第一話 03. O-O(3)
◆四
「失礼します」
黒田は既に決裁書類を脇に寄せて待っていた。
「遅刻の訳は、後で聞く」
「……はい。後で、お話しします」
新田がノートPCを机に置くと、黒田は差出人の欄には目もくれず、添付の画像から開いていく。議員会館の裏通りに立つ男の画像の所で、指先が止まる。
「……顧 凌峰か」
「はい。今朝、堀内班が報告したばかりの男です」
黒田は本文に目を移し、3行しかない文面を何度も読み返した。
「……池山 修」
「はい。参議院議員、自由党、当選2回です」
「知らん名だな」
「私も、さっき調べるまで知りませんでした」
新田はネットで拾った内容を手短に伝えた。黒田の眉が動いたのは、”親米”と”新しい日本”の所だけだった。
黒田は椅子の背から体を起こした。
「こう言っては何だが……
殺し屋を寄こしてまで狙うほどの大物には見えんがな」
「同感です」
「なら、何故だ?」
「その前に1つ気になる事があります」
「何だ?」
「文面です」
新田はノートPCを引き寄せ、1通目のメールを隣に並べた。
「前回は事実を並べただけです。
誰が何人、いつ入ったか……
それをどうするかは、こちらに任せていました。
ですが今回は”狙われている”と言い切った上に、”直ちに”、”強化せよ”……」
「アイツが、こっちのやる事にまで”指図してきた”という事か?」
「はい。
少なくとも私が受け取ったメールの中で、
こう言う書き方をしてきた事は一度もありません」
「……初めて注文を付けてきたな」
「”注文”……ですか?」
「今までのアイツはネタを寄こすだけだった……
それをどう使うかはワシら次第で、アイツ自身は高みの見物だ。
見返りも求めん。注文も付けん。
……だから、信用できた」
黒田は2通目の文面を指先で軽く叩いた。
「情報屋が何も欲しがらんうちは、そいつの腹の中は見えん。
見えんから、こっちもネタの中身だけを見ていればいい。
だがな……
情報屋が初めて注文を付けてきた時は話が別だ。
そいつが何を欲しがっているのかが、透けて見える」
「アイツが欲しがっているのは……
”池山が生きている事”ですか?」
「少なくとも、池山に死なれては困る立場と言う事だな。
今までのアイツは、
どっちに転んでも構わん所から、ワシらを眺めていた。
それが、自分から一歩、こっち側に踏み込んできた」
黒田は目を細めた。
「あるいは、こちらが動かないと間に合わないのかもしれません」
新田はノートPCの画面を、件名の所まで戻した。
「それと、件名です。
”O-O”……またチェスでした。
キャスリング。キングを城の陰に入れる手です」
「……本文と同じ事を言うとる訳か。”王を囲え”と?」
黒田は椅子の背にもたれた。
「よし。思い当たる事を片っ端から言ってみろ。
筋が通るかどうかは後でいい」
「はい」
新田は一呼吸置いた。
「まず、政治的な理由です。
看板が”親米”。
アメリカと距離を置きたい国や勢力から見れば、邪魔な人間ではあります。
リストにも中国人が7人……傭兵5人と、”顧 凌峰”、それにもう1人です」
「それなら、もっと目立つ親米派がいくらでもいる。
大臣経験者も党の幹部もな。
わざわざ当選2回の若手を選ぶ理由にはならん」
「はい。それに、傭兵はタイ人も混じっています。
国で揃えている訳ではない……
金で集めた連中です」
「雇い主の国籍は、連中の顔からは解らん訳だ。
……アイツの方もな。
親米の議員を守りたがる海外の機関、と考えれば国は絞れるが……
決め付けるな。
次!」
「本人ではなく、本人が持っている”何か”が目的という線です。
情報、立場、あるいは、これから就くはずの役職」
「”新しい日本”か?」
「はい。
ですが、中身はネットのどこにも出ていません。
標語だけです」
「看板だけで中身が見えん言葉ほど、気味の悪いモノは無いな」
黒田はメモ用紙を1枚引き寄せ、”新しい日本”と書き付けた。
「次」
「”見せしめ”です。
小物を消して、大物を黙らせる……」
「……昔からある手だな」
「池山本人に意味は無いんです。
”池山が死んだ”という事実を見せたい相手が別にいる……」
「それなら、殺し方も派手になる」
「はい。人知れず消すのではなく、誰の目にも解る形で」
黒田は返事をせず、ペン先でメモ用紙を2度叩いた。
「もう1つ聞く。傭兵の7人はどうした?」
新田は直ぐには答えなかった。
「……そこです」
「人一人を殺すだけなら、殺し屋5人で十分過ぎる。
そこに傭兵が7人だ。
前にも言ったが、数が合わん」
「標的が池山1人とは限りません。
あるいは、池山を殺すのにそれだけの人数が要る”やり方”を選んでいるのか……」
「どっちにしても、ロクな話じゃないな」
ドアの外を、台車が軋みながら通り過ぎて行った。
「もう1つあります」
「言え」
「写真です。
アイツは”顧 凌峰”が議員会館の裏に立っているところを撮っている。
”下見の現場を”です……」
「……連中の動きを、”ワシらより先に掴んでいる”という事だな」
「掴んでいるどころか、張り付いています。
ホテルのロビー、コンテナヤード、サービスエリア……
そして今回の議員会館。
連中の行く先々にカメラを構えた人間がいる」
「なら、何故自分で止めん」
「止められないのか、止める気が無いのか……
あるいは、止めるのはウチの仕事だと思っているのか」
黒田は窓の方に目を向けた。
「アイツにとって、ワシらは何だ?」
「……解りません」
「ワシもだ」
黒田のペン先が、メモ用紙の上で止まったままになった。
「まずは池山だな。
狙うとしたら、どこだ?」
「添付は議員会館の通用口と、地元事務所の前です。
どちらも建物の”外”です」
「中は警備がある。
狙うなら出入りの瞬間か、移動中か……」
「はい。
本人のサイトの日程を見る限り、
国会が開いている間は、議員宿舎から議員会館に通っています。
移動手段は車です。
地元に戻るのは週末だけです」
「車の中の人間を12人で囲むか?」
黒田は自分で言って、口を閉じた。
「課長。意見具申があります」
「聞こう」
「池山には普段、警護は付いていません。
ですが、このメールが届いた以上、警護を付けるべきです。
警護課からSPを。
それと……」
新田は言葉を切った。
「機動隊の銃器対策部隊の出動も視野に入れるべきだと考えます」
黒田の目が眼鏡の奥で細くなった。
「”銃器対策部隊”だと?
……あれは警護の部隊じゃないぞ」
「解っています。
ですが、相手は傭兵です。
拳銃1丁で片付く連中じゃない……
コンテナヤードの男が肩に掛けていたケースの中身が、もし長物なら……
SPの2人や3人では盾にもなりません。
出動とまでは言いません。
せめて待機だけでも……」
「根拠は」
「アイツのメールです」
「匿名のメールを根拠に”銃器対策部隊を動かせ”と上に言うのか?」
「……今まで、一度も外していません」
黒田は机の端のペンを取り、また置いてから、深く息を吐いた。
「……警護課も機動隊も、警備部の持ち物だ。
公安部の課長が電話1本で動かせる代物じゃない」
「承知しています」
「上に言ってみる。
ワシにできるのは、そこまでだ」
「十分です」
「上がどんな顔をするかは目に見えているがな……」
黒田は受話器に手を伸ばしかけて、その手を止めた。
「それで、ウチはどうする?
上の返事を待っている間に何かあったら話にならんぞ」
「ウチから人を出させてください。
4名……
表向きは身辺警戒の応援という形で。
実際は池山に近付いてくる連中の視察です」
「それならワシの判断でできる。
午後の会議は前倒しだ。
14:00に臨時の捜査会議を開く」
「解りました。
それと、もう1点」
「何だ?」
「会議の前に班長を集めて先に話をさせてください。
どの班に警護を任せるか、班長の顔を見て決めたいんです」
黒田は少し意外そうな顔をしたが、直ぐに頷き、上着に手を伸ばした。
「この部屋を使え。
ワシは上に行ってくる。
ここなら誰にも聞かれん」
「ありがとうございます」
新田がノートPCを閉じた時、黒田の手元のメモ用紙には、いくつもの言葉が並んでいた。”親米”、”新しい日本”、”見せしめ?”、”傭兵7”、”下見”、”車”。そのどれにも線は1本も引かれていない。
部屋を出ようとした新田の背中に黒田の声が掛かった。
「新田」
「はい」
「アイツは何で今回は2日しか空けずに送ってきたと思う?」
新田はドアノブに手を掛けたまま答えた。
「……今回は、撮影日時も書いてありませんでした……」
お読みいただき、ありがとうございます。
次回「第一話 03. O-O(4)」




