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第24話 刀が落ちる

『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』

第24話 刀が落ちる


「飯が欲しくて来たんだろうが!」


朔太郎の叫び。


久瀬の兵たちが動けなくなった。


弥九郎の顔が歪む。


「黙れ!」


刀を振り上げる。


「お前は武士の誇りを忘れたか!」


朔太郎も刀を抜く。


でも。


結へ向けるためではない。


弥九郎の前へ。


「誇りで腹が膨れるかよ!」


「何だと!」


「誇りで子どもが生きられるのか!」


朔太郎の声。


「俺はもう……嫌なんだよ!」


刀を握る手が震える。


「腹が減って!」


涙。


「泥のついた飯見ただけで、頭の中が真っ白になって!」


声が裏返る。


「それでも敵の飯だから食うなって!」


朔太郎は泣いていた。


「もう嫌だ!」


弥九郎が刀を構える。


その時。


低い声。


「もうよい」


全員が振り返る。


久瀬玄蕃。


兵たちの間を歩いてくる。


鎧。


疲れた顔。


深い目。


むすびは。


その顔を見た瞬間。


息が止まった。


「……おじさん」


結が胸の中で驚く。


――むすび?


現代。


店の前。


泥だらけの服。


おにぎりを涙ながらに食べた男。


髪も髭も違う。


年齢の見え方も違う。


でも。


顔。


目。


同じ。


「おじさん……」


玄蕃がむすびを見る。


「何を申しておる」


景綱と同じ反応。


むすびは涙が出そうになった。


「そっか……」


まだ意味は分からない。


でも。


きっとつながっている。


弥九郎が玄蕃へ駆け寄る。


「殿! 惑わされてはなりませぬ!」


「黙れ」


「しかし!」


「黙れと申した」


玄蕃の声。


弥九郎が止まる。


玄蕃は地面へ落ちたおむすびを見る。


そして。


荷車。


結。


「その飯は」


「食べてください」


むすびが答える。


玄蕃が目を細める。


「我らに?」


「はい」


結の声が前へ出る。


「深守谷の皆様に」


玄蕃の顔が揺れる。


「我らは、おぬしらを攻めに来た」


「はい」


「藤代の兵を傷つけた」


「はい」


「それでもか」


結とむすび。


二人で。


「それでもです」


むすびは一つのおむすびを差し出した。


玄蕃は受け取らない。


その手は刀の柄にある。


「毒が怖いですか」


むすびが聞く。


玄蕃の眉が動く。


「当たり前だ」


「そりゃそうですよね」


「姫様!」


宗兵衛が頭を抱える。


こんな時でも。


むすびはむすびだった。


「じゃあ」


むすびはもう一つ取る。


自分で食べる。


一口。


「大丈夫」


玄蕃は黙っている。


「でも、信じられないですよね」


むすびは泣きながら笑う。


「分かります」


現代のホームレスも。


最初は受け取らなかった。


施しはいらないと。


信じるのは。


怖い。


「だから」


むすびはもう一度差し出す。


「信じなくてもいいです」


玄蕃の目が動く。


「一口だけ」


「……」


「一口だけ、食べてください」


長い沈黙。


玄蕃が。


刀の柄から手を離した。


おむすびを受け取る。


周囲が息を呑む。


玄蕃は見つめる。


小さな握り飯。


米。


麦。


粟。


豪華でも何でもない。


手で割る。


匂いを嗅ぐ。


そして。


一口。


噛む。


ゆっくり。


玄蕃の動きが止まる。


もう一口。


目が赤くなる。


「……」


玄蕃が顔を伏せた。


肩が震える。


「殿……」


朔太郎が呟く。


玄蕃の頬を。


一筋の涙が流れた。


「我らは……」


掠れた声。


「我らは……」


一度、息を吸う。


「城が欲しかったのではない……」


刀を見る。


河原を見る。


飢えた兵を見る。


「土地が……欲しかったのでもない……!」


声が震える。


「民に!」


玄蕃の声が響く。


「民に食わせる飯が……!」


涙が止まらない。


「欲しかっただけなのだ……!」


刀が。


手から落ちた。


カラン。


乾いた音。


小さな音なのに。


戦場全体へ響いたように聞こえた。


一人の兵が槍を置く。


次の一人。


刀。


弓。


次々と。


武器が地面へ。


弥九郎だけが立っている。


「殿!」


「弥九郎」


玄蕃が静かに言う。


「もうよい」


「しかし!」


「我らが守るべきは、何だ」


弥九郎が答えない。


「面目か」


「……」


「土地か」


「……」


「違う」


玄蕃は久瀬の兵を見る。


「人だ」


弥九郎の刀が震える。


「刀を下ろせ」


「……」


「命令だ」


長い沈黙。


やがて。


弥九郎の刀も。


地面へ落ちた。


むすびの膝から力が抜ける。


「……止まった」


――むすび。


結の声。


泣いている。


――止まりました。


「うん……」


二人で泣く。


泥。


血。


白いおむすび。


その時。


強い風が吹いた。


結の髪が乱れる。


何かが。


髪から落ちた。


金色のかんざし。


泥の中へ。


むすびも結も。


気づかなかった。


ただ一人。


少し離れた場所で。


玄蕃だけが。


泥の中に光るそれを見ていた。


---


『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』


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