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罠屋   作者: 赤原藤尾
第一話 Prelude (前奏曲)前編

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第一話 03. O-O(2)


◆三


 新田は暫く画面を見つめたまま動かなかった。


 差出人:”Untouchable”(wefs432@XXX.XX.com)

 件名:O-O


 送信時刻は本日9:04。丁度、定時の捜査会議の最中だった。


 1通目は4:00丁度に届いた。今回はき(・)り(・)のいい時刻を待っていない。


――まだ2日しか経っていないぞ――


 これまで、このアカウントからメールが立て続けに届いた事は無かった。


――次は開ける前に持って来い――


 黒田の声が頭をかすめたが、指の方が先に動いていた。1通目は半日近く寝かせたのに、今度は、息を1つ吐く間しか置いていない。


 本文は今回も短い。


”参議院議員 池山修が狙われている。

 近く襲撃あり。

 直ちに警護体制を強化せよ”


 それだけだった。


 新田は本文を2度読み返した。1通目は事実を並べただけで、今度の3行目は命令の形で終わっている。


 添付されていたのは5枚の画像と短い説明書き。1通目と違って、撮影日時は1つも書かれていない。議員会館の通用口、池山の地元事務所の前、そして見覚えのある顔……1通目の2枚目、ホテルのロビーで壁を背にしていた男だ。今朝の会議で堀内班が報告したばかりの”顧(グー) 凌峰(リンフォン)”が、通用口を見下ろす裏通りの歩道に立っていた。


 今回の被写体は、誰一人、撮られている事に気付いていない。SAの男のように、こちらを見返している顔は1つも無かった。


「班長……」


 背後で飯田が小さく声を掛けた。さっきまでの軽口の名残は、もうどこにも無い。


「飯田、悪いが今のは見なかった事にしてくれ。

 後で、全員に話す」


「……はい」


 飯田はそれ以上何も聞かずに自分の席へ戻って行った。


 周りの班員たちは新田の絶叫をいつもの事と片付けたのか、もう自分の仕事に戻っている。向こうの席からは、さっきの検索履歴の話の続きらしい笑い声が聞こえてくる。


 新田はブラウザを立ち上げ、検索窓に”池山修”と打ち込んだ。


 参議院議員、自由党、当選2回……。


 並んだ記事をいくつか開いてみても、出てくるのはその程度の情報だった。当選2回とはいえ、国会の中ではまだ名前より先に党名で呼ばれる側で、特に目立った実績も無ければ、話題になりそうなネタも無い。疑惑、トラブルの類に至っては、少なくともネット上には何一つ記録が残っていなかった。


 唯一、目に付いたのは政治活動の看板だった。


 ”親米”。そして、”新しい日本”。


 本人の公式サイトのトップには、その2つの言葉が笑顔の池山の写真と並んで大きく掲げられていた。


――何で、こんな男が……――


 リストに名前のある男が、この議員の周りをうろついている。


 キーボードの上の指が、冷たくなっていた。


――件名は……――


 1通目の”Nc7+”はチェスの棋譜だった。なら、今回も……


 新田が検索窓の文字を消し、”O-O チェス”と打ち込むと、結果は直ぐに出た。


”キャスリング”


 キングとルークを一度に動かし、キングを盤の端へ寄せて、ルーク……城の陰に入れる手。キングの守りを固める為に序盤のうちに指しておく手……。


「……またか」


 木村がチェスクラブの爺さんから仕入れてきた話では、”Nc7+”は、王手で相手を引き付けておいて、もう片方を取る”両取り”だった。


――なら、池山はどっちだ。王手か、本命か――


 両取りは駒がぶつかり合った後に掛ける手だ。キャスリングは、その遥か手前、序盤に指す手になる。順番が逆になっている事に何か意味があるのか、それとも偶然か?


――時計の針を戻したのか?――


 新田は資料の余白、”両取り””忘れ去られた手”の横に、”O-O/キャスリング/序盤の手”と書き足した。


 そして、机の電話に手を伸ばした。


「課長、今、宜しいですか?」


「……またアイツか」


「はい」


「直ぐに来い」


 受話器を置く音が先に向こうから聞こえた。


 新田はノートPCを抱えて席を立つ。


 隣の島では誰かが昼の出前の注文を取りまとめている。


お読みいただき、ありがとうございます。

次回「第一話 3. O-O(3)」


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