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だが。
あたしたちの予想はみごとに外れた。
一週間たっても二週間たっても、ミツオは部活にいくことをやめない。
それどころか、かなりまじめに練習に打ちこんでいるなんてうわさまで、学校中に流れるしまつ。
ヤンキーミツオのとつぜんのボクシング部入部のうわさは、あたしたちだけではなく全校生徒の耳にも届いているようだ。
あぶない男の突飛な行動にみんなかげで興味しんしんっていう感じ。
次の夏休みに素手で熊を殺しにいくとか、やくざの会社に就職するために必要な条件なんだとか、でたらめなうわさが学校中にひろまっていた。
尾びれ背びれどころか、デザートにジャンボパフェまでついている。だが、そんな根も葉もないうわさよりも、さらにおどろくべきことがあった。
それは最近のミツオがまったく遅刻をしなくなったということだ。
ミツオは早朝の部活に出て、ひととおりのロードワークをすませるとホームルームから授業に出る(もっとも授業中はいびきをかくほど熟睡しているが)。
そして授業ごとの休み時間は、チャイムと同時に目を開ける。そしてにこにこあたしの席にやってくる。
「ふたばあ。あのねえ、おれねえ……」
まあ。だいたいこんな感じだ。
季節はさっさと梅雨に入り、長い雨の時期になった。
ある雨ふりの放課後。
ちょっとした用事があり、シホと土手のとおりをとおって帰った。
蒸し暑く、じめじめとして、しつこい雨が朝からずっとふりやまない、どんよりとした暗い夕方。
無表情な社宅の壁を右手にして、土手のとおりを傘をさしてシホと歩いた。
そういえば数週間まえ、この場所でヒトシと別れたんだよな。
そんな思い出がよみがえり、ふいに川原に視線をうつす。
雨に濡れて深く色づく緑の芝。ずっと奥には灰色ににごった広い川。川原のところにジャージの上下を着用した男の姿をあたしは見た。
「あれミツオじゃない?」
遠くの川原を指さしながらシホがいう。
トレードマークの金髪ボウズはすっぽりかぶったフードで隠れているが、間違いない。あのジャージには見覚えがあった。入部初日にミツオがうれしそうに、あたしのところにわざわざ見せにきた。
「あいつ、この雨のなかひとりでこんなところまで練習にきてるんだ」
シホはおどろいたようすで声を出す。
あたしたちが見ているかんも、ミツオは必死に練習している。
川原から芝に向かってとつぜんダッシュ。
急な斜面をのぼったりおりたり、わき目も振らずにそれを何度もくり返している。
もちろん土手を歩くあたしたちのことなんて、まるで見てない。
あたしはヒトシと別れた日に、あの急な斜面を駆けあがったから、そのきつさは身に染みてわかる。
ミツオの練習はとことんまで自分と向きあい、心と身体を痛めつける、そんな練習だ。
「すごいね、たしかに」
あたしはボクシング部の練習風景を始めてまともに見た。
ヒトシのころも試合はともかく、練習を見にいったことは一度もなかったし、ミツオ入部の話を聞いたときもちらとのぞいて帰っただけだ。
こんな過酷な練習をひとり黙々としている同級生の姿を目のあたりにして、思わず言葉をもらしてしまった。
「ねえ、ふたば。声かけてあげれば」
横を歩くシホがいう。
「あんたに応援してもらえば、あのヤンキーモンキー、もっと気合いが入ると思うよ」
「ううん。いい」
あたしは首を左右に振った。
「あんなにまじめに練習してるやつにちゃらちゃら声なんてかけて、気を散らせないよ。それにあんなに集中してるんだもん。たぶん今声なんてかけたって、誰の言葉もきこえないでしょ。今のミツオ、このしとしと雨が気にならないくらいなんだから」
シホは鼻でふっと笑った。
「だね」
そしておだやかに短くいう。
「じゃあ、あたしたちは帰ろうか」
「うん」
土手の先に向かってあたしたちは歩を進める。
少し歩いたところで、あたしはうしろを振り返った。
芝の斜面では、まだミツオが自分をいじめぬいていた。




