てる気分になるな。
投稿05:正直さ、ちょっと分かるんだよな。誰にも邪魔されない空間って、めちゃくちゃ魅力的じゃん。
【管理サーバー・ログ】
ERROR:投稿01〜05の書き込み元端末、相次いでセッション切断。
理由:ユーザーによるネットワークアダプタの無効化、または端末の強制シャットダウンと推定。
個人のささやかな感想や行動は、巨大なシステムにとっては単なる『予定通りの数値』に過ぎなかった。画面の向こう側で、何かが冷酷に読者の行動をカウントしている。
【掲示板ログ②:浸食の共有】
投稿06:「ここまで全部読んじゃった人、多分みんな俺と同じ状態だと思う。」
投稿07:さっきからスマホのバイブが鳴るたびに、心臓が嫌な跳ね方をする。通知が、ものすごくうるさく感じる。
投稿08:「これを機に、最近あんまり連絡取ってなかったLINEのグループとか友達関係、ちょっと整理した。」
投稿09:誰もいない、静かな方が落ち着く。なんで今まであんなに他人に固執してたんだろう。
【システムログ断片:バックエンド自動解析】
Total_Readers_Count: [REDACTED]
Target_Completion_Rate: 87.2%(最終ページ到達を確認)
Behavioral_Response: ポスト・リーディングにおける親和性の高まりを検知。
【投稿者ID:KJ_017(未確認アカウント)】
「読了者は、その属性や環境に関わらず、共通して同じ三段階の反応を示す。
1. 通知の遮断(外部ノイズの拒絶)
2. 接触の減少(対人コストの削減)
3. 静寂への志向(孤立の正当化)
これらはすべて、設計図通りに進行している正常な工程反応である」
【掲示板ログ③:自己防衛の瓦解】
投稿10:「待って。これって、読んでる時点で俺たちもう終わってないか?」
投稿11:最初から、この資料を『読ませること』自体が、あいつらの目的だったんじゃないかって気がしてきた。
投稿12:でもさ、別に間違ったことは書いてないだろ。無理して繋がって疲れるより、一人で静かに過ごす方が絶対に心に良い。
投稿13:そこが一番怖いんだよ。完全な正論だから、反論も抵抗もできない。
【回収された行動分析メモ(アナリスト不明)】
「読者はこの資料を『危険なもの』『奇妙な事件』と認識しながら、自らの好奇心でページをめくり続ける。そして最大の特徴は、『自分だけは大丈夫だ』『自分は正気を保ったまま、この怪異を消費している』と盲信している点にある。その傲慢さこそが、防壁を内側から崩壊させる最大の楔となる。典型的な適合前兆である」
【ブラウザ検索統計:読了後24時間以内の動向】
特定のキーワードの検索数が、閲覧前に比べて爆発的に跳ね上がっていることが確認された。
・「通知を完全に切る 方法」
・「SNS 疲れた 辞め方」
・「一人で生きる 静かな場所」
検索増加率:+312%
【掲示板ログ④:最後の足跡】
投稿14:「なんか……本当にスマホを見る回数が劇的に減った。」
投稿15:しばらく誰とも話したくないな。ちょっと、世界から距離を置きたくなる。
投稿16:最後のページの、『次は、あなたが選ぶ』って言葉が、目を閉じるたびに網膜の裏に浮かび上がってくる。
【削除済みレス(復元データ)】
「いや。もう、自分でも気づかないうちに、選び始めてるんだと思う」
【システムアップデートログ】
読了のシグナルを受信。
対象IPおよび端末識別番号の追跡を終了。
『KJ-017』工程記録、最新のステータスに更新。
現在──適合を確認中。
(ディスプレイの輝度が、まるで呼吸を止めるようにわずかに落ちる)
(スクロールはここで途絶え、これ以上のテキストは存在しない)
(縦に長く引き伸ばされた空白。その暗転した画面には、今、どんな顔が映っているだろうか)
十二行に及ぶ、完全な虚無の後に、システムが自動生成した最終行がぽつりと表示された。
既読。
【KJ-017 記録終了】




