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第6話 夢だったのかな

『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』

第6話 夢だったのかな


その日の夕方。


むすびは榧ヶ嶺城の縁側に座り、山の向こうへ沈んでいく夕日を眺めていた。


ここが夢だとしたら。


ずいぶん、変な夢だ。


風は冷たい。

土の匂いもする。

着物の帯は苦しい。


さっき転んだ膝は、まだじんじん痛む。


そして何より。


あの男の子が泥のついた飯粒を拾う姿。


夢なら、早く忘れたい。


でも、忘れてはいけないような気もした。


「姫様」


後ろから宗兵衛の声。


「ん?」


振り返る。


宗兵衛が小さな膳を持っていた。


「お夕餉にございます」


膳の上には小さな椀。


やはり米より麦や粟の方が多い。


むすびは箸を持った。


「いただきます」


宗兵衛が首を傾げる。


「……いただきます?」


「え?」


「何のことでございます」


「あ」


まただ。


むすびは苦笑した。


「私の……いたところでは、ご飯食べる前に言うの」


「どこにおられたと?」


「……それが分かんないんだよね」


宗兵衛は困った顔をした。


むすびは一口食べた。


硬い。


現代で食べる炊きたての白米とは全然違う。


でも、昼間の男の子を思い出すと、一粒も残せなかった。


全部食べた。


「ごちそうさまでした」


また宗兵衛が不思議そうな顔をする。


「それも、そちらの言葉で?」


「うん」


「姫様は不思議なお方になられましたな」


「昨日までは違ったんでしょ?」


宗兵衛は少し笑った。


「昨日までは、何を考えておられるのか、分からぬことが多うございました」


「そんなに大人しかったの?」


「大人しいというより……」


宗兵衛は言葉を選ぶ。


「我慢するお方でございました」


むすびは自分の胸へ手を当てた。


なぜか、その言葉が痛かった。


「結ちゃん……ずっと我慢してたのかな」


「結ちゃん?」


「あっ、いや!」


その瞬間だった。


視界が揺れた。


「え?」


縁側が遠ざかる。


宗兵衛の声も、水の中から聞こえるようにぼやけていく。


「姫様?」


「ちょっと待って……何これ」


頭がくらくらする。


胸元が熱い。


いや、胸ではない。


髪に挿したかんざし。


金色だったそれが、強く光り始めた。


「宗兵衛さん!」


「姫様!」


宗兵衛が手を伸ばす。


むすびも伸ばす。


でも指先が届かない。


「待って!」


怖い。


今どこへ行くの?


「パパ……ゆりちゃん……!」


思わず叫んだ。


その瞬間、世界が白くなった。


*


「――っ!」


むすびは飛び起きた。


見慣れた天井。


白い壁。


机。


カーテン。


「……え?」


自分の部屋。


パジャマ姿。


髪は肩より少し長い、いつもの長さ。


「戻った……?」


時計を見る。


午前六時十二分。


「夢……?」


ベッドから下りる。


足がふらついた。


「うわっ」


壁へ手をつく。


身体が重い。


一晩中走り続けたみたいに、手足がだるい。


膝を見る。


傷はない。


でも、なぜか痛みの記憶だけが残っている。


机の上。


古びたかんざし。


昨日と同じように黒ずみ、飾りの一部が欠けている。


むすびはそれを手に取った。


冷たい。


「……何だったの」


昨日の夜。


光。


知らない少女。


榧ヶ嶺城。


景綱。


志乃。


宗兵衛。


泥の飯粒。


全部、夢?


「むすびー! 起きてるー?」


階下から百合の声。


むすびの胸が跳ねる。


「ゆりちゃん!」


部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。


台所に百合がいた。


エプロン姿。

いつもの百合。


「何? 朝から」


むすびは思わず抱きついた。


「うわっ、ちょっと! どうしたの?」


「ゆりちゃーん……」


「何なのよ」


「普通だぁ……」


「は?」


奥から一代が出てきた。


寝癖がひどい。


「おはよー……」


「パパ!」


今度は一代へ駆け寄る。


「おっ、おお?」


むすびが顔を両手で挟む。


「何するん?」

「弱そう!」

「朝一番でひどくない!?」


むすびは笑った。


本物だ。


いつものパパ。


景綱みたいな威圧感は一ミリもない。


百合が呆れた顔をする。


「寝ぼけてるの?」

「たぶん……すっごい変な夢見た」

「どんな?」

「パパがめちゃくちゃ偉そうだった」

「夢ね」

「即答!?」


三人で笑った。


その瞬間。


むすびは少し安心した。


やっぱり夢だったのだ。


きっと。


ただ。


朝ごはんの白いご飯を前にした時。


むすびの箸が止まった。


真っ白な米。


湯気。


当たり前の朝ごはん。


泥の中から飯粒を拾った男の子が、頭に浮かんだ。


むすびは一粒も残さず食べた。


*


学校へ向かう道。


むすびは何度もあくびをした。


「ねむ……」


寝たはずなのに。


むしろ寝る前より疲れている。


肩も重い。


教室へ着くころには、机へ突っ伏したくなった。


「むすび、徹夜した?」


友達に聞かれて、


「夢の中で忙しかった」


と答える。


「何それ」


自分でもそう思う。


昼休み。


むすびは何となく窓の外を眺めていた。


遠くに見える岡山の山々。


昨日――夢の中で見た山と、少し似ている気がした。


「まさかね」


自分で笑う。


でも。


机の鞄の中には。


なぜか持ってきてしまった古びたかんざしが入っていた。


---


『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』


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