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「毒にも薬にもならない女」と追放された伯爵令嬢は、王宮の毒殺事件を解き明かして、私を捨てた婚約者と義妹に薬指を突きつける  作者: kaka


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第8話 父は、私を殺してから死んだ

「――旦那様が、殺されました」


その言葉だけが、妙に鮮明に聞こえた。


雨音も。


風の音も。


リディアが息を呑む音さえ。


全部、遠くなった。


「……父上が?」


私は、聞き返した。


セバスは答えなかった。


答えられないのだと、すぐに分かった。


肩から流れる血が、床板に落ちている。


一滴。


また一滴。


「セバス!」


私は駆け寄った。


「動かないで!」


「お嬢様……」


「傷を見せて!」


外套を脱がせる。


肩から脇腹にかけて、深い裂傷。


だが。


「……変ね」


「何が?」


リディアが駆け寄ってくる。


私は傷口を視た。


《組成視》。


皮膚。


筋肉。


血液。


骨。


そこまでは見える。


けれど――


「……見えない」


「え?」


「傷の奥が、視えない」


私の《組成視》は、物質の組成を視る。


薬なら成分が分かる。


毒なら毒素が分かる。


人体なら、異常のある場所を見つけられる。


なのに。


セバスの傷口だけ。


その奥に、黒い靄がかかっている。


「アーシェ?」


リディアが不安そうに私を見る。


「この傷、普通じゃない」


「毒?」


「……分からない」


その言葉を口にした瞬間。


自分自身が、一番驚いた。


分からない。


それは、薬師としての私にとって、ほとんど敗北宣言だった。


私はセバスを椅子に座らせ、傷口を洗った。


出血量は多い。


だが、動脈は切れていない。


「これなら助かる」


「本当に?」


「ええ」


私は薬箱から止血薬を取り出した。


「ただし、今夜は絶対安静」


「承知、いたしました」


セバスが小さく笑う。


「相変わらず、お嬢様は容赦がございませんな」


「死にかけている人間に、容赦する薬師がいると思う?」


「……おりませんな」


「なら黙って治療を受けて」


「はい」


昔と同じだった。


薬を嫌がる私に、セバスが飲めと言った。


今度は、私がセバスに薬を飲ませている。


立場は変わった。


けれど。


こうしていると。


まだ父も、屋敷も、あの頃のまま残っているような気がした。


――だから。


聞かなければならない。


「セバス」


「はい」


「父上は、どうやって殺されたの?」


彼の表情が、硬くなった。


「……書斎におられました」


「一人で?」


「はい」


「最後に会ったのは?」


「私でございます」


「何時?」


「昨夜、十一時頃」


「そのとき、父上は何をしていた?」


「書類を整理しておられました」


「何か変わった様子は?」


セバスは少し考えた。


「……ございました」


「何?」


「旦那様は、ずっと同じ言葉を繰り返しておられました」


「なんて?」


セバスは、私をまっすぐ見た。


「『あの子だけは、絶対に戻してはならない』と」


胸が、詰まった。


「……私を?」


「はい」


「それ以外には?」


「『もしアーシェラが戻ってきたら、全てが終わる』と」


私は黙った。


全てが終わる。


それは、どういう意味なのか。


「そして、十二時を過ぎた頃」


セバスの声が低くなる。


「書斎から、物が割れる音がいたしました」


「誰かが侵入した?」


「はい」


「見たの?」


「……一人だけ」


「顔は?」


セバスは首を横に振った。


「黒い仮面をつけておりました」


「男?」


「分かりません」


「体格は?」


「細身でした」


「武器は?」


「短剣」


「何か言った?」


セバスは、一瞬、目を伏せた。


「『計画を知りすぎたな、ヴィント伯爵』と」


店の中が、静まり返った。


私は、拳を握った。


「……父は、何を知っていたの?」


「分かりません」


「本当に?」


「旦那様は、私にも話しておられませんでした」


「最後に何を言った?」


「……」


セバスが目を閉じる。


「『アーシェラに伝えろ』と」


「何を?」


「『お前の敵は、王宮にはいない』」


私は、息を止めた。


「……続きは?」


「『もっと近くにいる』」


その瞬間。


リディアが、青ざめた。


「もっと近く……?」


「はい」


セバスは頷いた。


「そして、その直後に旦那様は――」


「死んだ?」


「いいえ」


セバスは、首を横に振った。


「旦那様は、死んでおりませんでした」


「……え?」


「私が見た時点では、まだ生きておられました」


私は立ち上がった。


「だったら、なぜ殺されたと?」


「私は、旦那様を逃がそうとしました」


セバスの顔が苦しそうに歪む。


「ですが、旦那様は首を横に振られた」


「どうして?」


「『私が逃げれば、あの子が狙われる』と」


父。


その人は。


最後まで。


私のことを考えていた。


「旦那様は私に、一本の鍵を渡しました」


「鍵?」


「はい」


セバスは懐から、それを取り出した。


古びた銀色の鍵。


小さい。


普通の鍵にしか見えない。


私は受け取った。


《組成視》。


銀。


鉄。


微量の魔石。


そして――


「……これは」


鍵の柄の内部。


そこだけ、異質だった。


「魔力封印?」


リディアが尋ねる。


「ええ」


私は鍵を握った。


「何かを閉じ込めている」


「何を?」


「分からない」


まただ。


視えない。


鍵の内部にあるものだけが、私の《組成視》から逃げている。


まるで。


見られることを拒んでいるように。


「父上は、これをどこから?」


「書斎の机から」


「他には?」


「これだけです」


私は鍵を握りしめた。


「セバス」


「はい」


「父上は、最後に何をした?」


セバスは、ゆっくり答えた。


「旦那様は、書斎の暖炉に、一枚の紙を入れました」


「燃やした?」


「はい」


「何が書いてあった?」


「分かりません」


「紙は残っていない?」


「少しだけ」


私は立ち上がった。


「見せて」


◇


ヴィント家。


その夜。


父の書斎。


暖炉。


焼け跡。


私は、セバスが持ってきた黒い紙片を机に置いた。


小さすぎる。


普通なら何が書いてあったかなど分からない。


でも。


私には《組成視》がある。


私は火の跡を見つめた。


炭化した紙。


灰。


インク。


微量の金属。


「……待って」


「何かございますか?」


「この紙」


私は眉を寄せた。


「燃えたのに、インクの一部だけ残ってる」


「それは……?」


「特殊なインクよ」


私は紙片を水に浸した。


すると。


黒い文字が。


ゆっくり浮かび上がった。


一文字。


また一文字。


『第一王子』


次に。


『宮廷薬師長』


そして。


『ヴィント家』


最後に。


一つの名前。


『オルスタッド家』


リディアが息を呑んだ。


「……私の家?」


「ええ」


紙片の文字は、それで終わっていた。


だが。


私は気づいた。


文字の下。


小さな数字。


『7』


「七?」


「日付かしら」


私は考えた。


けれど、違う。


数字の周囲にあるインクの組成。


これは数字ではない。


「……薬の量」


「薬?」


「ええ」


私は紙片を見つめた。


「七グラム」


「何が?」


私は答えられなかった。


そのとき。


セバスが突然、胸を押さえた。


「ぐっ……!」


「セバス!」


彼が膝をつく。


私は駆け寄った。


《組成視》。


血液。


心臓。


肺。


そして――


「……毒!」


さっきの傷。


あの傷に仕込まれていた毒素が、血液中に回り始めている。


「リディア、解毒薬!」


「どれを?」


「青い小瓶!」


「これ?」


「違う! その隣!」


「これね!」


私は小瓶を奪い取った。


蓋を開ける。


匂いを嗅ぐ。


成分を確認。


「……これなら」


私はセバスの口元に薬を当てた。


「飲んで!」


「ですが……」


「死にたいの!?」


「……いいえ」


セバスが薬を飲む。


数秒。


十秒。


やがて。


呼吸が少しずつ落ち着いていく。


私は胸を撫で下ろした。


「間に合った……」


「お嬢様」


セバスが掠れた声を出した。


「……申し上げ忘れていたことが」


「何?」


「旦那様は、最後にこうも言われました」


「……何て?」


セバスは私の目を見た。


「『アーシェラが、あの薬を作ったら、もう止められない』」


「……あの薬?」


私は眉を寄せた。


「何のこと?」


「私にも分かりません」


「父上は、私が薬を作ることを知っていた?」


「はい」


「何の薬?」


セバスは答えなかった。


いや。


答えられない。


その顔を見て、私は気づいた。


「……セバス」


「はい」


「あなたも、何か隠しているでしょう」


沈黙。


長い沈黙。


やがて。


セバスは懐から、もう一つのものを取り出した。


小さな布袋。


その中には。


一粒の青い錠剤が入っていた。


私は、それを見た瞬間。


息を呑んだ。


――ジェラルド殿下が飲んでいた薬。


あの青い錠剤と。


まったく同じ色だった。


「それは、どこで?」


「旦那様の書斎で」


「父上が持っていた?」


「はい」


私は錠剤を視た。


《組成視》。


ベラドンナ。


麦角系アルカロイド。


その他、複数の成分。


だが。


その中に一つ。


今まで見たことのない成分が混ざっている。


「……何、これ」


私の《組成視》が、そこで途切れた。


視えない。


まるで、何かに遮られている。


私は初めて。


自分の能力そのものに、恐怖を感じた。


「アーシェ」


リディアが私の肩に触れる。


「大丈夫?」


「……大丈夫じゃない」


私は正直に答えた。


「この薬、私の《組成視》を拒んでいる」


「そんなことが?」


「今まで、一度もなかった」


私は青い錠剤を見つめた。


その表面に、小さな紋章が刻まれている。


王家の紋章。


その中心に。


蛇。


そして、蛇の口に咥えられているのは――


一輪の花。


「……これ」


私は呟いた。


「ヴィント家の紋章に似てる」


「ヴィント家?」


リディアが驚く。


「ええ」


私は錠剤を握った。


「蛇と薬草」


「つまり……」


「誰かが、ヴィント家の薬学を使って、この薬を作っている」


そして。


私は気づいた。


その瞬間。


背筋が凍った。


「……違う」


「何が?」


「使っているんじゃない」


私は錠剤を見つめた。


「この薬を作ったのは――」


言葉が、止まる。


言ってはいけない。


けれど。


薬師として。


私は、組成から逃げられない。


「この薬の製法」


私は震える声で言った。


「ヴィント家の秘伝薬と、ほとんど同じ」


リディアの顔が強張った。


「では……」


「ええ」


私は父の死を告げるために戻ってきたセバスを見る。


「父上は、この薬を知っていた」


そして。


その瞬間。


店の外から、馬の嘶きが響いた。


三人とも振り返る。


窓の外。


暗闇の中に、王都の紋章をつけた馬車が一台、止まっていた。


扉が開く。


降りてきたのは、一人の女。


黒い喪服。


長い銀髪。


その顔を見た瞬間。


私は、息を呑んだ。


「……ミレーヌ?」


私を婚約者から奪った義妹。


私を毒婦に仕立てた女。


死んだ父の屋敷から。


こんな夜に。


一人で。


彼女は、こちらへ歩いてくる。


そして。


店の扉を開けた。


「お姉様」


その顔には、涙の跡があった。


「お願いです」


震える声。


「私を、殺してください」


私は目を細めた。


「……どうして?」


ミレーヌは、震える手で、胸元から小さな瓶を取り出した。


その中には。


あの青い錠剤が、十粒。


「これを飲まないと」


彼女は泣きながら笑った。


「――私が、次の王妃を殺してしまうんです」

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