夜食
魔王軍の幹部たちが集まる「最高幹部会議」。そこは、魔界の命運を決める殺伐とした場……のはずだった。
「ええい! 人間軍の砦をどう崩すかと言っておるのだ! 貴様、やる気があるのか!」
「うるさい! 脳筋の貴様に言われたくないわ!」
四天王たちが机を叩き、怒号が飛び交う。魔王ルシエラも、深刻な顔で頭を抱えていた。
空腹とストレス。会議はすでに5時間を経過し、空気は最悪だ。
その時、コンコン、と場違いなほど軽いノックの音が響いた。
「夜分に失礼します。夜食を持ってきました」
入ってきたのは、エプロン姿のカイルだ。
四天王の一人、猛将バルカスが立ち上がる。
「貴様、雑用係か! 貴き魔王軍の会議を邪魔するとは、死にたいようだな……ぐ、がっ……!? なんだ、この香りは……っ!」
カイルが盆に載せてきたのは、「黄金色のチャーハン」と、魔石の熱を利用して保温された「特製牛すじスープ」だった。
ただの料理ではない。米の一粒一粒に賢者の魔力で「旨味の結界」を張り、具材は剣聖の精密な刻みにより細胞を壊さず旨味を閉じ込めている。
「……とりあえず、食べてから喧嘩しませんか? 腹が減ると冷静になれませんよ」
ルシエラが最初にスプーンを手にした。
一口食べた瞬間、彼女の瞳からポロリと涙がこぼれ落ちた。
「……美味い。……身体中の魔力が、優しく、かつ強烈に活性化していく。これは、もはや軍事食ではなく、究極の『聖薬』ではないか?」
それを合図に、他の幹部たちも我先にと食らいつく。
「なんだこれは!? 身体の古傷が消えていくぞ!」
「脳の処理速度が通常の三倍に……! この戦略図、こうすれば一瞬で勝てるではないか!」
さっきまで罵り合っていたのが嘘のように、幹部たちは爆速で「最も犠牲の少ない和平案」を練り上げ始めた。カイルの料理で脳が活性化し、全員が賢者モードに入ってしまったのだ。
「カイルよ……貴様、また余を驚かせてくれたな」
ルシエラが、満足げに腹をさすりながら微笑む。
そして、おもむろに自分の隣の席を指差した。
「今決めた。今日から貴様の役職は『雑用係』兼『魔王直属補佐官』とする。毎日、余の隣で食卓を囲め」
「え、嫌です。責任が重くなるのは勘弁してください」
カイルが即答すると、会議室が静まり返った。
魔王の誘いを断る人間など、歴史上初めてだ。だが、ルシエラは怒るどころか、少し悲しそうな顔でカイルの手を握った。
「……ならば、仕事ではない。これは『お願い』だ。余は、貴様の隣にいる時が、一番……魔王ではなく、一人の女でいられる気がするのだ」
その言葉に、四天王たちが驚愕して腰を抜かす。
カイルは空になった皿を見つめ、やれやれと首を振った。
「……残業代、高くつきますよ?」
「ああ、余のすべてを掛けて払おう!」
かつての「剣聖」と「賢者」は、どうやら世界を滅ぼす魔王の、唯一の「安らぎ」になってしまったようだ。




