第6話 最後の24時間。
《死亡まで、あと23時間58分》
《死因――刺殺》
《実行者――レオン・アストレア》
《被害者――レオン・アストレア》
《原因――セシリア・アルフォード》
そして。
青い本に浮かんだ文字。
《レオンが死ねば》
《九回目はない》
セシリアは。
しばらく。
何も言えなかった。
「セシリア?」
ルークが顔を覗き込む。
「何が見えた?」
答えようとして。
声が出なかった。
喉が。
ひどく乾いている。
「……レオンが」
「うん」
「自分を殺す」
ルークの顔から。
表情が消えた。
「何て?」
「レオンが自分を刺すって出てる」
「……」
「しかも」
セシリアは。
拳を握る。
「原因は私」
ルークが目を伏せた。
「そうか」
「そうか、じゃない!」
思わず。
声を荒らげる。
「どういうことなの!」
地下書庫に。
セシリアの声が響く。
「私が何をしても、全部私に戻ってくる!」
矢を防いだ。
毒を防いだ。
短剣も遠ざけた。
それでも。
今度は。
レオン自身が。
自分を殺す。
「私がいるから?」
セシリアの声が震える。
「私が生きてるから、レオンが死ぬの?」
「違う」
ルークが。
強く言った。
「じゃあ何!」
「……まだ分からない」
「七回も見てきたのに?」
「七回見たからこそ分からないんだ」
セシリアは。
息を止めた。
ルークが。
青い本を見る。
「今まで」
低い声。
「レオンが自分で死のうとしたことは、一度もない」
「……初めて?」
「ああ」
「じゃあ」
セシリアは。
本を見つめる。
《ここから先は》
《七回目の私も知らない》
「本当に」
呟く。
「今までとは違う未来に入った……」
ルークが。
静かに頷いた。
「たぶん」
◇
王宮。
セシリアは。
走った。
ルークも。
後ろからついてくる。
「止まって!」
「止まれない!」
「王宮の廊下を走るなって意味!」
「今それどころじゃない!」
《死亡まで、あと23時間31分》
一秒でも。
レオンのそばにいたかった。
いや。
監視したかった。
刃物を持たせない。
一人にしない。
眠っている間も。
絶対に。
それだけで。
防げる。
そう思った。
◇
レオンの部屋。
扉の前。
衛兵。
「セシリア・アルフォードです」
「殿下は現在――」
「通して!」
「ですが」
「命に関わるの!」
衛兵が困惑する。
そのとき。
中から。
「通して」
レオンの声。
扉が開く。
ベッド。
レオンは。
まだ横になっていた。
顔色は。
前より良くなっている。
「セシリア」
笑う。
「また来たんですね」
その頭上。
《死亡まで、あと23時間28分》
「……殿下」
「はい?」
「手を見せて」
「え?」
「両手」
レオンが。
訳が分からないまま。
両手を出す。
何も持っていない。
「次」
「次?」
「ベッドの下」
「……何を探してるんですか?」
セシリアは。
しゃがみ込む。
ない。
「机」
引き出し。
開ける。
「セシリア?」
ペーパーナイフ。
ある。
セシリアは。
掴んだ。
「没収します」
「何で?」
「危ないから」
「紙を切るだけです」
「ダメです」
「じゃあ机の上の果物用ナイフは?」
セシリアが。
振り向く。
あった。
「それも」
取る。
「待ってください」
レオンが。
起き上がる。
「さすがにおかしい」
「おかしくていいです」
「よくないです」
「死ぬよりマシです」
レオンが。
止まる。
「また見えたんですね」
セシリアは。
答えない。
「今度は何です?」
「……」
「言ってください」
「嫌です」
「どうして?」
「聞いたら」
声が。
震えた。
「聞いたら、その未来を選ぶかもしれないから」
レオンが。
少し驚いた顔をする。
「私が?」
「そうです」
「自分から?」
「……はい」
沈黙。
しばらく。
レオンは。
何も言わなかった。
「私は」
やがて。
静かに言った。
「死にたくありません」
セシリアが。
顔を上げる。
「だから」
レオンが。
少し笑う。
「自分から死ぬことなんてしません」
その言葉。
信じたい。
でも。
未来は。
《実行者――レオン・アストレア》
確かに。
そう表示している。
◇
「今日から」
セシリアは。
言った。
「私がここにいます」
「え?」
「一日だけ」
「ここに?」
「はい」
「ずっと?」
「ずっとです」
レオンが。
少し赤くなる。
「それは……」
十三歳。
当然。
男女。
しかも。
まだ婚約すらしていない。
「変な意味じゃありません!」
セシリアも。
気づいて。
顔が熱くなる。
「死なないように見るだけです!」
「分かってます」
「今笑いました?」
「少し」
「殿下」
「冗談です」
そのやり取りを。
部屋の外で聞いていたルークが。
小さく。
ため息をついた。
◇
夜。
レオンの部屋には。
刃物らしい刃物を。
全部なくした。
剣。
短剣。
ペーパーナイフ。
食器。
針。
ハサミ。
燭台すら。
念のため。
レオンが呆れていた。
「ここまでします?」
「します」
「私を何だと思ってるんです?」
「二十四時間以内に自分を刺す人」
「……言いましたね」
「もう隠しても意味ないので」
レオンが。
苦笑する。
「でも」
少し。
真剣になる。
「原因は?」
セシリアの手が。
止まる。
「見えてるんでしょう?」
「……」
「私が自分を刺す理由」
言いたくない。
《原因――セシリア・アルフォード》
でも。
嘘も。
嫌だった。
「私です」
小さく言った。
レオンが。
瞬きをする。
「あなた?」
「そう表示されています」
「あなたが私に自殺しろって命令するんですか?」
「しません!」
「なら」
レオンは。
微笑む。
「大丈夫じゃないですか」
簡単に。
言う。
セシリアの胸が。
苦しくなる。
「殿下は」
「はい」
「私を信用しすぎです」
「そうですか?」
「そうです」
一度目の人生では。
信じてもらえなかった。
なのに。
今は。
信じられすぎて。
怖い。
「もし」
セシリアが言う。
「私が本当に、あなたを殺す人間だったら?」
レオンは。
少し考えた。
「そのときは」
「……」
「理由を聞きます」
セシリアは。
言葉を失った。
「殺されるのに?」
「あなたが理由もなく人を殺すとは思えません」
その言葉。
胸に。
深く。
刺さった。
七回目まで。
自分は。
レオンを殺したことがある。
でも。
理由が。
あった?
「殿下」
「はい」
「私が」
声が。
少し震える。
「あなたを殺すしかない状況になったら」
レオンの。
青い瞳。
真っ直ぐ。
「そのとき」
セシリアは。
続ける。
「どうしますか?」
レオンは。
すぐには答えなかった。
そして。
静かに。
「あなたが泣くなら」
「……」
「殺されません」
「え?」
「逃げます」
セシリアが。
思わず。
笑う。
「何ですかそれ」
「死にたくないので」
「王子らしくない」
「王子でも死ぬのは嫌です」
当たり前。
なのに。
少し。
安心した。
◇
深夜。
レオンは眠っていた。
セシリアは。
椅子に座って。
ずっと。
見ていた。
《死亡まで、あと14時間12分》
まだ。
時間はある。
ルークは。
窓際に寄りかかっている。
「寝れば?」
小声。
「嫌」
「倒れるよ」
「寝てる間に何かあったら?」
「僕が見る」
「信用できない」
ルークが。
少し笑う。
「青い本のせい?」
「最初にレオンを殺した」
セシリアは。
ルークを見る。
「それは本当なんでしょう?」
「本当」
「どうして」
「言ったら」
ルークの目が。
少し暗くなる。
「君はまた、同じ選択をする」
「何それ」
「今は知らない方がいい」
「未来は知ったら変わるから?」
「それもある」
「じゃあ」
セシリアは。
質問を変える。
「エリアは」
ルークの顔が。
わずかに止まる。
「どんな子だった?」
長い。
沈黙。
ルークが。
窓の外を見る。
「よく笑う子だった」
「……」
「怒ると君にそっくり」
「失礼ね」
「食べ物の好き嫌いはレオンにそっくり」
「殿下、好き嫌い多いの?」
「かなり」
「知らなかった」
「トマト嫌い」
セシリアは。
少し笑った。
その瞬間。
胸の奥。
知らない記憶。
小さな少女。
皿のトマトを。
端に寄せている。
《お父様と同じだからいいの》
「……エリア」
涙。
また。
出そうになる。
ルークが。
静かに言う。
「僕は」
「何?」
「エリアを助けたかった」
灰色の目。
「でも」
「……」
「助けられなかった」
その声。
初めて。
ルークが。
十六歳の少年に見えた。
未来を知る謎の男ではなく。
好きな人を。
失った。
ただの少年。
「だから繰り返してるの?」
セシリアが聞く。
ルークは。
答えない。
その代わり。
「君も」
言う。
「同じだから」
「え?」
「七回」
「……」
「毎回」
ルークが。
セシリアを見る。
「君は最後に、レオンを選ぶ」
胸が。
大きく鳴った。
「どういう意味?」
「そのうち分かる」
「またそれ」
「今は」
ルークが。
ベッドのレオンを見る。
「朝まで生かすことだけ考えよう」
◇
午前四時。
セシリアの意識が。
ほんの少し。
落ちた。
一瞬。
本当に。
一瞬だった。
カタン。
音。
目を開ける。
「殿下?」
ベッド。
空。
「……レオン?」
椅子を蹴るように立つ。
ルークも。
起きる。
「いない」
「どこに?」
窓。
開いている。
夜風。
カーテンが揺れる。
《死亡まで、あと9時間03分》
まだ。
生きている。
「外!」
二人。
走る。
◇
王宮。
中庭。
月明かり。
レオンが。
一人。
立っていた。
「殿下!」
セシリアが。
走る。
レオン。
振り向かない。
「レオン!」
近づく。
そこで。
足が止まった。
レオンの手。
何か。
持っている。
短剣。
「……嘘」
全部。
部屋から撤去した。
なのに。
どこから?
「殿下」
反応しない。
ゆっくり。
短剣を。
自分の胸へ。
「やめて!」
セシリアが。
腕を掴む。
力。
強い。
十三歳とは思えない。
「レオン!」
顔。
見る。
瞳。
青くない。
赤い。
最初の世界。
記憶の中。
黒い光を纏った。
王になったレオン。
同じ。
「ルーク!」
ルークが。
凍ったように。
立っている。
「これ」
小さく。
「最初の世界と同じだ」
「何!?」
「早すぎる」
「何が!」
「呪いが」
レオンの身体。
黒い影。
腕。
首。
血管のように。
広がっていく。
「レオン!」
セシリアが。
必死に。
短剣を押さえる。
レオンの口が。
動いた。
「……セシリア」
「殿下?」
声。
違う。
レオンの声。
でも。
どこか。
重なっている。
「殺して」
セシリアの。
身体が。
止まった。
記憶。
最初の世界。
大人のレオン。
《殺して》
同じ言葉。
「嫌」
「殺して」
「嫌!」
レオンの手。
短剣。
自分の胸へ。
「俺が」
声が震える。
「俺じゃなくなる前に」
「何を言ってるの!」
「セシリア」
涙。
レオンの目から。
落ちる。
赤い瞳のまま。
「お願い」
セシリアは。
必死に。
首を振る。
「絶対に嫌!」
「僕が」
声。
十三歳のレオンに戻る。
「君を殺す前に」
セシリアの。
息が止まった。
「……私を?」
次の瞬間。
レオンの腕が。
突然。
向きを変える。
短剣。
自分ではなく。
セシリアへ。
ルークが。
叫ぶ。
「離れろ!」
刃。
セシリアの胸。
寸前。
レオンが。
自分の腕を。
もう片方の手で。
止めた。
「逃げて!」
レオン自身が。
叫ぶ。
「早く!」
セシリアは。
逃げなかった。
「嫌!」
「セシリア!」
「置いていかない!」
両手で。
レオンの顔を掴む。
「私を見て!」
赤い瞳。
「レオン!」
その名を。
叫ぶ。
「あなたはレオン・アストレア!」
黒い影。
蠢く。
「私を信じるって言ったでしょう!」
レオンの。
手が震える。
「だったら!」
涙。
セシリア。
叫ぶ。
「私もあなたを信じる!」
赤い目が。
少し。
揺れる。
「戻ってきて!」
一秒。
二秒。
三秒。
短剣。
手から。
落ちた。
カラン。
レオンの身体が。
崩れる。
セシリアが。
抱き止める。
「レオン!」
「……セシリア」
瞳。
青。
戻っている。
「よかった……」
セシリアが。
泣く。
でも。
頭上。
《死亡まで、あと8時間41分》
消えていない。
《死因――刺殺》
実行者。
変わる。
《実行者――》
文字。
滲む。
そして。
《セシリア・アルフォード》
「……」
また。
自分。
ルークが。
落ちた短剣を拾う。
その瞬間。
顔色が変わった。
「セシリア」
「何?」
「これ」
短剣の柄。
紋章。
アルフォード公爵家。
「私の……」
リナに預けたはず。
「どうして?」
セシリアの。
血の気が引く。
「リナ」
◇
屋敷。
戻ったとき。
玄関。
異様に静かだった。
「リナ!」
返事。
ない。
「リナ!」
部屋。
空。
弟。
いない。
父。
廊下から。
走ってくる。
「セシリア!」
「お父様!」
父の顔。
青ざめている。
「リナがいない」
「いつから?」
「一時間前」
「弟は?」
「一緒に消えた」
セシリアの。
胸。
冷たくなる。
「それから」
父が。
一通の封筒を差し出す。
「これが」
リナの部屋に。
置かれていたらしい。
セシリア。
開く。
短い。
一行。
《セシリア様、ごめんなさい》
それだけ。
「違う」
セシリアは。
首を振る。
「リナじゃない」
だって。
短剣。
レオンのところに。
届いていた。
リナが。
持っていたもの。
でも。
脅されて。
何かをした可能性。
「探さないと」
その瞬間。
赤い文字。
《死亡まで、あと7時間59分》
そして。
今までなかった表示。
《レオン・アストレア死亡条件》
セシリアは。
目を見開く。
《セシリア・アルフォードの死》
「……え?」
意味を。
理解する前に。
次。
《セシリアが死亡した場合》
《レオンの呪いは完成する》
その下。
《レオンが死亡した場合》
《世界は巻き戻らない》
そして。
最後。
《残された選択》
文字。
一つ。
《セシリアがレオンを殺す》
セシリアの。
身体が。
震えた。
「また……」
最初から。
決められている。
レオンを。
助けるために。
最後には。
自分が。
レオンを殺す。
だから。
七回。
同じ結末になった?
そのとき。
ルークが。
後ろから。
低く言った。
「思い出した」
「何を?」
ルークは。
青ざめていた。
「なぜ君が」
セシリアを見る。
「毎回、最後にレオンを殺すのか」
セシリアは。
息を止める。
「言って」
ルークが。
拳を握る。
「レオンを殺さなければ」
一拍。
「君が殺される」
「……」
「そして君が死ねば」
ルークの声が。
震えた。
「レオンは人間じゃなくなる」
セシリアの。
頭に。
最初の世界。
赤い瞳。
黒い光。
燃える王国。
そして。
死んだ。
娘。
エリア。
「……まさか」
ルークが。
静かに。
頷く。
「最初の世界で」
「……」
「王国を滅ぼしたのは」
彼は。
目を閉じた。
そして。
言った。
「レオンだ」
――第6話・完――




