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「生涯ひとつしか適合できない世界で、私だけ二十一個に適合した ~でも私は、一つも取らない~」  作者: うめこまち
第一部

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6/8

見立て②

 広場の隅に、母がいた。


 子の親は来なくてもいい日だ。来ていたのは三人だけで、そのうちの一人が母だった。


 判定が終わると、母はサキの腕を取って、他の家の者と話もせずに家へ帰った。歩くのが速かった。サキは何度か腕を引かれてつんのめった。


 家に入ると、母は戸を閉めて、心張りを掛けた。まだ日が高かった。


「なんで」


 母は答えなかった。竈に火を入れて、何も入っていない鍋を火にかけた。しばらくして自分でそれに気づいて、水を汲みに出た。


 その晩、母は一言も見立ての話をしなかった。


 見立てなしだったこと、ケイが長く手を見たこと、北から回れと言われたこと。何ひとつ聞かなかった。ミオの母が来て「サキちゃんは見立てなかったんだって?」と気の毒がったときも、母は「そうなんです」とだけ言った。


 子どもだったサキは、母は気を遣っているのだと思った。


         *


 適合師が村を発ったのは、三日後の朝だった。


 子どもたちが街道の入口まで見に行った。三年に一度しか来ない客だ。ミオが誘いに来たので、サキも行った。


 馬は一頭で、荷はケイの分と随員の分と、あの木箱だけだった。随員の若い男が箱を括りつけている。十七か十八くらいで、細く、動きに無駄がなかった。


 サキは木箱を見ていた。苔の中の三つの石。あれを触らせてもらえたら、と思った。触ったところで見立てが出るわけではないと言われたが、それでも。


 男が顔を上げて、サキを見た。


「見たいか」


 サキは慌てて首を振った。


 男は少し笑って、括り終えた縄を引いた。それから、誰にも聞こえないくらいの声で言った。


「見立てなしは、悪いことじゃない」


 サキは男を見た。


「悪いことじゃないんですか」


「悪いことにされているだけだ」


 男はそれ以上言わなかった。馬の腹帯を締め直して、鐙に足を掛けた。


 そのとき、サキは気づいた。


 男は、手袋をしたままだった。


 石を扱う者は、指先を切った手袋をする。判定のためだ。だがこの男の手袋には切れ目がなかった。ぴったりと、指の先まで革に包まれている。


 この三日、村にいた間じゅう、外しているところを一度も見なかった。


「あの」サキは言った。「手袋」


 男の動きが止まった。


 ほんの一瞬だった。それから男は馬にまたがって、サキの方を見ずに手綱を取った。


「気をつけて回れ」


 それだけだった。


 馬が動き出し、ケイがその後ろに続いた。ケイは村の誰にも挨拶をしなかった。街道の曲がりで、一度だけ振り返った。


 振り返った先にいたのが誰だったのか、サキにはわからなかった。子どもは十人以上いたし、大人も何人か立っていた。


 ただ、サキの隣にはミオしかいなかった。


         *


「気にすることないよ」


 帰り道、ミオが言った。


「見立てなんて、当たらないって父さんも言ってた。緑って言われて灰の石だった人もいるって」


「うん」


「それに、見立てがないってことは、どの色でもいけるってことかもしれないじゃん」


 サキは足を止めた。


 ミオは二、三歩先で振り返って、自分の言ったことの何がまずかったのかわからない顔をしていた。実際、まずいことは何もなかった。ミオは思いつきで、いちばん優しい方の可能性を言っただけだ。


「どの色でもいけるって、そんな人いないよ」


「そっか。そうだよね」


 ミオはあっさり引き下がって、また歩き出した。


 サキも歩いた。歩きながら、心臓が少し速くなっているのに気づいた。


 どの色でもいける。


 そんな人はいない。掟がそう言っている。適合する石は、生涯にひとつ。ひとつしか適合しないのだから、色もひとつに決まっている。だから見立てというものが成り立つ。


 どの色でもいける人がいるとしたら、見立ては成り立たない。


 そんな人はいない。


 サキは、その日のうちにその考えを忘れた。忘れたつもりでいた。


         *


 道の四日目、日が暮れかけていた。


 前方の山肌に、ロウゼの灯りが見え始めていた。山の腹に細かい光が斜めに並んでいる。あそこだけ星が落ちたようだった。


 サキは足を止めて、灯りを見た。


 北から回れと言われて、北から回った。三十七の露頭を潰して、四百七十二。素直なものだ。あの女の言うとおりに、たくさん触れた。


 たくさん触れて、二度、温んだ。


 ――なぜ北を勧めた。


 考えても答えは出ない。出ないまま、別のことが浮かんだ。今まで一度も、思い出したことのないことだった。


 村を出た朝。


 広場で村長の口上があって、家の者が荷を渡す場面だ。ミオの母が饅頭を押しつけて、カイの家が銅貨を出して、ハユの父が鍛冶の道具を持たせようとして止められていた、あの朝。


 サキの母は、触れ帳を差し出した。


 サキはそれを受け取った。受け取るとき、母の指が帳面の端から離れなかった。ほんの少しだけ、引っ張り合いのようになった。


 あのとき母は、帳面を見ていなかった。


 サキの手を見ていた。


 掌ではない。爪の付け根と、指の腹と、手首の内側。


 ――ケイと、同じ順番で。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ更新していきます。


基本的には1日2話を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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