第二十五話「深夜のファミレス」
【警視庁通信指令本部・110番入電記録写し】
通報日時:7月6日 03:08
通報元:都内(杉並区桃井)深夜営業ファミリーレストラン「ジョニーズ」深夜時間帯責任者
通報内容:店内における特定グループ客の「異常行動」に関する相談および臨場要請
「あの、事件とか喧嘩じゃないんですけど、とにかく不気味なお客さんがいて……。男女5人の若いグループなんですけど、もう2時間近く、一言も喋らずに、微動だにせず席に座ってるんです。注文した料理も全く手をつけないままで。何より、その、店の空気がおかしいんです。他のお客さんも怖がって帰ってしまって……早く警察官をよこしてください」
通報から十数分後、駆けつけた警察官に対して、疲れ果てた表情の店員は震える声で当時の状況を語った。
【深夜アルバイト店員への聞き取り記録】
「最初は本当に、どこにでもいる普通の大学生か何かの集まりだと思ったんです。深夜の1時過ぎくらいにダラダラ入ってきて、ドリンクバーを取りに行って、大きめの声で笑い合ったりして。でも、途中から、本当にピタッと、誰も喋らなくなった。喧嘩を始めた風でもないんです。睨み合ってるとかじゃなくて、全員がそれぞれ自分のスマホを見つめながら、ただ座っているだけで。でも、何が怖かったかって、彼らの顔です。全員、もの凄く穏やかな……まるで深い瞑想でもしているかのような、恍惚とした顔をしてるんですよ。そのまま無言で、じーっとスマホの画面を見つめているんです。背筋が寒くなって、水を注ぎに行くことすらできませんでした。……なんていうか、あれは『喧嘩して黙り込んだ人たち』じゃない。『会話という行為そのものが、もう必要なくなった人たち』みたいでした」
青白い光が落ちるボックス席。定点カメラの映像は、若者たちの精神がドミノ倒しのように崩壊していくプロセスを淡々と記録していた。
【店舗防犯カメラ映像ログ(アングル:04番ボックス席俯瞰)】
01:14──
男女5名(男3、女2)が入店。互いにスマートフォンを見せ合ったり、メニューを指差したりと、極めて一般的なコミュニケーションを行っている様子が記録されている。
01:52──
奇妙な現象が発生。会話の途中で、全員がポケットや手元にあったスマートフォンを、まるで一本の目に見えない糸で引かれたかのように、『完全に同時に』操作し始める。画面の光が彼らの顔を青白く照射する。
この瞬間を境界線として、彼らの口の動きが完全に停止。表情から生気が失われ、視線は画面に釘付けとなる。以後、彼らの間から言葉というエネルギーが完全に消失した。
02:33──
深夜の店内に、誰かのスマートフォンのバイブレーション通知音が、蜂の羽音のように低く鳴り響く。
その微小な音に対して、5人の眉間が一斉に歪んだ。強い嫌悪感と不快感が、彼らの表情に走る。
03:01──
中央に座っていた男の一人が、何かを思い至ったようにゆっくりと指を動かし、スマートフォンの設定画面を開く。
──『全ての通知をOFF』。
彼が画面を伏せた直後、残り4人の男女も、まるで感染したかのように無言で全く同じ操作を開始。世界からの全ての接続のコードを、自らの手で一本ずつ引き抜いていくような、冷徹な同調行動だった。
彼らの世界からは、人間が発する『意味のある音』がすべて間引かれていた。残されているのは、店内に響く機械音だけ。
(ガシャガシャという、厨房の奥から響く食器の擦れ合う音)
(ウィーンという、製氷機が氷を吐き出す乾いた機械音)
(深夜のファミレス特有の、低く淀んだ冷蔵庫のコンプレッサーの唸り)
男:「ここ……静かだね」
その言葉に、他の4人が同時に、深く、滑らかにうなずいた。
その仕草には、親しい者同士の共感ではなく、同じカルトの教義を共有した信者たちのような、狂気じみた純度の高さがあった。
【会計記録およびその後の追跡調査】
03:17──
5名は一切の会話を交わさないまま、一人が無言で伝票を手に取り、レジへと向かう。会計は自動精算機で行われ、ここでも店員と言葉を交わすことはなかった。彼らは滑るような足取りで夜の闇へと消えていった。
その後、警察官が彼らの身元を特定しようとした段階で、戦慄すべき事実が判明する。
店を出た直後、5人全員のX(旧Twitter)、Instagram、LINE等のSNSアカウントが同時に削除され、携帯電話の通信契約そのものが、深夜のオンライン手続きによって解約されていた。
実家や大学の執拗な捜索にもかかわらず、彼らはアパートの部屋に全ての私物を残したまま、文字通り『煙のように』消息を絶った。
彼らが座っていた04番テーブルの上には、半分溶けたメロンソーダと、一枚のレシートだけが残されていた。
そのレシートの裏面には、万年筆で静かに、滑らかな筆跡でこう記されていた。
『誰かと一緒にいるのに、こんなに静かなの、初めてだった』
他人がいる恐怖。他人に合わせる苦痛。それらが、隣に人間を置きながらも『互いを完璧に消去する』という異常な最適化によって解決されたことへの、狂おしいほどの感謝がそこに刻まれていた。




