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第12話 藤代の飯など食えるか

『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』

第12話 藤代の飯など食えるか


白瀬川の水は、以前よりさらに細くなっていた。


藤代と久瀬の境に近い河原。


むすびは宗兵衛と数人の護衛を伴い、村人へ水を運ぶ様子を見に来ていた。


「城から出るなって言われてなかった?」


むすびが聞く。


宗兵衛は前を向いたまま答える。


「殿には私がお守りすると申し上げました」

「怒られた?」

「それはもう」

「ごめん」

「姫様が謝られると、余計に腹が立ちますな」

「なんで!?」


宗兵衛がほんの少し笑う。


その時。


対岸に人影が見えた。


三人。


武装している。


宗兵衛の顔が変わる。


「姫様、後ろへ」


護衛たちが前に出る。


向こうもこちらへ気づいた。


「藤代か!」


一人が叫ぶ。


若い声。


むすびは人影を見つめた。


まだ少年に近い。


整った顔立ち。


けれど頬は痩せ、目の下に影がある。


「久瀬の者だ」


宗兵衛が低く言う。


若者は川を挟んでこちらを睨んだ。


「そっちの女は誰だ」


「無礼者! 結姫様なるぞ!」


護衛の一人が怒鳴る。


若者の目が一瞬揺れた。


「……藤代の姫か」


「あなた、名前は?」


むすびが聞く。


「姫様!」


宗兵衛が止める。


「だって知らないもん」


若者は怪訝そうにむすびを見る。


「敵に名を聞くか、普通」


「昨日まで敵じゃなかったんでしょ?」


その言葉に、若者の表情が固まる。


「……朔太郎」


「朔太郎?」


「久瀬朔太郎ではない。久瀬家に仕える家の者だ」


「へえ」


「へえ、ではない!」


宗兵衛が頭を抱える。


朔太郎はむすびを睨み続けた。


だが、その視線が一瞬、むすびたちの後ろへ向いた。


村人へ配るための籠。


中には小さな握り飯。


ほんの数個。


その瞬間。


朔太郎の喉が動いた。


むすびは見逃さなかった。


「お腹空いてる?」


「……!」


朔太郎の顔が赤くなる。


「誰が!」


「だって今、おにぎり見た」


「見るくらいする!」


「食べる?」


むすびは籠へ手を伸ばした。


朔太郎が怒鳴る。


「触るな!」


むすびの手が止まる。


「藤代の飯など食えるか!」


河原に声が響いた。


「毒を入れて、今度は俺を殺すつもりか!」


むすびの胸が痛んだ。


「違う!」


「何が違う!」


「私たちは毒なんか入れてない!」


「食った者が倒れたんだぞ!」


「だから今調べてる!」


「死んだ奴もいる!」


むすびは言葉に詰まる。


朔太郎の目には怒りがある。


でも、その奥に。


怖さ。


空腹。


悲しさ。


全部混ざっていた。


「……本当に、毒なんか入れてないよ」


むすびは小さく言った。


「信じられるか」


「じゃあ私が食べる」


「何?」


むすびは籠から一つ取った。


宗兵衛が止めようとする。


「姫様」


「大丈夫」


むすびは朔太郎の目を見ながら、一口食べた。


「ほら」


もう一口。


「何ともない」


朔太郎の視線が揺れる。


腹が鳴った。


ぐうぅ……。


彼はぎゅっと拳を握る。


「……藤代の飯なんか」


声が震える。


「死んでも食うものか」


そう言って背を向けた。


仲間とともに歩き去る。


足取りは重い。


むすびは握り飯を持ったまま、その背中を見つめた。


「強がってる」


宗兵衛が低く言った。


「はい」


「食べたいんだよ」


「でしょうな」


むすびはおにぎりを見る。


「食べたいのに、食べられないんだ」


毒が。


疑いが。


怒りが。


一個の握り飯より大きな壁になっている。


「こんなの……絶対おかしい」


胸の奥で。


結も同じように悲しんでいた。


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『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』


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