第16話 最後の扉
『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』
第16話 最後の扉
「光ってる……」
むすびの手の中で、かんざしの模様が淡く輝いていた。
男も息を呑む。
「何だ、これ……」
「やっぱり、おじさんだったんだ」
「何がだよ」
「トリガー」
「とり……何?」
「説明してる時間ない!」
むすびはかんざしを強く握った。
胸が熱くなる。
最初の夜と同じ。
いや。
それ以上。
ドクン。
心臓。
ドクン。
もう一つの鼓動。
結。
「結ちゃん……」
男がむすびを見つめる。
「嬢ちゃん、その名前」
「え?」
「いや……」
男は眉を寄せる。
「どっかで聞いたことある気がしただけだ」
むすびの胸がざわつく。
でも今は聞けない。
「おじさん、このかんざし、本当に家に昔からあったの?」
「ああ。じいさんの、そのまたじいさんからとか……そんな話だった」
「誰のものだったかは?」
「知らねえよ。昔の武士が拾ったとか、そんな話だったかな」
むすびの目が止まる。
拾った。
その言葉。
「誰が……?」
「知らん」
男は頭を掻く。
「俺はこういう昔話、信じてなかったしな」
光が強くなる。
むすびの視界が揺れる。
時間がない。
「おじさん」
「何だ」
「ありがとう」
「何で俺が礼言われるんだよ」
「分かんない。でも、たぶん……すごく大事だから」
男は何か言おうとした。
けれど光が二人を包む。
むすびは目を閉じた。
頭の中で願う。
お願い。
間に合って。
誰も死なないで。
結ちゃん。
待ってて。
「戻るから!」
白い光。
*
落ちる。
暗闇。
でも今回は、怖くない。
遠くに少女がいる。
前よりはっきり見える。
長い髪。
着物。
結。
顔はまだぼやけている。
少女が手を伸ばす。
むすびも伸ばす。
指先が触れる。
今度は。
声が聞こえた。
――むすび。
「結ちゃん!」
――戻ってきて。
「うん!」
世界がひっくり返る。
*
怒号。
金属のぶつかる音。
馬のいななき。
「――っ!」
むすびは目を開けた。
地面。
畳じゃない。
土。
身体が揺れている。
誰かに抱えられている。
「姫様!」
宗兵衛。
「宗兵衛さん!」
「……!」
宗兵衛の目が大きくなる。
「その物言い……」
「戻ってきた!」
「姫様……!」
宗兵衛が、ほんの一瞬泣きそうな顔をした。
でもすぐに表情を戻す。
「お戻りになるのが遅うございます!」
「ごめん!」
「謝るくらいなら、もう少し早く!」
「無理だったの!」
そのやりとり。
懐かしい。
周りを見る。
白瀬川近く。
藤代の兵。
久瀬の兵。
現代でむすびが男を探していた三日ほどのあいだ、こちらでも同じように時が進んでいた。
榧越峠を越えたばかりだった久瀬勢は、もう白瀬川まで来ている。
まだ大きな戦にはなっていない。
だが、矢が飛び、何人かが倒れている。
むすびの顔が青ざめる。
「もう……始まってる」
胸の奥。
強い悲しみ。
そして。
声。
はっきり。
――むすび。
むすびは息を止めた。
「結ちゃん?」
――戻ってきてくれたの?
それは、今まで感じていた微かな声とは違った。
少女の声。
近い。
自分の内側。
「結ちゃん!」
むすびは胸へ両手を当てた。
涙が出る。
「いる! やっぱりいた!」
――ずっといました。
「ごめん……戻れなくて」
――怖かった。
「うん」
――でも、むすびも怖かったのでしょう?
むすびは泣きながら笑った。
「めっちゃ怖かった」
二人の感情が重なる。
一つの身体。
二つの心。
宗兵衛には、むすびが一人で泣いて笑っているようにしか見えない。
「姫様……?」
「大丈夫」
むすびは涙を拭った。
「一人じゃないから」
胸の奥で。
結が初めて。
少し笑った気がした。
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『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』




