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第三十六話「記録者」

【編集部内部資料:極秘扱い】

媒体:社内メールアーカイブ、編集者用ボイスメモ、企画検討用チャットログ

回収日時:不明

特記事項:ネット上で拡散された「KJ-017」の書籍化プロジェクト始動時に記録されたもの。


ネットを震撼させた「KJ-017」の流出から数日後。ある大手出版社の編集部では、この「奇妙な記録」をひとつのコンテンツとしてパッケージングしようとする動きが加速していた。


【社内メール①:企画立案】

送信日時:7月21日 10:14

送信者:編集部A(若手編集者)

件名:『KJ-017』書籍化プロジェクトの進言

本文:

「ネット上での反響は過去最大級です。モキュメンタリー(擬似ドキュメンタリー)としての完成度が異様に高く、今の『SNS疲れ』という社会背景に合致しています。

ただ、SNS上での読後報告が少し……いえ、かなり妙なんです」

 

【社内チャットログ抜粋】

「妙って、具体的に何がだ?」

「資料を読了した読者が、次々にアカウントを削除したり、SNSの引退宣言をしたりしてるんです。没入しすぎというか、感化され方が異常なんですよ」

「ははっ、それこそ最高のプロモーションじゃないか。今の時代、『本物』と勘違いさせるほどの強度が必要なんだ」


編集者たちは、資料の『恐怖』を最大化するために、あえて手を加えないという手法を選択する。だがその作業は、彼ら自身の精神をも静かに削り取っていった。

 

【編集メモ①:構成案】

「重要:徹底的に『本物』の質感を残すこと。ルビやフォントの調整を最小限に留め、あえて不親切な資料形式を維持。読者に『これは今、自分の手元に実在する機密資料である』という錯覚を、逃げ場のないレベルまで高めろ」


【録音データ①:深夜の編集室にて】

(カサカサと、膨大な紙資料をめくる乾燥した音。リズミカルな打鍵音)

男性(編集A):「これ……改めて通して読むと、どこまでが本当なんだろうな。久世透って探偵、実在した気がしてくるよ。」

女性(編集B):「……作り物だとしても、書いている人間の『本気』が乗り移ってるわ。……ねえ、ちょっと分かる気がしない?」

男性:「……ああ。誰とも喋らなくていい、静かな場所。俺も今、通知を全部オフにしてこれ読んでるけど……正直、かなり心地いいんだ。」


企画が進むにつれ、編集部内では奇妙な変化が起き始める。それは、かつて久世透が資料を整理しながら陥った、あの『納得』の変容に酷似していた。

 

【社内メール②:異常の兆候】

送信日時:7月23日 02:11

送信者:編集部B

件名:「この原稿について」

本文:

「校正作業を続けていると、文字が頭の中に張り付く感覚がある。特に『静かな方が楽なんだ』という一節。目を閉じると、あの合成音声が耳元で囁いているような気がする。……読み込みすぎなのは分かっている。でも、この『静寂』が報酬だという理屈、否定できない自分がいるんだ」


【編集会議メモ:赤字の追記】

「QRコードを挿入し、読者を特定の動画へ誘導する仕掛けはどうか? いや、待て。『参加型』という言葉は危険だ。この資料を読む行為そのものが、既に物語のテーマである『工程』に組み込まれている。本を開く読者は、客観的な観測者ではなく、被験者になる」


プロジェクトが「校了」へと向かう深夜、録音機には編集者たちの、もはや仕事の範疇を越えたつぶやきが残されていた。

 

【録音データ②:最終段階】

(静まり返ったフロア。窓の外の街灯がわずかに反射している)

男性: 「これ、本当に出して大丈夫か。……感染を広げるだけなんじゃないか?」

女性:「もうネットに全部出てる。止める権利なんて誰にもないわ。……それに、救われる人がいるのも事実でしょう」

(五秒間の、凍りついたような無音)

女性:「……静かな方が、楽なのよ。本当は、みんな知ってるの」


【書籍版 企画書:キャッチコピー案】

タイトル:『KJ-017』

副題:〜ある探偵事務所から流出した、人を消す動画の記録〜

 

編集者たちは、最後に『未公開の下書き』という名の毒を仕込んだ。

それは、資料を読み解き、真実(あるいは破滅)に近づこうとした人間への、最後の一撃。

 

【最終録音データ】

(キーボードを叩く手が止まる音)

男性:「……最後、どう終わらせる? この記録」

女性:「……。読者に、返すしかないでしょ」

(八秒間の無音。それは事務所で久世とミナが消える直前に流れた沈黙と同じ長さだった)

男性:「……ああ。そうだな。……それが、一番『正しい』」



最終的に未掲載(欠番)となったページには以下の記載があった。


この記録を、最後まで読み切ったあなたへ。

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