第21話 おむすび作戦
『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』
第21話 おむすび作戦
「ならぬ!」
榧ヶ嶺城の広間に、景綱の怒声が響いた。
むすびは正面から父上を見る。
「なんで!」
「何故も何もあるか!」
「みんなお腹空いてるんだよ!」
「知っておる!」
「じゃあ!」
「我らとて飢えておるのだ!」
景綱の拳が震えていた。
「久瀬へ食を渡せば、今度は榧谷の民が冬を越せぬ!」
「全部あげるなんて言ってない!」
「では何だ!」
「分けるの!」
「同じことだ!」
「違う!」
むすびの声も負けない。
周囲の家臣たちが息を詰める。
結は胸の中で震えている。
でも。
逃げない。
――むすび。
「うん」
――私からも。
むすびは一瞬、身体を委ねる。
不思議な感覚。
自分の口が。
自分の意思とは少し違う声を出した。
「父上」
声色が変わった。
景綱の目が大きくなる。
「……結?」
結だ。
初めて。
結自身が身体を前へ出した。
「私も……怖うございます」
声が震えている。
「敵の中へ行くことも。食がなくなることも」
志乃が口元を押さえる。
「結……」
「それでも」
結の目から涙が落ちる。
「このままでは、もっとたくさんの食がなくなります」
「……」
「田が焼けます。蔵が奪われます。働く人が死にます」
景綱は答えない。
「戦えば……もっと、みんながお腹を空かせます」
その言葉。
広間にいる誰も反論できなかった。
結の意識が少し下がる。
むすびが戻る。
「だから」
むすびは言う。
「おむすび作ろう」
「おむ……?」
また戦国側には通じない言葉。
「握り飯!」
「ああ……」
景綱が困惑する。
「今その呼び方の話ではない!」
「ごめん!」
宗兵衛が吹き出しそうになる。
「米だけじゃなくていい。麦でも粟でも混ぜれば数増やせる」
「姫様」
家臣の一人が言う。
「それでも我らの食が減りまする」
「うん」
むすびは頷く。
「減るよ」
逃げない。
「でも、戦って蔵ごとなくなるよりいい」
沈黙。
「相手に全部渡すんじゃない」
むすびは続ける。
「みんなで数えて、みんなで分ける。久瀬の人も持ってるもの出してもらう。どっちかだけが助かるんじゃなくて、一緒に冬越す方法考える」
現代の中学生の言葉。
でも。
単純だからこそ。
伝わる。
「そんな簡単に……」
景綱が呟く。
「簡単じゃないよ」
むすびの目に涙。
「怖いもん」
「……」
「でも誰かが最初にやらないと、ずっと怖いままじゃん」
志乃が顔を伏せる。
「結……」
「止めてください」
志乃の声。
むすびの胸が痛む。
「志乃……」
「私は嫌です」
志乃は泣いていた。
「敵の中へ行くなど」
「母上」
結の心が前へ出る。
「あなたまで失ったら、私は……」
言葉にならない。
志乃は娘を抱きしめる。
「戦など、殿方に任せればよいのです」
むすびも泣く。
結も。
「でも……」
志乃の腕の中で。
二人が言う。
「誰も止められてない」
志乃の身体が震える。
長い沈黙。
やがて。
志乃は娘から離れた。
何も言わず。
広間を出る。
「母上?」
むすびたちは追いかける。
志乃が向かった先は。
炊事場だった。
女中たちが驚いて立ち上がる。
志乃は米櫃の前へ立つ。
蓋を開ける。
残り少ない米。
しばらく見つめる。
そして。
袖をまくった。
「……握りなさい」
女中たちが動かない。
「奥方様?」
志乃の声が震える。
涙を拭う。
そして、今度は強く。
「何をしているのです!」
みんなが息を呑む。
「急ぎなさい!」
一人の女中が米を運ぶ。
次の一人も。
「麦も」
志乃が言う。
「粟も混ぜなさい。一つを小さく」
むすびは泣いた。
「ゆりちゃんみたい……」
「何と?」
「何でもない」
志乃は振り返らない。
泣いているのを見られたくないのだ。
むすびと結は胸の中で同時に呟いた。
ありがとう。
炊事場に。
米の匂いが広がった。
戦争を止めるための。
おむすび作りが始まった。
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『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』




