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「生涯ひとつしか適合できない世界で、私だけ二十一個に適合した ~でも私は、一つも取らない~」  作者: うめこまち
第一部

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4/8

杉屋②

 翌朝、ユイに袖を引かれた。


「ねえ、教えてほしいんだけど」


 宿の裏手の空き地で、ユイは河原の石を三つ並べていた。ただの石だ。地脈のものではない。


「触り方。合ってるか見てほしい」


 サキは屈んで、ユイのやることを見た。


 ユイは石に人差し指を当てて、目を閉じた。当て方は悪くない。指の腹を使っている。ただ、当てる前に両手をこすり合わせていた。


「それ、だめ」


「え」


「手を温めちゃだめ。冷ましてから触る」


「あ……そうだった。母さんもそう言ってた」


「あと、あなた、今いくつ数えた」


 ユイは黙った。


「数えてなかったでしょう」


「なんとなく、じっとしてれば分かるかと思って」


「三つ数える」サキは言った。「ひとつ、ふたつ、みっつ。それで離す」


「四つは?」


「数えない」


 ユイは首をかしげた。サキは自分がこれから言うことを、村で何度も聞かされたのを思い出した。今度は自分が言う番だった。


「四つ数えると、温い気がしてくるから。指の方が石に慣れちゃうの」


「……それって」


「そう。慣れたのを、適合したと思い込む」


 ユイの顔から表情が消えた。二十日目の子どもが、自分の死に方をひとつ知った顔だった。


 サキは言い方を間違えたかと思ったが、間違えていないはずだった。この話を柔らかく言い直して伝わらなかったら、その子は死ぬ。


「ごめん」ユイが小さく言った。「怖くなった」


「怖くていい」


 サキは河原の石を拾って、ユイの手に載せた。


「怖いまま、三つ数えて、離す。それを何百回もやるだけ」


 ユイは石を握って、しばらく黙っていた。それから、ふいに顔を上げた。


「あなた、いい先生だね」


 サキは返事をしなかった。


 教えられる側だったはずの自分が、いつのまにか教える側に回っている。それが何を意味するかは、考えないことにした。


         *


 大部屋の壁の落書きを、その日の午後、初めてきちんと読んだ。


 これまで何度もこの部屋に泊まっているのに、読んだことがなかった。読まないようにしていたのだと思う。


 名前と、村と、日付。それだけのものが百以上ある。古いものは炭が薄くなって消えかけている。


 〈ソウ ミナミ村 夏 二百三日 緑〉

 〈ハル サト村 春 四十一日 灰〉

 〈クイ ヒノ村 秋 九十日 白〉


 最後の一文字は石の色だ。見つけた者だけが書ける。


 サキは端から順に読んで、日数の一番大きいものを探した。三百八十六日というのがあった。〈ノブ ヤナギ村 冬 三百八十六日 赤〉。


 三百八十六。


 サキの五百日より、百日以上短い。


 壁を隅から隅まで見た。五百を超える数字は、ひとつもなかった。


 当たり前だ、とサキは思った。この壁に書けるのは、見つけた者だけだ。見つからなかった者の日数は、どこにも書かれない。ヨウの十一年も、飯屋の男の千も、この壁のどこにもない。


 書かれているものだけを見れば、旅は長くても一年で終わることになっている。


 サキは荷から炭を出しかけて、やめた。


 書くことがなかった。


         *


 杉屋の土間には便り棚がある。


 旅の子は行く先が決まらないので、村からの手紙は街道の宿に預けられる。名と村を書いた紙が挟んであり、本人が来たら渡す。半年も一年も残ることがある。


 サキは自分の名を見つけた。


 ミオの字だった。


 部屋には戻らず、宿の裏の井戸端に座って開いた。


 文面は短かった。石が見つかったこと。淡い緑で、水を動かすこと。桶に手をかざせば水が上がってくるので、家の者が喜んでいること。成人の祝いをやったこと。ハユもカイも来たこと。


 それから、こう書いてあった。


 ――帰ってきてもいいよ。


 サキは二度読んだ。


 悪意はない。ミオはそういうことを考えない子だ。石がなくても村は困らないし、あんたが帰ってきたら私は嬉しい、という、それだけの意味だ。それはわかっている。


 わかっているのに、紙を持つ指が冷たくなった。


 帰ってきてもいい。つまり、もう帰ってきていい段階だと、ミオは思っている。まだ探すべきだとは思っていない。石を見つけたミオから見て、サキの旅はもう「そういうもの」になっている。


 最後に一行、追伸があった。


 ――おばさん、この頃、寄合に来ないよ。


 サキは紙を畳んで、懐に入れた。


 井戸の水を汲んで、顔を洗った。冷たかった。指先が冷えて、判定によく効きそうだと思って、それが自分でもおかしかった。ここには石なんかない。


         *


 その晩、サキは大部屋に戻らず、土間の隅で火に当たっていた。


 杉屋の女主人はウメという婆で、耳が遠いと言い張っているが、都合の悪いことだけ聞こえないだけだと番頭がこぼしていた。ウメは火の向こうで芋の皮を剥いていた。


「ヌカ村の子だってね」


 聞こえていた。


「はい」


「懐かしい名だ」ウメは手を止めずに言った。「昔、ヌカ村の子がうちに長いこといたよ」


 サキは顔を上げた。


「旅の子ですか」


「旅の子さ。ヨウという名でね。器量のいい娘だった」


 ウメは芋を桶に落とした。


「十一年いた」


 薪が爆ぜた。


「十一年」


「二年目から普通に宿代を払ってね。冬は台所を手伝わせて、その分安くしてやった。春になるとまた出ていく。毎年だよ。九年目くらいから、こっちも何も聞かなくなった」


「……見つかったんですか」


「見つからんかった」ウメは言った。「二十六の年に、村に帰った」


 サキは膝の上で指を組んだ。


 二十六。旅を始めて十一年。それから村に帰ったということは、無相として帰ったということだ。


「その人は」


「死んだよ。何年前になるかね。四十いくつだったか」ウメは新しい芋を取った。「無相のまま。婿も取らなんだ」


 火が小さくなって、ウメが枝を足した。


 サキはその話を、ずっと前から知っている気がした。ヌカ村で無相として死んだ女の話は、村でも聞いたことがある。三代前の村長の妹だ。名前までは覚えていなかった。ヨウ。


 村では、根気の足りなかった人の話として語られていた。十一年も探して見つからないなんてことはないのだから、途中でやめていたのだろう、と。


「根気がなかったんだって、村では言われてます」


 ウメは初めて手を止めて、サキを見た。


 耳の遠い婆の目ではなかった。


「そうかい」


 そう言ってから、ウメはしばらく黙って芋を剥いた。剥き終えて、桶を脇に置いてから、独り言のような調子で言った。


「あの娘はね。十年目の秋に、一度だけ、うちの台所で泣いてたよ」


 サキは動かなかった。


「何かあったのか聞いたらね」


 ウメは火を見た。


「見つけたのに、持って帰れなかった、と言った」

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ更新していきます。


基本的には1日2話を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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