↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「生涯ひとつしか適合できない世界で、私だけ二十一個に適合した ~でも私は、一つも取らない~」  作者: うめこまち
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/8

見立て①

 ハナレからロウゼまでは、なだらかな登りが四日続く。


 街道は谷沿いを行き、右手にずっと川が見えている。水は白く濁っていた。上流のロウゼで選鉱の水を流しているからだと、すれ違った荷方が言った。


「昔はもっときれいだったよ」荷方は当たり前のことのように言った。「石が出るってのは、そういうことだ」


 サキは川を見ながら歩いた。三日目の夕方には、川の匂いに鉄が混じり始めた。焦げた砂糖の方はしない。地脈の匂いは、露頭でしかしない。掘り出されて水に流れたものは、ただ錆びるだけだ。


 歩きながら、サキはずっと同じことを考えていた。


 ――なぜ自分は、北から回ったのだったか。


         *


 トウの遺体が村に来たのは、サキが十四の秋だった。


 隣のヤナギ村の子で、一つ年上だった。前の春に旅立って、半年目に、東の谷で見つかったという。ヤナギ村へ運ぶ途中でヌカ村を通るので、一晩、村の会所に置かれた。


 子どもは見るなと言われた。


 村の大人たちが順に会所に入っていくのを、サキとミオは石段のところから見ていた。誰も長くはいなかった。入って、すぐ出てくる。出てきた者はみんな同じ顔をしていた。


 夜になって、ミオが先に帰った。サキは残った。


 残った理由はない。ただ、動けなかった。


 夜半、会所の戸が開いて、村長が出てきた。サキを見て、少し驚いて、それから何も言わずに顎で中を指した。


 入っていい、という意味だった。


 トウは筵の上に寝かされていた。


 顔は普通だった。眠っている子どもの顔で、少しだけ口が開いている。首から下に布が掛けてあり、胸のところだけが不自然に盛り上がっていた。


 村長が布をめくった。


 白かった。


 胸の真ん中から、鎖骨と、肩の付け根と、脇腹の途中まで。皮膚だったものが、なめらかな白い面になっている。焼き物のようだった。継ぎ目はなく、色は均一で、光が滑った。


 サキは息を止めていた。


 村長が指で軽く叩いた。硬い音がした。骨とも木とも違う、水を張った甕を叩いたときのような、少し高い音。


「触ってみろ」


 サキは首を振った。


「触っておけ」村長は言った。「大人はみんな触った。触っておかないと、二度と本気にならん」


 サキは手を伸ばした。


 冷たかった。


 石とは違う冷たさだった。露頭の石は、冷たくても、どこかで生きている感じがする。これはただ冷えていた。何も返してこなかった。この人の胸だったものが、何も返してこない。


 手を引いた。引いてから、自分の指を見た。


「なんで」


 声が掠れた。


「なんで、こんな」


「四つ数えたんだろう」村長は布を戻した。「たいていそうだ」


 言い方に憐れみはなかった。責めてもいなかった。ただ、そういうことだと言っていた。


「半年で焦ったんだ。焦って、温い気がして、四つ数えて、持って帰る自分を想像した。想像したらもう終いだ」


 村長は戸口へ歩いて、そこで足を止めた。


「お前は来年だな」


「はい」


「焦るなよ」


 その言葉を、サキはその後の五百日、何百回も思い出すことになる。


         *


 十五の春、判定日が来た。


 適合師の巡回は三年に一度だ。その年に十四から十六になる子が広場に集められる。ヌカ村では十一人いた。


 適合師は二人来た。若い男の随員と、痩せた女。


 女はケイと名乗った。


 名乗ったのはそれだけで、あとは何の説明もなかった。村長が説明した。適合師は見立てをする。見立てとは、その子がどの色の石に適合しやすいかを見ることだ。見立てが出れば、旅の当てがつく。緑と見立てられた子は、緑の出る地脈を回る。


 当てがつくというのは、大きなことだった。当てのない旅は、この世で一番長い。


 随員が木箱を運んできて、広場の真ん中の台に置いた。


 蓋を開けると、湿った苔が詰まっていた。苔の中に、石が三つ。灰と、緑と、白。根がついたまま、苔に生かされている。


 子どもたちがざわついた。石を間近に見るのは初めての子もいる。


「触らせるのか」誰かが言った。


「触らせない」ケイが初めて口をきいた。


 声は低く、大きくなかったのに、広場の端まで届いた。


「この石は見立てのためのものではない。あなたたちの指を、私が見るためのものだ」


 ケイは台の横に立って、指を一本立てた。


「一人ずつ来なさい。手を出す。私が見る。それだけだ」


 列ができた。


 最初はハユだった。ケイはハユの両手を取って、掌を上に向けさせ、爪の付け根と、指の腹と、手首の内側を順に見た。時間にして、十数える程度だった。


「赤」


 ハユが息を吐いた。周りがざわついた。赤は深いところの石で、能力が重い。悪くない見立てだ。


 次はカイ。


「灰」


 カイはあからさまにがっかりした顔をした。灰はいちばん多い色だ。


 三人目、四人目。緑、灰、灰。


 ミオの番が来た。ケイはミオの手を取って、少し長く見た。


「緑。水の系だろう」


 ミオが振り返って、サキに向かって口の形だけで「みず」と言った。サキは笑った。あのとき自分が笑ったことを、サキは今でもよく覚えている。


 六人目、七人目。


 八人目がサキだった。


 ケイの手は冷たかった。指が細く、握力がなく、掌に硬いところが一つもない。石を掘ったことも、綱を握ったこともない手だった。


 ケイはサキの掌を上に向けた。


 爪の付け根を見た。指の腹を見た。手首の内側を見た。


 それから、もう一度、最初から見た。


 列がざわつき始めた。十数えるはずのものが、三十を過ぎていた。


 ケイはサキの右手を置いて、左手を取った。同じように見た。左の薬指を少し持ち上げて、傾けて、光の角度を変えた。


 サキは自分の心臓の音を聞いていた。


 この人は何を見ているのだろう。ここに何が書いてあるのだろう。自分の手なのに、自分には何も読めない。


「あの」


「静かに」


 ケイはさらに数えて、それから手を放した。


 広場が静まっていた。


 誰もが、とんでもない見立てが出ると思っていた。サキ自身もそう思った。白かもしれない。白は稀だ。あるいは、聞いたこともない色かもしれない。


 ケイは言った。


「見立てはなし」


 ざわめきが起きた。


「なしって」サキは言った。「どういう」


「読めないということだ」ケイは次の子に目を移していた。「ときどきある。珍しくはない」


 嘘だ、とサキは思った。


 なぜそう思ったのか、根拠は何もなかった。ただ、この人は今、二十も三十も余分に数えておいて、珍しくはないと言った。それが嘘でないなら、何が嘘なのかわからない。


 列を離れようとしたとき、ケイが背中に向けて言った。


「北から回りなさい」


 サキは振り返った。


「見立てがないなら、どこを回っても同じだ。ならば北がいい。北の地脈は細くて、露頭が小さく、数が多い」


「……数が、多い」


「そう」ケイは言った。「たくさん触れる」


 その言い方には、旅の当てを教える響きがまったくなかった。


 もっと別のことを言われた気がした。何を、とは言えない。ただ、あの女は、サキがたくさん触ることを望んでいた。


 残りの三人の見立てが済んで、判定日は終わった。灰が六人、緑が二人、赤が一人、白が一人。見立てなしが一人。


 その一人が、村の中でどう扱われたかは、書くまでもない。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ更新していきます。


基本的には1日2話を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。