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第20話 それでも止まらない

『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』

第20話 それでも止まらない


朔太郎が泥のおむすびを食べた。


その瞬間。


戦が終わる。


――そんなに簡単ならよかった。


だが。


現実は違った。


「朔太郎! 何をしている!」


久瀬側から怒号。


鬼塚弥九郎だった。


「敵の飯を食うとは何事だ!」


朔太郎は涙を拭う。


「毒なんか……」


「何だ!」


「毒なんか入ってなかった!」


「一個食っただけで何が分かる!」


弥九郎の声が響く。


「藤代の罠だ! 情けをかけたふりをして我らを油断させるつもりだ!」


久瀬の兵たちに動揺が走る。


むすびが叫ぶ。


「違う!」


弥九郎が睨む。


「姫ごときが戦場で何を申す!」


「毒を入れたのは藤代じゃない!」


「証は!」


「ある!」


「ならば出せ!」


「調べてる途中だけど――」


弥九郎が笑う。


「途中?」


悪意のある笑い。


「その間に我らの民は死んでおる!」


むすびは言葉に詰まる。


その時。


一人の久瀬兵が前へ出た。


「弟が死んだ!」


目が赤い。


「藤代から来た飯を食って!」


藤代側からも声。


「こっちだって仲間が斬られた!」


「先に攻めたのはそっちだ!」


「毒を盛ったからだろう!」


「盛ってない!」


「黙れ!」


声が声を呼ぶ。


怒りが膨らむ。


誰かが石を投げた。


誰かの額に当たる。


怒鳴り声。


弓が引かれる。


宗兵衛が叫ぶ。


「放つな!」


――ヒュッ。


一本。


矢が飛んだ。


誰が放ったのか分からない。


藤代の兵の肩へ刺さる。


「うあっ!」


「撃たれた!」


「返せ!」


「待て!」


景綱の声も届かない。


弓。


槍。


兵たちが動く。


「やめて!」


むすびが叫ぶ。


「やめてよ!」


誰も聞かない。


一度動き出した人の波。


怒り。


恐怖。


「宗兵衛さん!」


宗兵衛がむすびを守りながら後ろへ下げる。


「姫様、危険です!」


「止めて!」


「止まりませぬ!」


「なんで!」


「皆、怖いからです!」


その言葉に、むすびが止まる。


怖い。


自分も。


結も。


兵も。


飢えた民も。


殺されるかもしれない。


家族が死ぬかもしれない。


だから。


先に相手を倒そうとする。


「こんなの……」


涙が出る。


胸の中で結も震えている。


――むすび。


「……うん」


――私、逃げたいです。


むすびの目から涙がこぼれる。


「私も」


――怖いです。


「私もだよ」


二人とも強くない。


勇者じゃない。


戦場なんて来たくない。


「結ちゃん」


――はい。


「どうする?」


少し沈黙。


結が聞き返す。


――むすびは、どうしたいですか。


むすびは戦場を見る。


傷つく人。


飢えた人。


泥のおむすびを食べて泣いた朔太郎。


そして。


現代のホームレス。


『ただ……何か食いてえ。それだけになる』


同じ。


何百年違っても。


空腹は同じ。


むすびの中に、一つの考えが浮かんだ。


「……食べてもらう」


――え?


「みんなに」


戦場の音。


「お腹いっぱいは無理でも」


涙を拭く。


「戦う前に、食べてもらう」


結の心が大きく揺れる。


「食べながら人を斬れる?」


――……


「おむすび持っていこう」


――敵陣へ?


「敵じゃない」


むすびは首を振る。


「お腹が空いてる人たちのところへ」


結の恐怖が伝わる。


――怖い。


「うん」


――死ぬかもしれません。


「うん」


二人とも震えている。


それでも。


結が。


ゆっくり言った。


――行きたいです。


むすびの涙がまたこぼれた。


「私も」


二つの心。


一つの決断。


「食べてもらおう」


――はい。


「戦争を止めるために」


その瞬間。


二人の鼓動が。


完全に重なった。


---


『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』


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