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「毒にも薬にもならない女」と追放された伯爵令嬢は、王宮の毒殺事件を解き明かして、私を捨てた婚約者と義妹に薬指を突きつける  作者: kaka


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第13話 「魔力ゼロ」の私が、王子の薬師だった

「――僕の薬師」


その言葉だけが、妙に耳に残った。


雨上がりの墓地。


レオンハルト第一王子の空っぽの棺を前にして、私は動けなくなっていた。


背後には、リディア。


そして、私たちを取り囲むように立つ王宮兵。


その中央にいるのは――ジェラルド殿下。


私を婚約破棄し、毒婦と呼び、王都から追放した男。


「久しぶりだね、アーシェラ」


ジェラルドは笑っていた。


夜会で見た、あの笑顔と同じ。


けれど。


違う。


私は、彼の首元を見つめた。


黒い痣。


蛇が、とぐろを巻いたような形。


その中心だけが、妙に青い。


《組成視》。


無意識に能力を使う。


視界が切り替わった。


皮膚。


血管。


筋肉。


そして――黒い痣の奥。


「……毒」


私が呟くと、ジェラルドの笑みが消えた。


「さすがだね」


「殿下」


「その目だよ」


彼は、自分の首筋に触れた。


「君が昔から僕に向けていた、その気味の悪い目」


「……昔?」


リディアが、私を見る。


私は答えられなかった。


昔。


そう言われても、思い出せない。


私はジェラルド殿下と幼い頃から婚約していた。


それは覚えている。


けれど。


彼に薬を渡した記憶など――。


ない。


「アーシェ」


リディアが、私の手を握った。


「大丈夫ですわ」


その声で、ようやく我に返った。


「ええ」


私はジェラルドを睨んだ。


「殿下。どうして、ここに?」


「決まっているだろう?」


ジェラルドは、空の棺を見た。


「兄上の墓参りだよ」


「……墓参り?」


「そう」


「では、なぜ兵を?」


「王族の墓だからね」


嘘。


《組成視》を広げる。


兵士たちの剣。


鎧。


靴。


そして、彼らの懐。


薬瓶。


一、二、三――。


全員が持っている。


しかも。


同じ薬。


私は息を止めた。


「その兵士たち」


「なんだい?」


「全員、同じ薬を持っていますね」


ジェラルドが笑った。


「さすが、僕の薬師だ」


まただ。


僕の薬師。


その呼び方には、明らかに意味がある。


「私は、殿下の薬師ではありません」


「今はね」


「……今は?」


ジェラルドは、懐から小さな銀色の瓶を取り出した。


その瞬間。


頭の奥が、痛んだ。


ずきん。


視界が揺れる。


薬瓶。


銀色。


青い液体。


その瓶を――私は知っている。


「……っ」


頭痛が酷くなる。


知らないはずの光景が、頭の中に流れ込んできた。


幼い私。


白い研究室。


薬草の匂い。


白衣を着た男。


そして。


目の前にいる、少年。


まだ幼いジェラルド。


『アーシェラ、これを飲めばいいの?』


『はい、殿下』


『苦くない?』


『少しだけです』


『じゃあ、君も一緒に飲んでよ』


『私は必要ありません』


『ずるい』


笑い声。


小さな手。


そして――。


「――やめて!」


私は頭を押さえた。


リディアが、すぐに肩を抱く。


「アーシェ!」


「大丈夫……」


嘘だった。


大丈夫ではない。


記憶が、途切れ途切れに蘇っている。


私は昔。


ジェラルドに、薬を渡していた。


でも。


なぜ?


私は魔力ゼロの無能令嬢。


薬師としての才能を知られていたのは、ヴィント家の中だけだったはず。


「思い出した?」


ジェラルドが、楽しそうに尋ねた。


「……何を」


「君が僕に薬を作っていたこと」


「違う」


「違わないよ」


ジェラルドは一歩近づいた。


「君は昔、僕の病気を治した」


「病気……?」


「僕は生まれつき、魔力が不安定だった」


私は目を見開いた。


それは、知らなかった。


「魔力が暴走すると、熱が出る。身体が壊れる。何度も死にかけた」


ジェラルドは、首元の痣を撫でた。


「その僕を助けたのが、君だ」


「……私が?」


「そう」


「でも、私は魔力ゼロです」


「だからだよ」


ジェラルドは笑った。


「君には魔力がなかった」


「……」


「だから、魔力に干渉しない薬を作れた」


頭の中で。


何かが、繋がった。


私は薬を作った。


ジェラルドに飲ませた。


何度も。


何年も。


けれど。


その薬は――。


「途中から、変えたでしょう?」


私が言うと。


ジェラルドの顔から笑みが消えた。


「……何を?」


「薬の中身」


私は、彼の首を見た。


黒い蛇の痣。


「最初は治療薬だった」


「……」


「でも途中から、違うものになった」


「アーシェラ」


「依存性を持たせた薬」


ジェラルドの目が細くなる。


「飲まなければ、身体が苦しくなる」


「……」


「飲めば、楽になる」


私は拳を握った。


「あなたは、薬に支配されている」


沈黙。


墓地を風が抜ける。


その風の中で。


ジェラルドが、笑った。


「――ようやく気づいたか」


「……」


「そうだよ」


彼は銀色の瓶を掲げた。


「君が作った薬を、僕は今でも飲んでいる」


「私が作った?」


「そう」


「そんな……」


「君は忘れているだけだよ」


その瞬間だった。


リディアが前に出た。


「それ以上、アーシェに近づかないでくださる?」


ジェラルドが彼女を見る。


「ああ。リディア」


「殿下」


「君も相変わらず、僕を嫌っているね」


「好きになる理由がございませんもの」


「そうかな?」


ジェラルドの視線が、彼女の手に落ちる。


「君の毒は、もう抜けたのかい?」


リディアの顔が強張った。


「……」


「砒素」


ジェラルドが、楽しそうに笑う。


「ずいぶん長いこと苦しんだだろう?」


「なぜ、それを……」


「僕が知らないとでも?」


ジェラルドは兵士に目配せした。


一人の兵士が、小さな箱を差し出す。


蓋を開ける。


中には。


砒素を含んだ薬瓶。


そして――。


「リディア様の薬の処方箋です」


私は紙を奪い取った。


そこに書かれている名前。


宮廷薬師。


ヘルマン。


そして。


処方の承認者。


「……グロスヴァルド」


私の声が低くなる。


やはり。


宰相が関わっている。


だが。


一つだけ、おかしい。


私は処方箋を《組成視》で見た。


インク。


紙。


押印。


すべてを確認する。


「……これ」


「どうしたの?」


リディアが尋ねる。


私は紙を裏返した。


「この処方箋、偽物です」


「え?」


「署名は本物。でも、日付が違う」


「日付?」


「三ヶ月前に作られたものじゃない」


私は紙を指でなぞった。


「これは――七年前の紙です」


ジェラルドの表情が変わった。


「……」


「七年前から、リディア様を殺す計画があった?」


「アーシェ」


リディアの声が震える。


私は、さらに処方箋を見る。


そこに。


小さな文字があった。


薬師なら見落とすほどの、端の端。


『第一段階――王子の治療』


『第二段階――王位継承』


『第三段階――ヴィント家の排除』


そして。


最後の一行。


私は息を呑んだ。


『第四段階――《視える薬師》の記憶封印』


「……記憶封印」


その言葉を口にした瞬間。


ジェラルドが動いた。


「アーシェラ!」


兵士たちが、一斉に剣を抜く。


リディアが私の腕を引いた。


「走りますわ!」


「でも――」


「説明は後!」


彼女に引っ張られ、私は墓地を走った。


背後から怒号。


「逃がすな!」


剣が石碑を砕く。


私たちは墓地の奥へ駆け込む。


その途中。


私は、ふと振り返った。


ジェラルドが立っている。


彼は追ってこなかった。


ただ。


首元の黒い蛇の痣を押さえながら。


笑っていた。


まるで。


私が何を思い出すのか。


すべて知っているように。


「アーシェ!」


「はい!」


「こっち!」


リディアが古い礼拝堂へ飛び込む。


扉を閉める。


二人で息を整える。


「……助かりましたわ」


「まだです」


私は答えた。


「何が?」


私は、処方箋を見つめる。


「私は、記憶を封じられている」


リディアの顔が強張る。


「七年前」


私は、ゆっくり言った。


「私がジェラルド殿下の薬を作っていた頃」


「……」


「父上は、それを知っていた」


「ええ」


「そして、私の記憶を封じる必要があるほどの何かを、私は知っていた」


リディアが黙った。


「アーシェ」


「何?」


「怖くはありませんの?」


私は少し考えた。


怖い。


もちろん。


でも。


それ以上に。


知りたかった。


「怖いわ」


私は笑った。


「でも、薬師でしょう?」


「え?」


「病気を治すには、まず原因を調べる」


私は処方箋を握りしめた。


「だったら、自分自身の記憶だって同じよ」


リディアが、ふっと笑う。


「……本当に、あなたらしいですわ」


「そう?」


「ええ」


彼女は私の手を取った。


「では、一緒に調べましょう」


「ええ」


「あなたが忘れた七年前を」


「ええ」


その時。


礼拝堂の奥から。


――こと。


小さな音がした。


私たちは同時に振り返った。


誰もいない。


古びた祭壇。


壊れた聖像。


その下に。


一冊の本が落ちている。


私は近づいた。


拾い上げる。


表紙には、名前が書かれていた。


『ヴィント伯爵家・薬学記録』


「……父上の?」


ページを開く。


最初の数ページは、普通の薬学記録だった。


薬草。


毒草。


解毒剤。


王家への納品記録。


けれど。


七年前の日付のページだけ。


ごっそり切り取られている。


「また……」


私は歯を食いしばった。


核心に近づくたび。


誰かが記録を消している。


その時だった。


リディアが、本の背表紙を指差した。


「アーシェ」


「何?」


「ここ」


背表紙の内側。


小さな封筒が、挟まっていた。


私は取り出す。


宛名は。


『アーシェラへ』


父の字だった。


震える指で封を開く。


中には、一枚の紙。


たった一行。


『お前がこの手紙を読んでいるなら、私はもう、お前に真実を話せない』


心臓が、跳ねた。


その下に。


もう一行。


『七年前、お前はジェラルド殿下を救ったのではない』


私は、息を止めた。


『――お前は、ジェラルド殿下を殺しかけた』


「……え?」


手紙が、指から落ちた。


リディアが拾い上げる。


そして。


二人で、その続きを読む。


『そして、その事件を利用した者がいる』


『王子の命を救った薬師としてではなく』


『王子を殺しかけた薬師として』


『お前の記憶を封じた』


最後の一文。


そこだけ。


父の筆跡が、ひどく乱れていた。


『アーシェラ。もし記憶を取り戻したなら――』


『絶対に、ジェラルドを信じるな』


私は顔を上げた。


「……リディア」


「ええ」


「どうして父上は、こんな手紙を残したのかしら」


「わかりませんわ」


「でも、一つだけ分かった」


私は立ち上がった。


「私の『魔力ゼロ』は、ただの才能の話じゃない」


七年前。


王子。


薬。


記憶封印。


父。


宰相。


そして、空の棺。


すべてが一本の糸で繋がり始めている。


その時。


礼拝堂の外から。


男の声がした。


「――アーシェラ様」


私は凍りついた。


聞き覚えがある。


あの声は。


セバスだった。


けれど。


あり得ない。


セバスは私を辺境へ逃がした。


そして王都では、私を殺したことになっている。


扉の向こうから。


もう一度、声がした。


「お嬢様。お願いです」


「……セバス?」


「扉を開けてください」


私はリディアと顔を見合わせた。


そして。


扉の向こうから、最後の言葉が響いた。


「――旦那様が、殺されました」


世界が。


一瞬、音を失うのだった。

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