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「毒にも薬にもならない女」と追放された伯爵令嬢は、王宮の毒殺事件を解き明かして、私を捨てた婚約者と義妹に薬指を突きつける  作者: kaka


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第5話 「死んだ王子からの手紙」

「――第一王子、レオンハルト殿下より」


その文字を見た瞬間。


私は、呼吸を忘れた。


手紙を持つ指先が、わずかに震える。


「……ありえませんわ」


隣にいたリディアが、呟いた。


「レオンハルト殿下は、三ヶ月前に亡くなったはずですもの」


「ええ」


私は手紙を見つめた。


封蝋。


紙。


インク。


そして、署名。


どれも偽物には見えない。


むしろ。


「本物ね」


「……何が?」


「この手紙を書いた人間は、レオンハルト殿下本人である可能性が高い」


リディアの顔が強張った。


「どうして、そこまで分かりますの?」


「文字だけじゃないわ」


私は封筒を開いた。


中には、二枚の紙が入っていた。


一枚目には、短い文章。


『アーシェラ・ヴィントへ』


『もし、この手紙が君の手に渡っているのなら、私は既に王宮では死者として扱われている』


『だが、私は生きている』


『そして、君の父、ハンス・ヴィントを信じてほしい』


私は、目を止めた。


父。


また、その名前。


『彼は裏切者ではない』


『五年前の計画書にある署名も、君が考えている意味ではない』


「……」


胸の奥が、嫌な音を立てた。


『ヴィント家は、三百年前から王家に仕えてきた』


『その役目は、毒見ではない』


私は、眉を寄せた。


毒見ではない?


では。


何のために。


『ヴィント家の本当の役目は――』


そこで。


文章が途切れていた。


「……ここで終わっていますわ」


リディアが、紙を覗き込む。


私は二枚目をめくった。


そこには、一枚の古びた図が描かれていた。


王都の地図。


宮殿。


王立薬草園。


地下水路。


そして。


王宮の地下深くにある、ひとつの施設。


そこには赤い印が付けられている。


『旧王立薬庫』


私は、地図を指でなぞった。


「ここ……」


「何ですの?」


「王宮の地下に、こんな施設があるなんて聞いたことがない」


「わたくしも存じませんわ」


「それに」


私は地図の端にある文字を見る。


小さな文字で、こう書かれていた。


『第三保管庫』


その下に。


『王家秘薬・原液』


私は息を呑んだ。


「原液……?」


「薬の?」


「分からない」


私は地図を裏返した。


そこに、さらに一文だけあった。


『毒を探すな。毒になる前の薬を探せ』


「……どういう意味でしょう?」


リディアが尋ねる。


私は答えなかった。


考える。


毒。


薬。


同じ物質でも、量や濃度によって作用は変わる。


薬効と毒性。


その境界は、決して明確ではない。


「毒になる前の薬……」


私は呟いた。


その瞬間。


頭の中に、何かが引っかかった。


王子が飲んでいた青い錠剤。


リディアに投与されていた亜砒酸。


エメラルド・グリーン。


そして、第一王子の死。


全部に共通しているもの。


「……薬」


「え?」


「毒そのものじゃない」


私は立ち上がった。


「最初から毒として作られたものじゃないのかもしれない」


「では、何だと?」


「薬として作られたものを、毒に変えている」


リディアが黙り込む。


私は机の上に並べた。


青い錠剤。


亜砒酸。


エメラルド・グリーン。


一見、関係のない三つ。


けれど。


「誰かが、薬を作る知識を持っている」


「……」


「そして、その薬を毒として使う方法を知っている」


私は拳を握った。


「だから、ヴィント家が狙われている」


ヴィント家は薬学の名門。


王家の毒見役。


そして。


薬と毒の境界を知る家。


「アーシェ」


リディアが、静かに口を開いた。


「レオンハルト殿下は、どうしてあなたに手紙を?」


「分からない」


「それに、なぜ今?」


「それも分からない」


私は手紙を見つめた。


けれど。


一つだけ、気になることがあった。


「この手紙」


「はい」


「レオンハルト殿下は、私が辺境にいることを知っている」


「……!」


そう。


私は王都では死んだことになっている。


私がアシュリー・ミルフィーヌとして生きていることを知っている人間は、ごく僅かだ。


父。


セバス。


リディア。


そして。


「レオンハルト殿下が生きているなら」


私は顔を上げた。


「殿下に、私の居場所を教えた人間がいる」


「つまり――」


「王宮の中に、私たちの味方がいる」


リディアの顔が険しくなった。


「逆に言えば」


「ええ」


私は頷いた。


「王宮の中に、私たちの敵もいる」


その時。


店の外から、馬の蹄の音が聞こえた。


カッ、カッ、カッ。


ゆっくり。


こちらへ近づいてくる。


リディアが窓の外を見る。


「誰か来ますわ」


私は窓際に立った。


一台の馬車。


黒塗り。


紋章はない。


けれど。


御者の服を見た瞬間、私は目を細めた。


「……王宮騎士団」


「え?」


「制服の袖口」


黒い刺繍。


王宮直属の騎士団が使う紋様。


馬車が店の前で止まった。


扉が開く。


一人の男が降りてくる。


銀色の髪。


長身。


黒い外套。


腰には剣。


「初めまして」


男は店の前で立ち止まった。


「アシュリー・ミルフィーヌ殿」


私は目を細める。


「……私に、何の用でしょう?」


男は、微笑んだ。


「あなたに会いに来ました」


「私に?」


「ええ」


彼は胸元から、王宮騎士団の身分証を取り出した。


「王宮騎士団第三隊、隊長」


「カイル・ヴァレン」


リディアが、小さく息を呑んだ。


「……嘘」


「ご存じなの?」


「王都では有名ですわ」


リディアが私に囁く。


「第一王子レオンハルト殿下の護衛騎士だった男です」


私はカイルを見る。


第一王子の護衛。


つまり。


彼も、レオンハルトが死んだことを知っているはず。


「カイル様」


「はい」


「あなたは、レオンハルト殿下が亡くなったと聞いていますよね?」


「もちろん」


「では」


私は手紙を取り出した。


「これは何でしょう?」


カイルの表情が。


初めて変わった。


ほんの一瞬。


けれど。


私は見逃さなかった。


「……それを、どこで?」


「質問に答えてください」


「……」


カイルは沈黙した。


そして。


小さく息を吐いた。


「殿下は、生きています」


リディアが息を呑む。


私は、黙って彼を見る。


「やはり」


「驚かないのですね」


「手紙を読んだばかりですもの」


「なるほど」


カイルが苦笑した。


「噂通りですね」


「何がです?」


「ヴィント家の《視える薬師》」


その言葉を聞いた瞬間。


私は警戒した。


「その名前を、どこで?」


「殿下から」


「……」


「レオンハルト殿下は、あなたを探していました」


「なぜ?」


「あなたの父上から、頼まれたからです」


胸が、跳ねた。


「父が?」


「はい」


カイルは頷いた。


「ハンス・ヴィント伯爵は、五年前から、殿下に接触していました」


「五年前……」


あの計画書。


私は拳を握る。


「何を話していたのです?」


「王家に入り込んだ、ある薬について」


「薬?」


「正確には、薬の原料です」


カイルが声を落とした。


「王家には、代々、秘薬がございます」


私は、レオンハルトの手紙を思い出した。


旧王立薬庫。


第三保管庫。


王家秘薬・原液。


「その秘薬は」


「昔から、王族の治療に使われてきた」


「なのに?」


「十年前から、少しずつ成分が変わっていた」


私は目を見開いた。


「……成分が?」


「ええ」


「誰かが混ぜ物を?」


「その可能性が高い」


私は考えた。


十年前。


父が五年前に計画書へ署名した。


だが。


計画そのものは、それより前から始まっていた。


「つまり」


私は呟いた。


「グロスヴァルドの計画は、五年前に始まったんじゃない」


カイルが頷く。


「もっと前です」


「では、なぜ五年前の計画書が?」


「その計画書は」


カイルは私を見る。


「偽物です」


「……え?」


「伯爵が署名した本物の文書は、別にあります」


私は息を呑んだ。


「どこに?」


カイルは答えなかった。


代わりに。


一本の小さな鍵を取り出した。


古びた銀色の鍵。


「殿下から、あなたへ」


私は鍵を受け取った。


冷たい。


けれど。


《組成視》が、その鍵に反応した。


銀。


鉄。


微量の金。


そして。


「……これは」


鍵の先端。


ごく微細な、黒い粉末。


私は顔を近づけた。


「眠り姫の露」


カイルが頷く。


「さすがですね」


「この鍵、誰が使ったの?」


「殿下です」


「いつ?」


「三ヶ月前」


――三ヶ月前。


私が追放された時期。


レオンハルトが死んだとされた時期。


リディアが毒を盛られ始めた時期。


そして。


父が私を逃がす計画を始めた時期。


全部。


繋がっている。


「アーシェ」


リディアが私を見る。


私は鍵を握りしめた。


「行きましょう」


「どこへ?」


「旧王立薬草園」


私は答えた。


「そこで、第一王子が残したものを探す」


カイルが首を振った。


「それでは遅い」


「え?」


「今夜、王宮で」


彼は、静かに告げた。


「第二王子ジェラルド殿下の即位式が始まります」


――息が止まった。


「即位……?」


「第一王子が死亡した以上、王位継承権は第二王子へ移ります」


リディアが立ち上がった。


「そんな……」


「すでに王太后も、重臣たちも承認しています」


私は手紙を見る。


そして。


最後の一文に気づいた。


さっきは読んでいなかった。


紙の一番下。


そこには。


小さな文字で。


こう書かれていた。


『即位させてはならない』


私は顔を上げた。


「カイル様」


「はい」


「レオンハルト殿下は、どこにいますか?」


カイルはしばらく黙っていた。


そして。


「王宮の地下です」


「……!」


「正確には」


彼は、私の手の中にある鍵を指差した。


「その鍵の先に」


私は、鍵を握りしめる。


「王家の秘薬庫があります」


カイルが、低い声で告げた。


「殿下は、そこで待っています」


「なら、急がないと」


私は薬草店の奥へ向かった。


白衣を取る。


薬箱を腰に掛ける。


解毒剤。


止血剤。


鎮静剤。


必要なものを、次々と詰め込んでいく。


リディアも立ち上がった。


「わたくしも行きますわ」


「当然でしょう」


「ふふ」


彼女が笑う。


「では、王宮へ戻るのですね」


「ええ」


私は振り返った。


三日前。


私は、王都から追放された。


魔力ゼロの無能。


毒婦。


役立たず。


そう呼ばれて。


けれど。


今は違う。


私は。


死んだ人間として。


もう一度、王都へ戻る。


「リディア」


「はい」


「もし、父が本当に無実なら」


「ええ」


「私は、父を助ける」


そして。


もし。


父が本当に罪を犯していたのなら。


「その時は」


私は静かに答えた。


「私自身の手で、父の罪を暴く」


リディアは頷いた。


「どちらでも、付き合いますわ」


「……ありがとう」


店の扉を開ける。


夜風が吹き込んできた。


辺境の街は、もう眠り始めている。


けれど。


遠く。


王都の方向には。


まだ、巨大な陰謀が蠢いている。


私は歩き出した。


その背中を、カイルが追う。


リディアが隣に並ぶ。


三人で。


夜の街道へ。


――その頃。


王都。


王宮大広間。


第二王子ジェラルドは、玉座の前に立っていた。


その手には。


青い錠剤。


「これを飲めば」


宰相グロスヴァルドが、微笑む。


「あなたは、立派な王になれます」


ジェラルドは、錠剤を口に入れた。


そして。


飲み込む。


「……そうか」


彼の瞳孔が、ゆっくりと開く。


「ならば」


口元が、不自然に歪んだ。


「まずは、ヴィント伯爵を処刑しよう」


その瞬間。


宰相の背後にいた男が、膝をついた。


「閣下」


「何だ?」


「王都郊外から、報告が」


「申せ」


男は震える声で告げた。


「――アーシェラ・ヴィントが、生きている可能性があります」


宰相の笑顔が消えた。


「……何?」


「目撃情報が」


「馬鹿な」


「ですが、確かに」


宰相は、しばらく黙っていた。


そして。


ゆっくりと笑った。


「そうか」


「閣下?」


「ならば」


彼は窓の外を見る。


夜空には、雲がかかっていた。


「今度こそ、本当に殺せ」


その声は。


王宮の冷たい石壁に。


静かに、響いた。

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