第14話 戻れない
『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』
第14話 戻れない
「戻して……」
むすびはかんざしを両手で握った。
「お願い……」
何も起きない。
机の上へ置く。
また触る。
目を閉じる。
「結ちゃん……」
何も。
スマートフォンの時計は午前四時四十六分。
窓の外はまだ暗い。
むすびはそのまま床に座り込んだ。
過去では。
久瀬勢が榧越峠を越えている。
景綱は兵を集めている。
宗兵衛もいる。
朔太郎も、向こうの軍にいるかもしれない。
「どうしよう……」
涙が止まらない。
寝れば戻れる?
ベッドへ潜る。
目を閉じる。
眠れない。
何度も寝返りを打つ。
ようやく少し眠った。
目を開ける。
七時十三分。
自分の部屋。
「……だめ」
かんざしを髪に挿してみる。
何も起きない。
あの夜と同じように机へ置く。
部屋を暗くする。
「お願い」
何も。
「なんで……」
階下からパパの声。
「むすびー、学校遅れるぞー」
学校。
その言葉が、今はひどく遠く感じた。
「行ってる場合じゃないよ……」
制服に着替える。
鏡を見る。
いつもの自分。
結じゃない。
自分の顔。
それなのに胸の奥には、結の恐怖がまだ残っている気がした。
*
朝食。
炊きたての白いご飯。
味噌汁。
卵焼き。
むすびは箸を持ったまま動かなかった。
「食べないの?」
百合が聞く。
「……うん」
「具合悪い?」
「大丈夫」
一代がむすびを見る。
「顔色悪いぞ」
むすびは顔を上げた。
パパ。
弱気で。
おっちょこちょいで。
優しい。
景綱と同じ顔。
もし、あの人が傷ついたら。
そう思った瞬間、目が熱くなった。
「パパ」
「ん?」
「戦争って……どうやったら止められると思う?」
一代が箸を止める。
百合もむすびを見る。
「朝からすごい質問するなあ」
一代が困ったように笑う。
「うーん……話し合い?」
「話しても止まらなかったら?」
「……難しいな」
百合が静かに言う。
「相手が何を欲しがってるか、分からないと無理じゃない?」
むすびが百合を見る。
「何を欲しがってるか」
「怒ってる理由と、本当に必要としてるものは違うこともあるでしょ」
その言葉が胸に残る。
久瀬が本当に欲しいもの。
食べ物。
でも。
今はそこまで考えている余裕がない。
「行ってきます」
むすびはかんざしを鞄に入れた。
*
学校の授業はほとんど頭に入らなかった。
時計を見る。
一分。
また一分。
向こうで、どれだけ時間が進んでいるのか分からない。
だから、一分だって無駄にできない。
「むすび、今日ほんと変だよ」
友達が心配そうに言う。
「うん……ごめん」
放課後。
むすびは図書室へ走った。
あの地域史。
天正元年。
榧谷。
深守谷。
白瀬川。
ページをめくる。
文章は変わっていない。
『白瀬川周辺で衝突が起きたとする口伝』
「衝突……」
もう起きる。
いや。
もしかしたら、もう始まっている。
「どうやって戻るの……」
本を閉じる。
その瞬間。
最初の夜のことが頭へ浮かんだ。
ホームレス。
おにぎり。
かんざし。
彼が触れていた。
彼から、自分へ渡った。
「……おじさん」
むすびは立ち上がった。
かんざしだけじゃない。
最初の時には。
あの人がいた。
「そうだ」
鞄をつかむ。
「おじさんだ!」
図書室を飛び出した。
「絶対見つける」
過去では時間が進んでいる。
立ち止まっている暇なんかない。
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『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』




