第3話 未来は、嘘をつく。
《死亡まで、あと2日23時間58分》
《死因――毒殺》
《実行者――リナ》
赤い文字が。
目の前から消えない。
セシリアは、紅茶の入ったティーポットを持つ少女を見つめていた。
リナ。
幼い頃から。
ずっと自分のそばにいた侍女。
一度目の人生では。
裁判で自分を裏切った女。
そして。
三日後。
レオンを毒殺する女。
――本当に?
「セシリア様?」
リナが首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「……その紅茶」
「はい?」
「誰が淹れたの?」
リナが少し驚いた顔をした。
「私ですが」
「あなたが?」
「はい。いつもの茶葉です」
セシリアは。
ティーポットを見る。
銀色の蓋。
白い湯気。
ほんのり甘い香り。
昔から。
何百回も飲んだ紅茶。
「飲まないで」
父が言った。
「え?」
セシリアが振り向く。
エドワード公爵は。
先ほどまでより険しい顔をしていた。
「今、王太子殿下が襲われた話をしていたところだ」
リナの表情が変わる。
「殿下が?」
「ああ」
「ご無事なのですか?」
「幸いな」
リナは胸に手を当てた。
「よかった……」
その反応は。
自然だった。
少なくとも。
セシリアには。
演技には見えない。
「セシリア」
父が言う。
「今後しばらく、王宮との行き来は控えた方がいい」
その言葉に。
セシリアの胸がざわつく。
控える。
それが。
一番安全なはず。
一度目の人生なら。
きっとそうした。
けれど。
今は。
《死亡まで、あと2日23時間57分》
時間がない。
もし。
本当に三日後。
レオンが殺されるなら。
離れているわけにはいかない。
「お父様」
「何だ?」
「私、王宮へ行きたいです」
部屋の空気が止まった。
「今、何と言った?」
「王宮へ行きたいです」
「昨日まであれほど嫌がっていたではないか」
「……気が変わりました」
父は。
じっと娘を見る。
「何があった?」
セシリアは答えられない。
未来が見える。
三日後、王太子が毒殺される。
犯人は、自分の侍女。
そんなこと。
言えるわけがない。
「殿下が襲われたと聞いて……心配になっただけです」
自分でも。
苦しい言い訳だと思った。
父はしばらく黙っていた。
「王宮が安全とは限らない」
「分かっています」
「お前まで巻き込まれたら」
「それでも」
セシリアは。
父を見る。
「行かなければならない気がするのです」
それだけ。
父は。
大きく息を吐いた。
「……分かった」
「お父様」
「ただし、護衛をつける」
「ありがとうございます」
そのとき。
横にいたリナが。
小さく笑った。
「では、私もご一緒します」
セシリアの身体が固まった。
「……あなたも?」
「もちろんです」
当然。
専属侍女なのだから。
一緒に来る。
それが普通だ。
でも。
《実行者――リナ》
頭の中に。
赤い文字が浮かぶ。
「いいえ」
セシリアは言った。
リナが。
驚いた顔をした。
「今日は来なくていい」
「ですが」
「休んで」
「私は元気です」
「そういう意味じゃないの」
声が。
強くなった。
リナの顔が曇る。
「……何か、私がしましたか?」
胸が痛んだ。
十三歳の。
まだ何もしていないリナ。
疑う理由なんて。
彼女には分からない。
でも。
未来には。
名前が出ている。
「今日は」
セシリアは。
目を逸らした。
「一人で行きたいの」
◇
王宮へ向かう馬車の中。
セシリアは。
何度も自分に問いかけていた。
本当に。
リナがレオンを殺す?
どうやって?
なぜ?
理由がない。
一度目の人生でも。
リナがレオンを憎んでいた様子はなかった。
むしろ。
王太子妃になるセシリアを。
いつも応援してくれていた。
少なくとも。
表面上は。
「……表面上」
セシリアは呟く。
そうだ。
一度目の人生。
リナは自分を裏切った。
だったら。
知らない顔があっても不思議ではない。
それでも。
違和感が消えない。
《実行者――リナ》
あまりにも。
簡単すぎる。
未来が。
犯人の名前まで教える?
もしそうなら。
もう。
リナを捕まえてしまえばいい。
でも。
証拠がない。
三日後に王子を毒殺する予定です。
などと言ったところで。
誰が信じる?
むしろ。
十三歳の少女が。
何を言っているのかと思われるだけ。
そして。
もし。
未来の表示が。
間違っていたら?
セシリアは。
馬車の窓の外を見る。
「未来は……絶対なの?」
自分は。
十年後の処刑を知っている。
しかし。
すでに。
一つ変わっている。
昨日。
レオンは。
矢で死ぬはずだった。
セシリアが止めた。
死ななかった。
つまり。
未来は。
変わる。
なら。
表示される未来は。
“確定した未来”ではない。
ただ。
今のまま進んだ場合の未来。
そう考えるべきだ。
「だったら……」
リナが犯人になる未来も。
変えられるかもしれない。
いや。
そもそも。
リナ自身が。
自分の意思で毒を入れるとは限らない。
誰かに。
利用される可能性もある。
◇
王宮。
昨日とは。
雰囲気が違っていた。
至るところに兵士がいる。
廊下。
庭。
入口。
昨日の襲撃。
当然。
警戒は厳しくなっている。
「セシリア嬢?」
声。
振り向く。
レオン。
頭上。
《死亡まで、あと2日22時間11分》
まだ。
消えていない。
「殿下」
「どうしてここへ?」
「昨日のことを聞いて」
「心配してくれたんですか?」
レオンが少し笑う。
「……まあ」
本当は。
死なれると困るだけ。
そう言おうとした。
でも。
口から出なかった。
「ありがとうございます」
「無事でよかったです」
これは。
本心だった。
レオンが。
少し驚いた顔をする。
「昨日は、私のことを嫌っているように見えたので」
「嫌いです」
「そこは否定してくれないんですね」
「……」
レオンが笑う。
十三歳。
まだ。
屈託のない笑顔。
一度目の人生。
この笑顔を。
何度見ただろう。
そして。
最後には。
この顔が。
冷たい表情に変わった。
「殿下」
「はい?」
「三日後」
セシリアは言う。
「何か予定はありますか?」
「三日後?」
レオンが考える。
「午前中は剣術の稽古。その後、昼食会があります」
「誰と?」
「父上と母上。それと……何人かの貴族です」
「食事はどこで?」
「王宮の東棟です」
毒。
食事。
当然。
食事の場が怪しい。
「料理は誰が作ります?」
「……セシリア嬢」
「はい」
「質問が多くないですか?」
しまった。
レオンが。
じっとこちらを見る。
「昨日もそうでした」
「……」
「中庭へ行くなと言った」
「それは」
「そのあと、本当に襲撃があった」
レオンの表情が。
少し真剣になる。
「あなたは何を知っているんですか?」
来た。
当然。
聞かれる。
「何も知りません」
「本当に?」
「はい」
「では、どうして中庭へ行くなと?」
「……勘です」
「勘?」
「女の勘です」
「十三歳で?」
「年齢は関係ありません」
レオンは。
困ったように笑った。
「では」
一歩近づく。
「その勘では、三日後に何が起こるんです?」
セシリアは。
答えられない。
《死亡まで、あと2日22時間07分》
数字が。
減っている。
「……殿下」
「はい」
「三日後の昼食」
セシリアは。
レオンを見る。
「口に入れるもの全部、気をつけてください」
レオンの笑顔が消えた。
「毒?」
セシリアは黙る。
「そういうことですか?」
「……」
「なぜ知っている?」
「言えません」
「セシリア嬢」
「でも」
セシリアは。
強く言った。
「絶対に気をつけてください」
レオンは。
しばらく黙った。
そして。
「分かりました」
「信じるんですか?」
自分で言っておきながら。
驚いた。
「昨日」
レオンが答える。
「あなたの言うことを聞かなかったら、死んでいたかもしれません」
「……」
「なら、今回も信じます」
その言葉に。
胸が。
少しだけ痛んだ。
一度目の人生。
自分が。
何度言っても。
信じてくれなかった男。
今は。
自分を信じると言う。
「殿下」
「はい」
「どうして」
言いかけて。
止めた。
今のレオンに。
未来のレオンの責任はない。
「何でもありません」
◇
帰宅。
部屋へ入ると。
リナはいなかった。
珍しい。
いつもなら。
帰りを待っている。
「リナ?」
返事なし。
廊下を歩く。
使用人部屋。
厨房。
いない。
「どこへ……」
そのとき。
庭の方から。
声が聞こえた。
リナ。
誰かと話している。
セシリアは。
思わず足を止めた。
庭の奥。
生垣の向こう。
「……分かっています」
リナの声。
男の声。
低い。
聞き覚えはない。
「三日後だ」
男が言う。
セシリアの心臓が。
跳ねた。
三日後。
「失敗するな」
「でも……」
リナの声が震える。
「私は」
「今さら怖気づいたのか?」
「そういうわけでは」
「お前の弟がどうなってもいいのか?」
弟。
セシリアは。
息を止めた。
リナには。
弟がいる。
確か。
病弱で。
田舎にいる。
「それは……」
「なら、言われた通りにしろ」
「……はい」
男の足音。
遠ざかる。
セシリアは。
物陰に隠れた。
黒い外套を着た男。
顔は。
見えなかった。
門の方へ消えていく。
残されたリナ。
俯いている。
肩が震えている。
セシリアは。
ゆっくり近づいた。
「リナ」
少女が。
びくっと身体を跳ねさせた。
「セ、セシリア様」
顔。
青ざめている。
「今の人は誰?」
「……」
「答えて」
リナの目が泳ぐ。
「誰でもありません」
「嘘」
「……」
「三日後」
セシリアは。
一歩近づいた。
「何をするの?」
リナの顔から。
血の気が引いた。
「な、何のことでしょう」
「弟がどうなってもいいのかって言われてた」
リナの目が見開かれる。
「聞いて……」
「全部じゃない」
セシリアは。
真っ直ぐ見る。
「でも十分よ」
沈黙。
リナの唇が震える。
「ごめんなさい」
小さな声。
セシリアの胸が。
締めつけられる。
「何をするの?」
「……言えません」
「私にも?」
リナが。
泣きそうな顔をした。
「言ったら」
「何?」
「弟が殺されます」
やっぱり。
リナは。
自分の意思でやるわけじゃない。
誰かに。
脅されている。
「王太子殿下に毒を入れるの?」
リナが。
息を呑んだ。
その反応だけで。
答えだった。
「どうして……」
リナが震える。
「どうしてそれを」
セシリアは。
答えない。
「毒はどこ?」
「……」
「リナ」
「……持っています」
「見せて」
リナは。
しばらく迷った。
そして。
エプロンの内側。
小さな布袋を取り出した。
黒い瓶。
セシリアは。
受け取る。
「三日後」
「はい」
「王宮の昼食会へ?」
リナが頷く。
「私が給仕の手伝いに入るように手配されているんです」
「誰に?」
「分かりません」
「今の男は?」
「名前は知らないんです」
「何者?」
「三か月前」
リナが話し始める。
「弟の薬代が払えなくなって」
セシリアは。
知らなかった。
一度目の人生でも。
そんな話。
聞いたことがない。
「ある人が助けてくれました」
「その男?」
「違います」
「じゃあ誰?」
「顔を見ていません」
リナは。
涙を拭う。
「薬代を全部払ってくれて。最初は、親切な人だと思っていました」
「でも」
「一か月前から」
声が震える。
「言うことを聞かないなら、弟を殺すって」
セシリアは。
拳を握った。
「どうして私に言わなかったの」
「言えません」
「どうして!」
「セシリア様まで巻き込みたくなかった!」
その言葉。
胸に刺さる。
一度目の人生。
リナは。
自分を裏切った。
それも。
同じ理由?
脅されて?
「……裁判」
思わず。
口から出た。
「え?」
「何でもない」
まだ。
分からない。
でも。
可能性が。
生まれた。
一度目の人生で。
リナが偽証したのも。
誰かに脅されていたのなら。
自分が。
見ていたものは。
全部。
違っていた?
◇
セシリアは。
黒い瓶を机の上に置いた。
「これは私が預かる」
「でも」
「いいから」
「弟が」
「助ける」
リナが顔を上げる。
「え?」
「あなたの弟も助ける」
「でも」
「誰がやっているのか突き止める」
「危険です!」
「もう巻き込まれてる」
セシリアは。
笑った。
「私も」
自分を処刑へ追い込んだ誰か。
レオンを殺そうとしている誰か。
リナを脅している誰か。
全部。
同じ人物かもしれない。
「リナ」
「はい」
「一つだけ聞くわ」
セシリアは。
彼女を見る。
「私を裏切る?」
リナが。
困惑する。
「え?」
「もし」
言葉を選ぶ。
「誰かに、私を裏切れって言われたら」
リナは。
首を振った。
「絶対に嫌です」
「弟を殺すと言われても?」
リナの表情が。
固まった。
答えられない。
当然。
家族。
主人。
どちらを選ぶか。
そんなこと。
十三歳の少女に。
簡単に選ばせていいわけがない。
「ごめん」
セシリアは言った。
「意地悪な質問だった」
リナが。
泣いた。
「私……」
「もういい」
セシリアは。
彼女を抱きしめた。
小さな身体。
震えている。
「今度は」
思わず呟く。
「今度は、私が助けるから」
一度目の人生では。
何も知らなかった。
誰も。
救えなかった。
自分も。
レオンも。
リナも。
だったら。
今度は。
全部。
変える。
◇
その夜。
セシリアは。
黒い瓶を見つめていた。
毒。
これさえ。
消せば。
レオンは死なない。
簡単。
そう思った。
でも。
昨日。
矢を防いだ。
すると。
死因が毒殺に変わった。
なら。
毒を防いだら?
次は。
別の死因になる?
ずっと?
何度救っても。
別の方法で殺される?
「……何で」
《死亡まで、あと2日9時間15分》
数字は。
まだ減っている。
セシリアの目の前。
赤い文字。
突然。
揺れた。
「え?」
文字が。
変わる。
《死因――毒殺》
そのまま。
しかし。
実行者。
《実行者――リナ》
文字が。
滲む。
消える。
新しい文字。
《実行者――セシリア・アルフォード》
セシリアは。
息を止めた。
「……私?」
もう一度。
変わった。
なぜ。
リナから。
自分へ?
机の上。
黒い瓶。
今。
毒を持っているのは。
セシリア。
未来が。
変わった?
自分が。
リナから毒を奪ったことで。
今度は。
自分が。
レオンを毒殺する未来になった?
「そんな……」
ありえない。
自分は。
絶対に。
毒を使わない。
その瞬間。
背後。
窓。
カタン。
音。
セシリアが振り向く。
窓が。
少し開いている。
風?
いや。
さっき。
閉めた。
「誰?」
返事なし。
カーテンが揺れる。
そのとき。
机の上。
黒い瓶。
ない。
「……え?」
セシリアは。
立ち上がった。
消えている。
「嘘」
探す。
床。
机の下。
ない。
誰かが。
入った?
その瞬間。
廊下から。
リナの悲鳴。
「セシリア様!」
扉が開く。
リナ。
顔面蒼白。
「どうしたの?」
「今」
息を切らしている。
「王宮から使者が」
嫌な予感。
「何?」
「王太子殿下が」
リナの声が震える。
「倒れたそうです」
セシリアの。
身体が冷たくなる。
「何で」
まだ。
三日後じゃない。
「何を食べたの?」
「それが」
リナは。
封書を差し出した。
王宮から。
そこに。
書かれていた。
《王太子レオン殿下、毒物摂取の疑い》
セシリアの視界に。
赤い文字。
《死亡まで、あと1時間59分》
「……二時間」
変わった。
三日後じゃない。
未来が。
また。
変わった。
《死因――毒殺》
《実行者――セシリア・アルフォード》
セシリアは。
震える手で。
封書を落とした。
「違う」
自分は。
何もしていない。
「私じゃない」
でも。
未来は。
自分の名前を。
指している。
そして。
その下。
今までなかった文字が。
浮かんだ。
《証拠――アルフォード公爵家の毒》
セシリアの。
呼吸が止まった。
一度目の人生。
同じだった。
自分の部屋から毒が見つかった。
商人が証言した。
侍女が証言した。
そして。
自分は。
誰にも信じてもらえなかった。
「……始まってる」
セシリアは。
呟いた。
まだ。
十年前なのに。
一度目の人生と。
同じ罠が。
もう。
始まっている。
「馬車を!」
セシリアは叫んだ。
「セシリア様?」
「王宮へ行く!」
「でも」
「急いで!」
レオンが。
あと二時間で。
死ぬ。
そして。
このままでは。
自分が。
殺人犯になる。
◇
王宮。
廊下を。
セシリアは走った。
「セシリア様!」
兵士が止める。
「通してください!」
「今は誰も」
「レオン殿下が死ぬ!」
兵士が。
顔色を変える。
「何を」
「あと二時間!」
その瞬間。
扉が開いた。
王宮医師。
顔が。
青い。
「殿下の容体が急変した!」
セシリアは。
医師の腕を掴む。
「何の毒ですか!」
「君は」
「何の毒!」
医師が。
答える。
「分からない」
「症状は?」
「高熱、痙攣、呼吸困難」
黒い瓶。
一度。
蓋を開けたとき。
甘い香り。
どこかで。
嗅いだことがある。
「……月影草」
セシリアが呟く。
医師が。
振り向く。
「何?」
「月影草の毒」
「なぜ知っている?」
「解毒剤は?」
医師が。
顔を曇らせる。
「ある」
「なら!」
「材料が一つない」
「何?」
「白銀花」
セシリアは。
凍った。
知っている。
アルフォード公爵家の。
温室。
父が。
亡き母のために育てている。
珍しい花。
白銀花。
「あります」
「何?」
「うちにあります!」
「本当か!」
「すぐ持ってきます!」
セシリアは。
走り出す。
《死亡まで、あと1時間34分》
間に合う。
絶対。
間に合わせる。
◇
一時間後。
白銀花。
解毒剤。
医師が。
レオンに飲ませる。
セシリアは。
部屋の外。
祈るしかなかった。
《死亡まで、あと18分》
減っていく。
「お願い」
《あと10分》
「死なないで」
《あと5分》
「レオン」
《あと1分》
セシリアの目から。
涙が出る。
「お願い……」
《あと10秒》
9。
8。
7。
6。
5。
4。
3。
2。
1。
数字。
ゼロ。
セシリアは。
目を閉じた。
その瞬間。
文字が。
砕けるように。
消えた。
「……え?」
新しい文字。
《死亡回避》
セシリアは。
その場に座り込んだ。
生きた。
扉。
開く。
医師。
「峠を越えた」
セシリアは。
泣いた。
声を出さず。
ただ。
泣いた。
よかった。
本当に。
よかった。
でも。
次の瞬間。
赤い文字が。
再び。
浮かんだ。
《次回死亡予定》
セシリアは。
顔を上げる。
《7日後》
また。
死ぬ。
助けても。
また。
死ぬ。
そして。
その下。
《死因――刺殺》
《実行者――不明》
セシリアは。
拳を握った。
分かった。
これは。
ただの未来じゃない。
誰かが。
レオンを。
本気で殺そうとしている。
何度失敗しても。
方法を変えて。
何度でも。
そして。
その誰かは。
自分を犯人に仕立てようとしている。
一度目の人生と。
同じように。
セシリアは。
眠るレオンを見た。
「今度は」
小さく呟く。
「絶対に負けない」
そのとき。
ベッドの上。
レオンが。
うっすら目を開いた。
「……セシリア?」
「殿下?」
弱い声。
「どうして……泣いてるんです?」
「泣いてません」
「泣いてます」
「気のせいです」
レオンが。
ほんの少し笑った。
「また……助けられたんですね」
セシリアは。
何も言えなかった。
「ありがとう」
その言葉に。
胸が痛む。
一度目の人生で。
自分を殺した男。
でも。
今は。
自分が。
この人を。
死なせたくないと思っている。
そして。
気づいてしまった。
最初。
レオンを助けようとしたのは。
自分が犯人になる未来を避けるためだった。
でも。
今は。
違う。
ただ。
この人に。
死んでほしくない。
それだけだった。
しかし。
セシリアは。
まだ知らない。
この日。
王宮の遠く離れた塔の上。
一人の人物が。
レオンの部屋を見下ろしていた。
「やはり」
その人物は。
小さく笑った。
「未来を変え始めたか」
手の中。
古びた懐中時計。
その蓋の裏側。
刻まれていた名前。
《セシリア・アルフォード》
「でも」
時計を閉じる。
「今度も同じだよ」
静かな声。
「君は最後に」
笑う。
「必ず、彼を殺す」
――第3話・完――




