第10話 食べた者が倒れた
『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』
第10話 食べた者が倒れた
翌朝。
榧ヶ嶺城は落ち着きを失っていた。
兵が行き交い、門の見張りも増えている。
むすびは宗兵衛について、城の倉へ向かった。
「これが送った食料?」
俵がいくつも積まれている。
しかし、思っていたほど多くない。
「これしか残ってないの?」
宗兵衛がうなずく。
「久瀬へ送った分も、我らにとっては決して小さくありませぬ」
「じゃあ、藤代だってギリギリなんだ」
「はい」
むすびは俵に手を置いた。
一方が豊かで、一方が貧しいわけではない。
どちらも苦しい。
ただ、久瀬家の方がもっと苦しい。
だから争えば、どちらもさらに苦しくなる。
「ほんとにバカみたい……」
「何がでございます」
「食べ物がないから戦って、戦ったらもっと食べ物なくなるじゃん」
宗兵衛が黙った。
「姫様の言うとおりにございます」
「じゃあ、なんで?」
「人は、正しいと分かっていても、そう動けぬことがございます」
むすびにはまだ、その意味がよく分からなかった。
昼過ぎ。
二人目の使者が来た。
今度は久瀬家からではなかった。
藤代から食料を運んだ荷駄隊の生き残りだった。
男は腕に傷を負っていた。
「襲われた?」
景綱が聞く。
「はい。ただし、荷を奪われたわけではございませぬ」
「何?」
「一度、山道で道を塞がれました。顔を隠した者が数名。荷を検めると言い張り……」
家臣たちがざわつく。
「なぜ今まで黙っておった!」
「すぐに追い払いましたゆえ、大事ではないと思い……」
景綱の拳が畳を打つ。
「大事ではないだと!」
男が頭を下げる。
むすびは身を乗り出した。
「その人たち、荷物に触った?」
「……一部には」
「じゃあそこじゃん!」
全員がむすびを見る。
「だって! 藤代を出た時は普通で、途中で知らない人が荷物触って、そのあと毒が出たんでしょ?」
景綱はすぐに家臣へ命じる。
「その場所を調べよ。足跡でも、捨てられた物でも、何でも探せ」
「はっ!」
むすびの胸に、ほんの少し希望が灯った。
真相が分かれば。
説明すれば。
きっと戦わずに済む。
そう思った。
けれど。
深守谷では、そんなに簡単ではなかった。
*
久瀬家の館。
そこでは、男たちの怒号が響いていた。
「いつまで藤代を信じるおつもりか!」
鬼塚弥九郎が声を張る。
「我らの民が何人倒れればお分かりになる!」
上座に座る久瀬玄蕃は黙っていた。
四十代後半。
疲れた顔。
しかし眼差しにはまだ強さが残っている。
「景綱が、そのような真似をする男とは思えぬ」
「では、この者たちは何なのです!」
弥九郎が横を指す。
廊下の向こう。
横たわる者たち。
腹を押さえ、苦しむ老人。
吐き気に耐える女。
泣く子ども。
「藤代から届いた飯を食べた者ばかりではありませんか!」
玄蕃の顎が震える。
「調べる」
「いつまで!」
「調べると言うておる!」
怒鳴り声に、一瞬静まる。
そこへ若い武者が入ってきた。
朔太郎。
まだ十六歳。
顔立ちは整っているが、頬は痩せ、唇は乾いている。
「殿」
「何だ」
「西の村で、また二人倒れました」
玄蕃が目を閉じる。
「食は?」
朔太郎は答えない。
それだけで分かる。
ない。
弥九郎が低く笑った。
「藤代には、まだ米がある」
玄蕃が睨む。
「黙れ」
「民を守るのが殿の務めでは?」
「黙れと言っておる!」
「では、飢えて死ねと?」
玄蕃が立ち上がる。
拳が震えている。
しかし。
刀は抜かなかった。
「景綱に使者を送る」
弥九郎が鼻で笑う。
「また話し合いですか」
「それでもだ」
玄蕃は低く言った。
「我らは、昨日まで敵ではなかった」
朔太郎は唇を噛んだ。
「……でも」
皆が見る。
朔太郎は拳を握る。
「毒を入れられた飯を食って、死にかけてる者がいる」
「朔太郎」
「あいつらの飯なんか……」
声が震える。
怒りだけではない。
空腹で。
「二度と食えるか」
その腹が。
小さく鳴った。
誰も笑わなかった。
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『おむすび姫 ―時をむすぶ、ひとつのおむすび―』




