第一話 03. O-O(4)
◆五
5月14日 11:30
課長室のソファに木村、堀内、久保田の各班長が顔を揃えた。黒田の席は空いている。
久保田は40代の半ば、眼鏡を掛けた細身の男だ。
「課長は?」
堀内が主のいない椅子に目をやった。
「上だ。今、話を通しに行ってもらっている」
「朝の会議が終わって、まだ2時間も経ってませんよ」
木村がソファに深く身を沈める。
「またアイツですか。新田さん、モテますなぁ」
「ああ」
新田はノートPCをテーブルの真ん中に置き、2通目の本文と添付、それに池山について調べた事の要点を話した。議員会館の裏通りに立つ男の画像が映ると、3人の視線がそこで止まった。
「……”顧 凌峰”ですね」
堀内が画面に顔を寄せた。
「議員会館の”裏で”ですか。
下見ですかね?」
「そう見るのが自然だろうな」
新田が答えると、木村が腕を組んだ。
「そんな議員さんを、殺し屋がわざわざ狙いますかね。
人違い、言う事は無いんですか?
同じ名前の、もっと偉いさんとか……」
「アイツが人違いをした事は無い」
「……まあ、そうなんですけど……」
木村は頭を掻いた。堀内も久保田もそれ以上は何も言わない。
無理も無い、と新田は思った。
「池山には警護を付ける。
SPの手配と銃器対策部隊の待機を今、課長が上に要請している」
「”銃器対策部隊”ですか?」
堀内の手が、資料の上で止まった。
「そこまでの話なんですか?」
「相手は傭兵だ。
そこまでの話になる可能性がある……」
「銃器対策部隊が出てくるんやったら、ウチの出る幕は無さそうですな。
議員さんの鞄持ちくらいですか」
「出てくるとは限らない。
SPも含めて、上の返事はまだだ。
返事が来るまではウチだけで守る」
新田は3人の顔を順に見た。
「……最悪の事態も覚悟した上で4名、出してほしい。
表向きは身辺警戒の応援だ。
新田班は成田の男で手一杯だ。
どの班が出せる?」
暫く誰も答えなかった……。
「正直、ウチは厳しいです」
堀内が、手元の付箋だらけの資料から顔を上げた。
「ホテルの防犯カメラの解析が始まったばかりですし、
”顧 凌峰”の足取りもまだ途切れ途切れです。
今ここで人を抜くと、下見の先が追えなくなります」
「だろうな。
”顧 凌峰”とコンテナヤードの男は引き続き堀内班だ。
議員会館周辺の防犯カメラも追加で頼む」
「了解」
「久保田班には池山の身辺を洗ってもらいたい。
交友関係、資金の流れ、過去の発言、何でもいい。
誰が池山を邪魔だと思っているのか……それが知りたい」
「解りました。
池山議員でしたら、名前は存じております。
総務課にいた頃に、名簿で見た程度ですが……
当選2回ですと、洗う物もそう多くはないと思いますが」
久保田が手帳を開き、ペンを走らせた。
残ったのは木村だった。
「800mmの方はどうなってる?」
「メーカーと大手の量販店に照会を掛けて、返事待ちです。
待つだけなら村上さんに預けても回りますし、
件名の続きも、村上さんの方が早いでしょう」
木村はそこで言葉を切った。ソファに沈めていた背中がいつの間にか起きている。新田は口を挟まずに次の言葉を待った。
「……ウチの人間に話してみます……」
木村はそれだけ言って立ち上がった。
「じゃあ、会議は14:00からだ。
詳しい事は全員の前で話す」
堀内と久保田も立ち上がり、木村に続いて課長室を出て行った。
昼を過ぎても黒田は上から戻らず、新田は1人で課長室に残って2通目の画像を1枚ずつ見直していた。机の端の缶コーヒーは、とうに温くなっている。
木村が課長室に戻って来たのは13時を少し回った頃だった。
「ウチでやりますわ」
「意味は解っているか?」
「解ってます」
ドアを背にした木村の顔が、強張っている。
「デキの悪いのが揃うてますから。
……丁度ええでしょう」
口の端だけで笑ってみせた。
新田は笑わなかった。
「……頼む」
「頼まれました」
「拳銃は全員携行……
防弾衣も着けさせろ。
SPが付いても、だ」
「……はい」
木村は頭を掻きかけて、その手を止めた。軽く頭を下げ、課長室を出て行く。
ドアが閉まった後も、新田は暫くそのまま座っていた。
新田は温くなった缶コーヒーを手に取り、口を付けずに戻した。
5月14日 14:00
臨時の捜査会議には外事4課の各班長と主な班員、それに4課から村上が集まった。また”アイツ”か、という囁きがあちこちから聞こえてくる。
黒田の椅子は空いたままだった。新田は部屋の正面に立ち、課長は上と話をしている、とだけ断って、2通目の中身を手短に伝えた。
「……池山 修?」
「誰だっけ」
議員会館の裏通りに立つ顧 凌峰の画像が映ると、堀内班の何人かが顔を見合わせた。
その時、会議室のドアが開く。
黒田だった。
残っていた騒めきが一瞬で消える中、黒田はドアの脇に立ったまま、部屋全体に聞こえる声で言った。
「警備部が警察庁と話を付けた。
池山には今夜からSPが2名付く」
”SP”という言葉に班員たちの肩から僅かに力が抜けた。
それだけ言うと、黒田は自分の席に向かった。途中、新田の横を通り過ぎる時、足を止めずに低く呟いた。
「銃器対策部隊は却下だ。
”根拠が少ない”、だそうだ……」
予想していた答えだった。新田は手元に刷った2通目の、”近く襲撃あり”の一行に目を落とした。
視線を戻すと、すぐ傍の前の席で木村が天井を見上げている。黒田の呟きは木村の耳にも届いていたらしい。目が合うと、木村は先に視線を外した。
新田は1つ息を吐き、会議室に向き直った。
「聞いての通りだ。
SP2名に木村班から4名……6人体制で池山の身辺を固める」
木村の顎が小さく引かれた。
堀内班と久保田班には課長室で決めた通りの仕事を割り振った。
「新田班は飯田の指揮で、成田のAI判定に引っ掛かった男の確認を急げ。
リストの連中と合流する前に押さえたい」
「はい」
飯田の返事はいつになく短かった。一瞬だけ、新田と目が合った。
「SPが付いても気は抜くな。以上だ」
椅子を引く音が一斉に響く。廊下から、”SPが付くなら楽な仕事だな”という声が聞こえた。
黒田は最後まで腕を組んだまま、何も言わなかった。
◆六
会議が終わって10分ほど後、新田は木村班の全員を課長室に呼んだ。
木村を先頭に6人が並ぶ。黒田は自分の席に座ったまま、黙ってその様子を見ていた。
ドアの向こうの大部屋から電話の呼び出し音とキーボードを叩く音が微かに届く。いつもの午後の音だった。班員たちは誰も目を上げない。
新田は1人1人の顔を順番に見ていった。木村と同年代の者もいれば、まだ若い者もいる。昨日の会議で”今日中に全部当たります”と身を乗り出した一番若い坂口は体の脇で拳を握ったまま動かない。その隣の若い男はネクタイの結び目に何度も手をやっていた。
木村が班員たちに何を話したのか、新田は知らない。”最悪の事態”。その言葉を、新田は口の中で止めた。
「……くれぐれも注意するように」
それだけだった。
暫く誰も口を開かなかった。続きの言葉を待っていた班員たちは新田がそれ以上何も言うつもりが無い事に気付くと、互いの横顔を盗み見た。
「……はい」
木村が代表するように短く答え、頭を下げた。班員たちもそれに続く。
木村班が出て行った後、黒田がようやく口を開いた。
「それだけか」
「はい」
「木村には?」
「……”意味は解っているか”と訊きました」
黒田は黙って、新田の顔を見た。
「……視察だと言ったはずだがな」
「視察で終われば、それが一番です」
黒田はそれ以上は言わなかった。
「何か掴んでいるのか」
「……いえ」
新田は閉じたドアを見つめたまま答えた。
黒田に話せるような根拠は何も無い。ただ、2日しか空けずに届いたメールと、”近く襲撃あり”という短い一文が、まだ目の裏に残っている。そして、”根拠が少ない”という上の判断も。
傭兵が7人、殺し屋が5人。これだけの顔ぶれが揃って、何もせずに国へ帰るとは思えなかった。
――急いでいるのはアイツか。それとも……――
窓の外の青空は朝から澄んだままだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回「第一話 04. 心当たり」




