第一話 02. スペシャリスト(2)
◆三
5月13日 13:00
写真の1枚目のコンテナヤードは都内の港湾地区の外れにあった。
昼過ぎの日差しが積み上げられたコンテナの壁を白く照らしている。その向こうで、ガントリークレーンが動きを止めたまま空に突き出ていた。
隣には公安4課の野口がいる。張り込みや行動確認での撮影を一手に引き受ける課内屈指のスペシャリストで、村上がデスクの人間なら、野口は現場の人間だ。
「新田さん、一体何を撮るんですか?」
「オレだ」
「はい?
……まさか、昇任の書類写真とかじゃないですよね」
「そんな洒落たモンじゃない」
新田は13枚を印刷した束から1枚を抜き、野口の前に突き出した。コンテナヤードに立つ男の横顔。
「この写真と同じ位置、同じ構図でオレを撮ってほしい」
野口は写真から目を上げ、クレーンの角度とコンテナの並びを確かめ、最後に新田の顔を見た。
「……解りました。やってみます」
――機材は違う。
それでも、プロが撮って差が出るなら、残るのは腕だ――
撮影位置には野口が直ぐに見当をつけた。背景のクレーンの角度とコンテナの並びを合わせていけば、おのずと決まる。かなり上だ。管理会社に話を通して管理棟の外階段を上がると、野口は10年以上前に課が買った一眼レフに600mmとテレコンバーターを噛ませ、手すりに肘を預けて半歩ずつ立ち位置をずらしていく。
階段の下で、新田は付き添いの管理会社の担当者に訊いた。
「最近、あの階段を上がった人間は?」
「ここ数か月は、ウチの者しか上がっていないはずです」
――それでも写真の男を撮った人間はあの階段を上がった。
誰にも咎められずに――
新田が写真の男のいた場所に立つと、潮と軽油の混じった風が上着の裾を煽った。
胸ポケットに入れた、野口とつないだままのスマートフォンから乾いたシャッター音が届く。1枚、2枚……5枚。
外階段を下りて来る野口の足音は上がった時より遅い。新田の方から歩み寄った。
「どうだ」
「……」
野口はカメラの背面のモニターから目を上げない。
「野口」
「新田さん、すみません」
「何がだ?」
「同じ物は……撮れませんでした」
野口はモニターを新田の方に向けた。そこには確かに新田が、表情も輪郭もはっきりと写っている。だが、メールの写真と並べると、新田の方は背景に貼り付けた切り抜きのように平たい。
「ピントも構図も、ほぼ同じです。
レンズの違いを差し引いても……
違うのは、撮った人間です。
光の読み方、シャッターの間、ブレの抑え方」
「プロか?」
「”プロ”なら、我々もです」
野口は首を振った。
「多分、こればかりを撮っている”専門職”です。
1枚だけなら、まぐれもある。
でも、13枚が13枚とも、この出来です」
新田は黙ってメールの写真に目を落とした。
「”腕のいい写真屋”で済む話じゃないな。
……後ろにいるのは、どこかの機関だ」
野口は答えず、カメラのストラップを肩に掛け直した。
港の向こうで貨物船が低く汽笛を鳴らした。
――オマエは、オレたちに何をさせたい?――
その日の夜、人の減った大部屋の自席で、新田は妻からのメッセージを3時間遅れで開いた。
”今日も遅いの?”
新田は暫く画面を見つめ、それから短く打ち返した。
”すまない”
”今度”が、また1つ増えた。
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次回「第一話 3. O-O(1)」




