第11話 毒になった善意
『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』
第11話 毒になった善意
「どうして……」
むすびは城の倉の前で座り込んでいた。
本当なら。
藤代が送った食料は、人を助けるはずだった。
飢えた子どもが食べるはずだった。
お年寄りが食べるはずだった。
「食べ物なのに……」
胸の奥が苦しい。
現代の店で、パパが握るおにぎり。
客は笑って受け取る。
食べて「おいしい」と言う。
それが普通だと思っていた。
でも。
ここでは。
食べ物が、人を疑わせている。
「姫様」
宗兵衛が隣へ座った。
「私ね」
むすびは俯いたまま言った。
「食べ物って、人を幸せにするもんだと思ってた」
「……」
「なのに、今は食べ物のせいで戦いそうになってる」
宗兵衛はすぐには答えなかった。
「食が悪いのではございませぬ」
「分かってる」
「人が、食を悪く使うたのでしょう」
むすびは顔を上げる。
「そんな人、絶対許せない」
「その者を見つけることは必要でしょう」
宗兵衛は遠い山を見る。
「されど、姫様」
「何?」
「見つかったからといって、すべて元どおりになるとは限りませぬ」
「どうして?」
「既に疑いが生まれたからにございます」
むすびには納得できない。
「でも本当のことが分かったら謝ればいいじゃん」
宗兵衛は少し寂しそうに笑った。
「そうできれば、世に戦など起こりませぬ」
その言葉が、むすびの胸に残った。
*
数日。
雨は降らない。
空は青い。
青すぎるくらいに。
榧谷の井戸も水位が下がった。
炊事場の飯はさらに少なくなっている。
むすびは子どもたちの姿を見るたび、胸が痛んだ。
けれど。
深守谷ではもっとひどい。
そう聞いている。
ある日、城へ農民の家族がやってきた。
深守谷から逃れてきた者たちだった。
景綱は敵方の領民だからと追い返さず、城下で休ませた。
むすびはその家族のところへ行った。
母親。
小さな娘。
そして赤ん坊。
「お腹……空いてる?」
尋ねるまでもなかった。
娘はむすびの手元をじっと見ている。
むすびは炊事場から許可をもらい、小さな雑穀の握り飯を持ってきていた。
差し出す。
娘は母親を見る。
母親が小さくうなずく。
娘は両手で受け取った。
「ありがとう……ございます」
一口。
目が大きくなる。
二口。
涙が出る。
むすびは、現代のホームレスを思い出した。
空腹。
人は。
時代が変わっても、同じ顔で食べるんだ。
「深守谷、本当に食べ物ないの?」
母親が頷く。
「畑は枯れました。山の実も、もうほとんど」
「久瀬家は?」
「殿は蔵を開けてくださいました」
「玄蕃さんが?」
「はい。ご自分たちの分まで」
むすびは驚いた。
敵将になるはずの人。
でも。
悪い人ではない。
「じゃあ、なんで戦うの……」
母親の顔が曇る。
「皆、怖いのです」
「怖い?」
「明日、子が食べる物がないことが」
むすびは何も言えなかった。
その夜。
胸の奥で、結の感情が強く動いた。
悲しい。
深守谷の人たちを知っている。
幼い頃、久瀬家の祭りに行った記憶が一瞬流れ込む。
景綱と玄蕃が笑っている。
小さな結が、深守谷の子どもと遊んでいる。
むすびは涙を流した。
「知ってるんだね……結ちゃん」
敵じゃない。
本当は。
みんな、知っている人たち。
「なのに……」
時代の乾いた風が、城の戸を鳴らした。
遠くで犬が吠える。
むすびは胸へ手を当てた。
「絶対、戦わせないから」
誰に言ったのか。
結に。
自分に。
それとも、この時代に。
答えはなかった。
けれど、胸の奥の鼓動が一度だけ強く鳴った。
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『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』




