見立て①
ハナレからロウゼまでは、なだらかな登りが四日続く。
街道は谷沿いを行き、右手にずっと川が見えている。水は白く濁っていた。上流のロウゼで選鉱の水を流しているからだと、すれ違った荷方が言った。
「昔はもっときれいだったよ」荷方は当たり前のことのように言った。「石が出るってのは、そういうことだ」
サキは川を見ながら歩いた。三日目の夕方には、川の匂いに鉄が混じり始めた。焦げた砂糖の方はしない。地脈の匂いは、露頭でしかしない。掘り出されて水に流れたものは、ただ錆びるだけだ。
歩きながら、サキはずっと同じことを考えていた。
――なぜ自分は、北から回ったのだったか。
*
トウの遺体が村に来たのは、サキが十四の秋だった。
隣のヤナギ村の子で、一つ年上だった。前の春に旅立って、半年目に、東の谷で見つかったという。ヤナギ村へ運ぶ途中でヌカ村を通るので、一晩、村の会所に置かれた。
子どもは見るなと言われた。
村の大人たちが順に会所に入っていくのを、サキとミオは石段のところから見ていた。誰も長くはいなかった。入って、すぐ出てくる。出てきた者はみんな同じ顔をしていた。
夜になって、ミオが先に帰った。サキは残った。
残った理由はない。ただ、動けなかった。
夜半、会所の戸が開いて、村長が出てきた。サキを見て、少し驚いて、それから何も言わずに顎で中を指した。
入っていい、という意味だった。
トウは筵の上に寝かされていた。
顔は普通だった。眠っている子どもの顔で、少しだけ口が開いている。首から下に布が掛けてあり、胸のところだけが不自然に盛り上がっていた。
村長が布をめくった。
白かった。
胸の真ん中から、鎖骨と、肩の付け根と、脇腹の途中まで。皮膚だったものが、なめらかな白い面になっている。焼き物のようだった。継ぎ目はなく、色は均一で、光が滑った。
サキは息を止めていた。
村長が指で軽く叩いた。硬い音がした。骨とも木とも違う、水を張った甕を叩いたときのような、少し高い音。
「触ってみろ」
サキは首を振った。
「触っておけ」村長は言った。「大人はみんな触った。触っておかないと、二度と本気にならん」
サキは手を伸ばした。
冷たかった。
石とは違う冷たさだった。露頭の石は、冷たくても、どこかで生きている感じがする。これはただ冷えていた。何も返してこなかった。この人の胸だったものが、何も返してこない。
手を引いた。引いてから、自分の指を見た。
「なんで」
声が掠れた。
「なんで、こんな」
「四つ数えたんだろう」村長は布を戻した。「たいていそうだ」
言い方に憐れみはなかった。責めてもいなかった。ただ、そういうことだと言っていた。
「半年で焦ったんだ。焦って、温い気がして、四つ数えて、持って帰る自分を想像した。想像したらもう終いだ」
村長は戸口へ歩いて、そこで足を止めた。
「お前は来年だな」
「はい」
「焦るなよ」
その言葉を、サキはその後の五百日、何百回も思い出すことになる。
*
十五の春、判定日が来た。
適合師の巡回は三年に一度だ。その年に十四から十六になる子が広場に集められる。ヌカ村では十一人いた。
適合師は二人来た。若い男の随員と、痩せた女。
女はケイと名乗った。
名乗ったのはそれだけで、あとは何の説明もなかった。村長が説明した。適合師は見立てをする。見立てとは、その子がどの色の石に適合しやすいかを見ることだ。見立てが出れば、旅の当てがつく。緑と見立てられた子は、緑の出る地脈を回る。
当てがつくというのは、大きなことだった。当てのない旅は、この世で一番長い。
随員が木箱を運んできて、広場の真ん中の台に置いた。
蓋を開けると、湿った苔が詰まっていた。苔の中に、石が三つ。灰と、緑と、白。根がついたまま、苔に生かされている。
子どもたちがざわついた。石を間近に見るのは初めての子もいる。
「触らせるのか」誰かが言った。
「触らせない」ケイが初めて口をきいた。
声は低く、大きくなかったのに、広場の端まで届いた。
「この石は見立てのためのものではない。あなたたちの指を、私が見るためのものだ」
ケイは台の横に立って、指を一本立てた。
「一人ずつ来なさい。手を出す。私が見る。それだけだ」
列ができた。
最初はハユだった。ケイはハユの両手を取って、掌を上に向けさせ、爪の付け根と、指の腹と、手首の内側を順に見た。時間にして、十数える程度だった。
「赤」
ハユが息を吐いた。周りがざわついた。赤は深いところの石で、能力が重い。悪くない見立てだ。
次はカイ。
「灰」
カイはあからさまにがっかりした顔をした。灰はいちばん多い色だ。
三人目、四人目。緑、灰、灰。
ミオの番が来た。ケイはミオの手を取って、少し長く見た。
「緑。水の系だろう」
ミオが振り返って、サキに向かって口の形だけで「みず」と言った。サキは笑った。あのとき自分が笑ったことを、サキは今でもよく覚えている。
六人目、七人目。
八人目がサキだった。
ケイの手は冷たかった。指が細く、握力がなく、掌に硬いところが一つもない。石を掘ったことも、綱を握ったこともない手だった。
ケイはサキの掌を上に向けた。
爪の付け根を見た。指の腹を見た。手首の内側を見た。
それから、もう一度、最初から見た。
列がざわつき始めた。十数えるはずのものが、三十を過ぎていた。
ケイはサキの右手を置いて、左手を取った。同じように見た。左の薬指を少し持ち上げて、傾けて、光の角度を変えた。
サキは自分の心臓の音を聞いていた。
この人は何を見ているのだろう。ここに何が書いてあるのだろう。自分の手なのに、自分には何も読めない。
「あの」
「静かに」
ケイはさらに数えて、それから手を放した。
広場が静まっていた。
誰もが、とんでもない見立てが出ると思っていた。サキ自身もそう思った。白かもしれない。白は稀だ。あるいは、聞いたこともない色かもしれない。
ケイは言った。
「見立てはなし」
ざわめきが起きた。
「なしって」サキは言った。「どういう」
「読めないということだ」ケイは次の子に目を移していた。「ときどきある。珍しくはない」
嘘だ、とサキは思った。
なぜそう思ったのか、根拠は何もなかった。ただ、この人は今、二十も三十も余分に数えておいて、珍しくはないと言った。それが嘘でないなら、何が嘘なのかわからない。
列を離れようとしたとき、ケイが背中に向けて言った。
「北から回りなさい」
サキは振り返った。
「見立てがないなら、どこを回っても同じだ。ならば北がいい。北の地脈は細くて、露頭が小さく、数が多い」
「……数が、多い」
「そう」ケイは言った。「たくさん触れる」
その言い方には、旅の当てを教える響きがまったくなかった。
もっと別のことを言われた気がした。何を、とは言えない。ただ、あの女は、サキがたくさん触ることを望んでいた。
残りの三人の見立てが済んで、判定日は終わった。灰が六人、緑が二人、赤が一人、白が一人。見立てなしが一人。
その一人が、村の中でどう扱われたかは、書くまでもない。
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