第22話 行こう、結ちゃん
『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』
第22話 行こう、結ちゃん
夜が明ける前から。
榧ヶ嶺城の炊事場には、人が集まっていた。
女中。
村の女たち。
老人。
怪我をして戦えない兵。
そして志乃。
誰も無駄口を叩かない。
手だけが動く。
炊いた米に麦。
粟。
ほんの少しの塩。
「大きすぎます」
むすびが言う。
「もっと小さく」
「姫様、この大きさで?」
「うん。それなら一人でも多く食べられる」
一つ。
また一つ。
握り飯が並んでいく。
現代の店で見るような、きれいな三角ではない。
大きさも形もばらばら。
でも。
一つ一つに。
生きてほしいという気持ちが入っている。
「パパなら、もっと上手に握るんだけどな」
むすびが小さく笑う。
――むすびのパパは、握り飯を作るのがお上手なのですか?
結が聞く。
「めっちゃ上手だよ。おっちょこちょいだけど」
――おっちょこちょい?
「あとで説明する」
こんな時なのに。
二人で少し笑えた。
その笑いが。
怖さをほんの少しだけ小さくした。
*
日が昇る。
荷車におむすびを積む。
山のように。
とはいっても。
城の全てを出したわけではない。
藤代の民が生きる分も必要。
それでも。
これだけの食を敵へ運ぶことに、まだ納得していない家臣もいる。
景綱が荷車の前へ立った。
むすびを見る。
「……本当に行くのか」
「うん」
「怖くはないのか」
むすびは一瞬黙る。
「怖いよ」
正直に。
「めちゃくちゃ怖い」
胸の中。
結も答える。
――怖いです。
「二人とも怖い」
景綱の眉が動く。
まだ、二人という意味を完全には理解していない。
「それでも行く」
景綱が拳を握る。
「父としては許せぬ」
その声。
初めて。
殿ではなく。
父の声だった。
「だが」
景綱は宗兵衛を見る。
「宗兵衛」
「はっ」
「命に代えても守れ」
「申されるまでもございませぬ」
「待って」
むすびが首を振る。
「宗兵衛さんが死んだら意味ない」
「姫様」
「誰も死なないために行くんだから」
宗兵衛は困った顔をした。
そして。
ゆっくり笑う。
「では、死なぬようお守りいたします」
「うん」
志乃が近づく。
何も言わない。
ただ。
結の頬へ手を当てる。
その手が震えている。
「母上」
結の感情。
愛しい。
申し訳ない。
怖い。
むすびはその全てを感じる。
志乃が娘を抱きしめる。
「帰ってきて」
それだけ。
むすびの涙がこぼれる。
「うん」
――必ず。
結も答えた。
*
城門。
外から戦の音が聞こえる。
久瀬勢との小競り合いは再び激しくなっていた。
荷車の取っ手へ手をかける。
手が震える。
足も。
「結ちゃん」
――はい。
「今なら、まだやめてもいいよ」
胸の奥で、少し間。
――むすびこそ。
「私?」
――戻りたいのでしょう。パパと、ゆりちゃんのところへ。
むすびの目に涙が浮かぶ。
帰りたい。
すごく。
いつもの店。
パパ。
ゆりちゃん。
学校。
友達。
全部。
「うん」
嘘はつかない。
「帰りたい」
――私も、ここから逃げたいです。
「うん」
二人とも。
逃げたい。
だから。
むすびは笑った。
「じゃあ同じだね」
結も。
胸の中で笑った。
「一人だったら無理だった」
――私もです。
「二人なら?」
――……怖いです。
むすびは吹き出した。
「そこは行けるって言うところじゃん」
――嘘はつけません。
「私も」
笑いながら泣く。
城門の向こう。
戦場。
むすびは深く息を吸った。
「行こう、結ちゃん」
胸の奥で。
震える声。
でも。
確かな声。
――うん。むすび。
景綱が手を上げる。
「門を開けよ!」
重い城門が開く。
光。
土煙。
怒号。
むすびと結は。
二人で。
荷車を押し出した。
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『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』




