第8話 それでも、あなたのそばへ。
《呪い進行率 90%》
《自我崩壊開始》
黒く染まった文字が。
セシリアの視界に浮かんでいた。
「レオン……」
遠く。
王宮の方角から。
もう一度。
聞こえた気がした。
「セシリア!」
自分を呼ぶ声。
苦しそうな。
助けを求める声。
セシリアは。
バルディスの手を振り払った。
「行きます」
「なりません」
司祭長の声は。
穏やかなままだった。
「今、あなたが殿下へ近づけば」
「……」
「呪いは完成する」
「でも」
セシリアは。
まっすぐ老人を見る。
「離れていても完成しかけてる」
バルディスの表情が。
ほんの少し。
動いた。
「今、私はここにいます」
「……」
「レオンから離れてる」
一歩。
前へ出る。
「なのに90%まで進んだ」
「それは」
「おかしいでしょう?」
バルディスが。
黙った。
セシリアは。
確信する。
全部。
嘘ではない。
でも。
全部を話しているわけでもない。
「あなたの言う通りなら」
声。
強くなる。
「私がレオンから離れた時点で、呪いは弱まるはず」
「時間が必要なのです」
「本当に?」
「もちろんです」
「じゃあ」
セシリアは。
赤い――いや。
黒い文字を見る。
《呪い進行率 91%》
「何で上がってるの?」
バルディスの。
目が。
わずかに細くなった。
「あなた」
セシリア。
続ける。
「何か隠してる」
「セシリア様」
「レオンから離れれば助かるなんて」
拳。
握る。
「嘘でしょう?」
◇
バルディスは。
しばらく何も言わなかった。
礼拝堂。
静寂。
外。
父の兵。
聖騎士。
睨み合い。
奥。
縛られたリナ。
その隣。
弟のエリオット。
そして。
セシリア。
ルーク。
バルディス。
誰も。
動かない。
やがて。
老人が。
ゆっくり息を吐いた。
「……完全な嘘ではありません」
「完全な?」
「殿下とあなたの距離が離れれば」
「……」
「呪いの成長は遅くなります」
「止まるんじゃないの?」
「いいえ」
やっぱり。
セシリアの胸に。
怒りが湧く。
「じゃあ」
「……」
「私が一生レオンに会わなくても」
「いずれ」
バルディス。
目を伏せる。
「目覚める可能性があります」
「だったら何で!」
声。
礼拝堂。
響く。
「離れれば助かるなんて言ったの!」
「時間が必要だったからです」
「何の?」
バルディス。
答えない。
ルークが。
低い声を出した。
「儀式だ」
セシリアが。
振り向く。
「何?」
ルーク。
バルディスを。
睨む。
「こいつは最初から」
「……」
「セシリアをレオンから引き離したかったんじゃない」
剣。
握る。
「儀式に使いたかったんだ」
バルディス。
顔。
変わらない。
でも。
否定しない。
「何の儀式?」
セシリア。
聞く。
ルークが。
答える前に。
バルディスが。
静かに口を開いた。
「星喰いを終わらせるための儀式です」
「終わらせる?」
「はい」
「どうやって?」
沈黙。
嫌な予感。
「言って」
バルディス。
セシリアを見る。
「アルフォード家の血を」
一拍。
「王家から永久に切り離します」
「それって」
「……」
「どういう意味?」
ルークが。
遮るように言った。
「セシリアを殺すって意味だ」
◇
リナが。
息を呑んだ。
「そんな……」
セシリアは。
バルディスを見る。
「本当?」
老人は。
否定しなかった。
「あなたが死ねば」
「……」
「アルフォード家の直系は一時的に途絶える」
「お父様がいる」
「公爵閣下には、呪いを完成させる血の条件がありません」
「条件?」
「王家の星と結びつくのは」
バルディス。
淡々。
「同世代のアルフォード直系女性」
セシリア。
「……私」
「はい」
「だから」
「あなたが死亡すれば」
老人。
続ける。
「少なくともレオン殿下の代では、星喰いは完成しない」
一瞬。
セシリア。
言葉を失った。
「じゃあ」
ゆっくり。
「最初から」
「……」
「私を殺すつもりだった?」
「あなたを救う方法も探しました」
「でも見つからなかった?」
「……はい」
胸。
冷たい。
でも。
不思議と。
恐怖より。
納得が先に来た。
一度目の人生。
自分は処刑された。
王太子暗殺未遂。
もし。
あれも。
最初から。
レオンを助けるために。
自分を消す計画だったなら?
「一度目の人生」
セシリア。
呟く。
「私が処刑されたのも」
バルディスの。
目。
ほんの一瞬。
揺れた。
見逃さない。
「あなたが関係してたの?」
沈黙。
「答えて!」
バルディス。
目を閉じた。
「……はい」
世界。
音。
消えた。
◇
処刑台。
群衆。
罵声。
レオン。
冷たい表情。
《刑を執行する》
あの日。
全部。
仕組まれていた?
「じゃあ」
セシリアの。
声。
震える。
「私がやってもいない暗殺未遂を」
「……」
「あなたが作ったの?」
「証拠の一部は」
「一部?」
「私が用意しました」
セシリア。
拳。
震える。
「リナの証言も?」
バルディス。
リナを見る。
「七回目までは」
その言葉。
リナの表情。
理解できない。
「弟を使いました」
リナ。
青ざめる。
「……私」
一度目の人生の記憶。
自分にはない。
当然。
今のリナには。
未来のこと。
でも。
セシリアには。
裁判で。
リナが。
自分を裏切った記憶がある。
「やっぱり」
セシリア。
涙。
出る。
「リナは」
「……」
「脅されてたんだ」
バルディス。
何も言わない。
怒り。
湧く。
「あなたが!」
一歩。
「私の人生を!」
また一歩。
「全部壊したの!?」
「王国を守るためです」
「だから何!」
セシリア。
叫ぶ。
「私の人生は王国じゃない!」
バルディス。
初めて。
顔。
苦しそうになる。
「分かっています」
「分かってない!」
「分かっています!」
老人の声。
初めて。
大きくなった。
「私は七回!」
「……」
「あなたが死ぬ姿を見た!」
礼拝堂。
静まる。
バルディス。
拳。
震えている。
「七回……」
「……」
「そのたびに」
老人。
声。
掠れる。
「別の方法を試しました」
「……」
「レオン殿下を遠ざけた」
「……」
「あなたを国外へ逃がした」
「……」
「婚約を潰した」
「……」
「記憶まで消した」
セシリア。
息。
止まる。
「でも」
バルディス。
続ける。
「必ず二人は出会う」
「……」
「必ず惹かれ合う」
「……」
「そして」
「……」
「必ずどちらかが死ぬ」
老人の。
目。
赤い。
涙?
「私は」
声。
弱くなる。
「もう、見たくないのです」
セシリア。
何も。
言えない。
この人も。
繰り返している。
七回。
全部。
覚えている。
そして。
毎回。
失敗。
「じゃあ」
セシリア。
静かに。
「だから今回は私を最初に殺す?」
「……」
「それで終わらせる?」
バルディス。
頷けない。
でも。
否定も。
しない。
◇
そのとき。
ルークが。
鼻で笑った。
「変わってないな」
バルディス。
彼を見る。
「何がです」
「最初の世界から」
ルーク。
一歩前。
「お前はいつも」
「……」
「誰か一人を犠牲にすれば全部救えるって考える」
「他に方法がありません」
「本当に?」
「七回探した!」
「八回目だ」
ルーク。
強く。
「まだ終わってない」
バルディス。
「あなたに何が分かる!」
声。
荒く。
「あなたはエリア様を!」
「分かってる!」
ルーク。
叫ぶ。
初めて。
「僕が殺した!」
セシリア。
身体。
固まる。
リナ。
息。
止まる。
ルーク。
肩。
震えている。
「僕が」
「……」
「エリアを殺した」
セシリア。
胸。
痛い。
聞きたくない。
でも。
聞かなければ。
「どうして」
声。
かすれる。
「私の娘を」
ルーク。
セシリアを。
見られない。
「エリアも」
「……」
「呪われた」
セシリア。
「え?」
「レオンの血を継いでいた」
「……」
「そして」
ルーク。
声。
震える。
「君の血も」
セシリア。
理解する。
「両方……」
「そう」
「星喰いが」
「レオンより強く」
ルーク。
目。
閉じる。
「エリアの中で目覚めた」
頭。
断片。
戻る。
小さな少女。
泣いている。
金と銀の髪。
赤い瞳。
「いや……」
セシリア。
頭。
押さえる。
記憶。
◇
十六歳。
エリア。
泣いている。
「ルーク」
「大丈夫だ」
「怖い」
「俺がいる」
手を握る。
黒い影。
少女の腕。
這う。
「お母様を殺したくない」
「殺させない」
「お父様みたいになりたくない」
「ならない」
「でも」
赤い目。
涙。
「もう声がするの」
《殺せ》
《奪え》
《全部》
「ルーク」
少女。
笑う。
「約束して」
「何を」
「私が私じゃなくなったら」
「……」
「止めて」
「嫌だ」
「お願い」
「嫌だ!」
「ルーク」
笑う。
泣きながら。
「愛してる」
剣。
◇
「……やめて」
セシリア。
膝。
崩れる。
ルークが。
近づこうとする。
「来ないで!」
止まる。
「ごめん」
ルーク。
それだけ。
「エリアが」
セシリア。
涙。
止まらない。
「頼んだの?」
「……うん」
「あなたに?」
「うん」
「だから」
「……」
「殺した?」
ルーク。
唇。
噛む。
「そう」
憎い。
そう思うべき。
でも。
記憶の中。
エリア。
自分から。
頼んでいる。
愛する人に。
自分を。
殺してくれと。
「……最低」
セシリア。
言う。
ルーク。
「うん」
「馬鹿」
「うん」
「どうして助けなかったの」
「助けたかった」
「だったら!」
「できなかった!」
ルーク。
涙。
初めて。
頬を伝う。
「僕だって!」
声。
壊れる。
「何百回でも代わりに死にたかった!」
セシリア。
止まる。
ルーク。
拳。
胸。
叩く。
「でも」
「……」
「エリアは僕を殺さなかった」
「……」
「最後まで」
ルーク。
泣く。
「僕を傷つけるくらいなら、自分を殺してくれって」
「……」
「そう言ったんだ」
セシリア。
何も。
言えない。
◇
《呪い進行率 94%》
文字。
跳ねる。
「レオン!」
時間。
ない。
感情。
全部。
あと。
「私、行く」
セシリア。
立つ。
バルディス。
「いけません」
「行く」
「あなたが近づけば!」
「離れてても進む!」
「でも」
「バルディス」
初めて。
名前だけで。
呼ぶ。
「七回」
「……」
「あなたの方法で失敗した」
老人。
止まる。
「なら」
セシリア。
まっすぐ。
「八回目は私のやり方でやる」
「あなたのやり方?」
「逃げない」
「……」
「誰も殺さない」
「そんな方法は」
「今から探す!」
セシリア。
リナ。
見る。
「リナ」
「はい!」
「弟さん連れて逃げて」
「でもセシリア様」
「大丈夫」
「大丈夫じゃありません!」
セシリア。
少し笑う。
「じゃあ」
手。
握る。
「信じて」
リナ。
泣く。
「……はい」
父。
外。
叫び。
「セシリア!」
礼拝堂へ。
入ってくる。
「無事か!」
「お父様」
父。
状況。
見る。
バルディス。
ルーク。
リナ。
「説明はあと!」
セシリア。
父へ。
「レオンのところへ行きます!」
「分かった」
即答。
バルディス。
驚く。
「公爵閣下!」
父。
振り向く。
「黙れ」
低い。
「娘を殺そうとした男の話を聞く気はない」
バルディス。
「王国が!」
「王国より」
父。
剣。
抜く。
「私は娘を選ぶ」
セシリア。
胸。
熱くなる。
「お父様」
「行け」
「はい!」
◇
馬。
セシリア。
王宮へ。
ルークも。
ついてくる。
「どうして来るの!」
「僕も行く」
「エリアのこと」
「あとで全部話す」
「信用してない」
「分かってる」
「でも」
セシリア。
前。
見る。
「今はレオンが先」
「同意見」
馬。
速度。
上げる。
◇
王宮。
異常。
空。
黒。
雷。
庭。
植物。
枯れている。
兵士。
倒れている。
でも。
死んではいない。
「レオンは」
「玉座の間!」
兵士。
叫ぶ。
「殿下が!」
セシリア。
走る。
《呪い進行率 96%》
「待って!」
ルーク。
「何!」
「97%を越えたら」
「……」
「言葉が届きにくくなる」
「じゃあ急ぐ!」
◇
玉座の間。
扉。
閉じている。
内側。
黒い光。
漏れる。
「レオン!」
叩く。
「開けて!」
反応なし。
「下がって」
ルーク。
剣。
扉。
切る。
一度。
二度。
三度。
扉。
崩れる。
中。
広い。
玉座。
窓。
全部。
黒い影。
中央。
レオン。
立っている。
十三歳。
小さな身体。
でも。
周囲。
圧力。
息。
苦しい。
「レオン」
セシリア。
一歩。
レオン。
顔。
上げる。
赤い瞳。
《呪い進行率 97%》
「来るな」
声。
低い。
「レオン」
「来るな!」
影。
床。
走る。
ルーク。
「セシリア!」
避ける。
影。
壁。
砕く。
「帰れ」
レオン。
震えている。
「僕から離れろ」
セシリア。
止まらない。
「嫌」
「来るな!」
「嫌!」
「僕は!」
レオン。
頭。
抱える。
「君を殺す!」
「殺さない」
「分からないだろ!」
「分かる!」
「分かるわけない!」
「分かる!」
セシリア。
叫ぶ。
「七回もあなたを殺した私が言ってるの!」
レオン。
止まる。
ルーク。
目。
見開く。
レオン。
「……何?」
しまった。
でも。
もう。
隠さない。
「私は」
セシリア。
涙。
流れながら。
「あなたと何度も出会った」
一歩。
「何度も好きになった」
一歩。
「何度も失った」
レオン。
動かない。
「そして」
「……」
「何度もあなたを殺した」
レオン。
顔。
苦しそう。
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「僕は君に会ったのは」
「今回が初めて」
「……」
「あなたにとっては」
一歩。
《呪い進行率 97%》
止まった。
「でも」
セシリア。
続ける。
「私の心は覚えてる」
胸。
押さえる。
「頭は忘れてても」
「……」
「あなたを失う痛みを」
レオンの。
赤い目。
揺れる。
「だから」
セシリア。
手。
伸ばす。
「帰ってきて」
「……」
「私はここにいる」
レオン。
「近づくな」
「嫌」
「死ぬぞ」
「死なない」
「僕が殺す!」
「殺させない」
「どうやって!」
セシリア。
一瞬。
笑う。
「知らない」
レオン。
「……」
「でも」
もう一歩。
あと。
数歩。
「今度は」
「……」
「一緒に考える」
黒い影。
震える。
《呪い進行率 96%》
ルーク。
息。
呑む。
下がった。
「セシリア」
「何?」
「続けろ」
◇
レオン。
両手。
耳。
塞ぐ。
「声が」
「何て言ってる?」
「殺せって」
「誰を」
「君を」
「他には?」
「全部」
涙。
赤い瞳。
「全部奪えって」
「だったら」
セシリア。
もう一歩。
「私の声だけ聞いて」
「無理だ」
「できる」
「無理!」
「できる!」
声。
重ねる。
「レオン!」
名前。
呼ぶ。
「私を見て!」
赤い目。
セシリアへ。
「私は生きてる!」
「……」
「ここにいる!」
「……」
「誰にも奪われてない!」
黒い影。
少し。
薄くなる。
《呪い進行率 93%》
「だから」
手。
伸ばす。
「私を守ろうとして」
「……」
「世界を壊さないで」
その言葉。
レオン。
身体。
震える。
最初の世界。
愛する者を失った王。
国を滅ぼした。
でも。
今。
セシリアは。
生きている。
「僕は」
レオン。
声。
少年。
戻る。
「怖い」
「うん」
「君が死ぬのが」
「うん」
「誰かに取られるのが」
「うん」
「怖い」
「私も」
セシリア。
言う。
「あなたが死ぬのが怖い」
レオン。
「……」
「だから」
セシリア。
一歩。
目の前。
「一人で決めないで」
「……」
「死ぬとか」
「……」
「殺すとか」
「……」
「全部」
手。
差し出す。
「二人で決める」
レオン。
その手。
見る。
《呪い進行率 89%》
下がる。
レオン。
ゆっくり。
手。
伸ばす。
指。
触れる。
瞬間。
黒い影。
爆発するように。
広がった。
「セシリア!」
ルーク。
叫ぶ。
でも。
セシリア。
手。
離さない。
「レオン!」
光。
黒。
白。
入り混じる。
そして。
◇
景色。
変わる。
王宮。
でも。
違う。
大人のレオン。
玉座。
セシリア。
王妃。
エリア。
走る。
笑う。
その奥。
バルディス。
若い。
そして。
もう一人。
知らない男。
黒い髪。
顔。
見えない。
手。
レオンの肩。
何か。
刻む。
黒い印。
「……誰?」
景色。
揺れる。
男が。
振り返る。
顔。
見える。
セシリア。
息。
止まる。
知らない。
でも。
どこか。
見たことがある。
灰色の瞳。
ルークに。
似ている。
「……ルーク?」
違う。
年上。
男。
笑う。
そして。
声。
《星喰いは呪いではない》
《契約だ》
景色。
砕ける。
◇
「……!」
セシリア。
玉座の間。
戻る。
床。
座り込んでいる。
レオン。
腕の中。
眠っている。
瞳。
青。
黒い影。
消えた。
《呪い進行率 41%》
「……下がった」
ルーク。
近づく。
「何が見えた?」
セシリア。
顔。
上げる。
「人」
「誰?」
「知らない」
「特徴は?」
セシリア。
ルークを見る。
言うか。
一瞬。
迷う。
「灰色の目」
ルークの。
表情。
固まる。
「あなたと」
「……」
「同じ目だった」
ルーク。
声。
出ない。
「誰?」
セシリア。
聞く。
「知ってるでしょう?」
ルーク。
唇。
震える。
「……父さん」
「え?」
「たぶん」
顔。
青い。
「僕の父だ」
「あなたのお父さんが」
「……」
「レオンに何かした?」
ルーク。
首。
振る。
「そんな」
その瞬間。
視界。
新しい文字。
《死亡予定更新》
セシリア。
見る。
《次回死亡予定》
《12日後》
初めて。
伸びた。
《死因――不明》
そして。
もう一つ。
《星喰い》
《契約者――不明》
「契約者……」
呪い。
ではない。
契約。
なら。
誰かが。
意図的に。
作った?
レオン。
弱い声。
「……セシリア」
「レオン!」
目。
開く。
青。
「僕」
「大丈夫」
「何か」
「もういい」
セシリア。
手。
握る。
「今は休んで」
レオン。
その手。
握り返す。
「行かない?」
胸。
痛む。
バルディス。
離れろと言った。
近づけば。
呪い。
強まる。
でも。
今。
自分が来たことで。
下がった。
なら。
答えは。
まだ。
決まっていない。
「行かない」
セシリア。
言う。
「少なくとも」
少し笑う。
「勝手には」
レオン。
目。
閉じる。
安心したように。
眠る。
◇
その頃。
旧礼拝堂。
バルディス。
一人。
祭壇。
前。
立っていた。
外。
聖騎士。
撤退。
リナと弟。
公爵家。
保護。
老人。
手。
震える。
「……下がった」
小さく。
呟く。
目の前。
古い水晶。
数字。
《41%》
「ありえない」
七回。
一度も。
こんなこと。
なかった。
セシリアが。
レオンへ近づけば。
必ず。
呪いは。
増えた。
なのに。
今回は。
下がった。
「何が違う……」
そのとき。
礼拝堂の奥。
暗闇。
声。
「ようやく」
バルディス。
振り向く。
誰も。
見えない。
「誰だ」
声。
笑う。
「八回目にして」
ゆっくり。
人影。
現れる。
黒い外套。
灰色の瞳。
「正しい道へ入った」
バルディス。
顔。
青ざめる。
「……あなたは」
男。
笑う。
「久しぶりだな」
「そんな」
「七回」
一歩。
「よく頑張った」
バルディス。
震える。
「死んだはず……」
男。
笑み。
深くなる。
「死んだ?」
首。
傾げる。
「誰が?」
そして。
手。
胸。
当てる。
そこには。
黒い星形の印。
「契約を作った者が」
低い声。
「契約に殺されると思うか?」
バルディス。
一歩。
後ずさる。
「あなたが」
「……」
「星喰いを」
男。
答えない。
ただ。
楽しそうに。
笑う。
「レオンとセシリアを」
「……」
「今度こそ離せ」
「なぜ」
「二人が完全に結ばれれば」
「……」
「今度は」
灰色の瞳。
冷たく光る。
「世界が巻き戻らない」
バルディス。
息。
止まる。
「そして」
男。
静かに。
「私が負ける」
◇
王宮。
眠るレオン。
その隣。
セシリア。
そして。
窓辺。
ルーク。
彼は。
何も言わず。
自分の手を見ていた。
震えている。
父。
死んだはずの父。
最初の世界。
星喰い。
契約。
エリア。
全部。
つながっている。
「ルーク」
セシリア。
呼ぶ。
「何?」
「次は」
真っ直ぐ。
見る。
「全部話して」
ルーク。
苦笑。
「全部って」
「あなたの父親のこと」
「……」
「エリアのこと」
「……」
「最初の世界のこと」
「……」
「もう隠し事はなし」
ルーク。
しばらく。
黙る。
そして。
小さく。
頷いた。
「分かった」
セシリア。
レオンの手。
握ったまま。
窓。
外。
見る。
十二日。
また。
時間を。
手に入れた。
でも。
今度は。
分かる。
戦っている相手は。
ただの暗殺者じゃない。
未来でも。
呪いでもない。
誰かが。
意図的に。
この運命を。
作っている。
「見つける」
小さく。
呟く。
「絶対に」
レオンも。
自分も。
リナも。
エリアも。
七回の人生で。
失ったもの。
全部の。
始まりを。
「星喰いを作った人間を」
そして。
終わらせる。
今度こそ。
誰も。
殺さずに。
そのとき。
レオンの頭上。
赤い文字。
静かに。
変わった。
《死亡まで、あと11日23時間59分》
さらに。
その下。
今までなかった。
新しい文字。
《運命分岐開始》
《生存可能性――》
セシリア。
息。
止める。
文字。
ゆっくり。
浮かぶ。
《あり》
「……」
初めて。
だった。
七回。
何をしても。
死ぬ未来しかなかった。
でも。
八回目。
初めて。
未来が。
彼らに。
言った。
生きられる。
可能性がある。
セシリアは。
眠るレオンの手を。
少しだけ。
強く握った。
「絶対に」
今度は。
涙ではなく。
笑った。
「生きるから」
――第8話・完――




