見立て②
広場の隅に、母がいた。
子の親は来なくてもいい日だ。来ていたのは三人だけで、そのうちの一人が母だった。
判定が終わると、母はサキの腕を取って、他の家の者と話もせずに家へ帰った。歩くのが速かった。サキは何度か腕を引かれてつんのめった。
家に入ると、母は戸を閉めて、心張りを掛けた。まだ日が高かった。
「なんで」
母は答えなかった。竈に火を入れて、何も入っていない鍋を火にかけた。しばらくして自分でそれに気づいて、水を汲みに出た。
その晩、母は一言も見立ての話をしなかった。
見立てなしだったこと、ケイが長く手を見たこと、北から回れと言われたこと。何ひとつ聞かなかった。ミオの母が来て「サキちゃんは見立てなかったんだって?」と気の毒がったときも、母は「そうなんです」とだけ言った。
子どもだったサキは、母は気を遣っているのだと思った。
*
適合師が村を発ったのは、三日後の朝だった。
子どもたちが街道の入口まで見に行った。三年に一度しか来ない客だ。ミオが誘いに来たので、サキも行った。
馬は一頭で、荷はケイの分と随員の分と、あの木箱だけだった。随員の若い男が箱を括りつけている。十七か十八くらいで、細く、動きに無駄がなかった。
サキは木箱を見ていた。苔の中の三つの石。あれを触らせてもらえたら、と思った。触ったところで見立てが出るわけではないと言われたが、それでも。
男が顔を上げて、サキを見た。
「見たいか」
サキは慌てて首を振った。
男は少し笑って、括り終えた縄を引いた。それから、誰にも聞こえないくらいの声で言った。
「見立てなしは、悪いことじゃない」
サキは男を見た。
「悪いことじゃないんですか」
「悪いことにされているだけだ」
男はそれ以上言わなかった。馬の腹帯を締め直して、鐙に足を掛けた。
そのとき、サキは気づいた。
男は、手袋をしたままだった。
石を扱う者は、指先を切った手袋をする。判定のためだ。だがこの男の手袋には切れ目がなかった。ぴったりと、指の先まで革に包まれている。
この三日、村にいた間じゅう、外しているところを一度も見なかった。
「あの」サキは言った。「手袋」
男の動きが止まった。
ほんの一瞬だった。それから男は馬にまたがって、サキの方を見ずに手綱を取った。
「気をつけて回れ」
それだけだった。
馬が動き出し、ケイがその後ろに続いた。ケイは村の誰にも挨拶をしなかった。街道の曲がりで、一度だけ振り返った。
振り返った先にいたのが誰だったのか、サキにはわからなかった。子どもは十人以上いたし、大人も何人か立っていた。
ただ、サキの隣にはミオしかいなかった。
*
「気にすることないよ」
帰り道、ミオが言った。
「見立てなんて、当たらないって父さんも言ってた。緑って言われて灰の石だった人もいるって」
「うん」
「それに、見立てがないってことは、どの色でもいけるってことかもしれないじゃん」
サキは足を止めた。
ミオは二、三歩先で振り返って、自分の言ったことの何がまずかったのかわからない顔をしていた。実際、まずいことは何もなかった。ミオは思いつきで、いちばん優しい方の可能性を言っただけだ。
「どの色でもいけるって、そんな人いないよ」
「そっか。そうだよね」
ミオはあっさり引き下がって、また歩き出した。
サキも歩いた。歩きながら、心臓が少し速くなっているのに気づいた。
どの色でもいける。
そんな人はいない。掟がそう言っている。適合する石は、生涯にひとつ。ひとつしか適合しないのだから、色もひとつに決まっている。だから見立てというものが成り立つ。
どの色でもいける人がいるとしたら、見立ては成り立たない。
そんな人はいない。
サキは、その日のうちにその考えを忘れた。忘れたつもりでいた。
*
道の四日目、日が暮れかけていた。
前方の山肌に、ロウゼの灯りが見え始めていた。山の腹に細かい光が斜めに並んでいる。あそこだけ星が落ちたようだった。
サキは足を止めて、灯りを見た。
北から回れと言われて、北から回った。三十七の露頭を潰して、四百七十二。素直なものだ。あの女の言うとおりに、たくさん触れた。
たくさん触れて、二度、温んだ。
――なぜ北を勧めた。
考えても答えは出ない。出ないまま、別のことが浮かんだ。今まで一度も、思い出したことのないことだった。
村を出た朝。
広場で村長の口上があって、家の者が荷を渡す場面だ。ミオの母が饅頭を押しつけて、カイの家が銅貨を出して、ハユの父が鍛冶の道具を持たせようとして止められていた、あの朝。
サキの母は、触れ帳を差し出した。
サキはそれを受け取った。受け取るとき、母の指が帳面の端から離れなかった。ほんの少しだけ、引っ張り合いのようになった。
あのとき母は、帳面を見ていなかった。
サキの手を見ていた。
掌ではない。爪の付け根と、指の腹と、手首の内側。
――ケイと、同じ順番で。
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