隠し味
魔王軍の雑用係として採用されて一週間。カイルの生活は快適だった。
定時上がり、三食昼寝付き。かつての勇者時代には考えられないホワイト環境だ。
だが、一つだけ問題があった。
「カイル、いるか。また、あの『茶』を淹れてほしいのだが」
執務室の豪華な扉が開き、魔王ルシエラが姿を現す。
彼女は絶世の美少女だが、今は少しだけ頬を染め、所在なげに立っていた。
「魔王様、俺はただの雑用係ですよ。お茶なら専属の侍女に……」
「……あやつらの淹れる茶は、苦いだけで心が休まらんのだ。貴様の淹れる茶には、不思議な……そう、太古の賢者の慈愛のような温もりを感じる」
(そりゃあ、賢者時代の秘伝の魔力循環でお湯を沸かしてるからな……)
カイルは内心で冷や汗をかきながらも、慣れた手つきでお茶を淹れる。
ついでに、台所で余っていた食材で作った「クッキー」を添えた。
「これは何だ? 毒見は……まぁ良い、貴様なら毒など盛らんだろう」
ルシエラが一口、クッキーをかじる。
その瞬間、彼女の背筋がピンと伸び、紅い瞳が大きく見開かれた。
「な、何だこれは……!? 口の中で、剣聖の猛攻のような衝撃と、賢者の抱擁のような優しさが同時に押し寄せてくる……っ!」
「……ただのバタークッキーですよ。隠し味に、中庭に生えていた薬草(※実は伝説の霊草)を入れただけです」
「信じられぬ。余はこれまで、世界中の美食を喰らってきた。だが、これほどまでに『愛』を感じる味は初めてだ……カイル。貴様、やはりただの人間ではないな?」
ルシエラの顔が、グイッと至近距離まで近づく。因みに魔王様の名前はルシエラだ。
甘い香りが鼻をくすぐり、カイルは思わず一歩引いた。
「もしや……余の胃袋を掴み、魔王軍を内部から無力化せんとする、恐るべき暗殺者か?」
「考えすぎです。ただの料理好きの雑用係ですよ」
「ふん、なら良い。だが、この味を独り占めするのは勿体ないな……決めたぞ。今夜の『魔軍最高会議』、貴様が夜食を担当しろ」
「えっ、定時で帰る予定なんですけど……」
「……嫌か? 余の、頼みなのだが」
魔界を統べる恐怖の魔王が、上目遣いで、少しだけ心細そうにカイルの袖を引く。
その破壊力は、前世で戦った魔王の禁呪よりも凄まじかった。
(……この魔王、チョロすぎる。あと、可愛いのが一番厄介だ)
カイルは大きく溜息をつき、エプロンの紐を締め直した。
「……分かりましたよ。ただし、残業代はしっかり出してくださいね」
「ああ! 好きなだけ、余の宝物庫から持っていくが良い!」
満面の笑みを浮かべるルシエラを見て、カイルは確信した。
4度目の人生は、どうやら世界を救うのではなく、この不器用な魔王を甘やかす生活になりそうだと。




