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亀の瀬異聞録  作者: こうた
第十章「呪いの目覚め」

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第三話「消えた集落」

夜明け前。



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亀の瀬。



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山々を包む霧は、昨日よりも濃かった。



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写し人を祓ってから一夜。



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誰一人、安らかに眠ることはできなかった。



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真琴は、第二黒帳に残された断片的な記録を机に広げる。



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「写し人は自然に生まれた怪異じゃない。」



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「誰かが意図的に呪いを増幅させている。」



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神崎颯真が静かに頷く。



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「この先に、廃村がある。」



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「二十年前、一夜で村人全員が消えた。」



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「誰も遺体を見つけられなかった。」



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真之介が立ち上がる。



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「そこへ行こう。」



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山道を進む。



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倒れた鳥居。



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朽ちた石仏。



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崩れかけた民家。



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集落へ近づくにつれ、空気は重くなっていく。



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咲が突然立ち止まる。



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「……静かすぎる。」



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風は吹いている。



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だが、葉擦れの音さえしない。



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まるで音だけが消えた世界だった。



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綾乃が古井戸を覗き込む。



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「誰かいる!」



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全員が駆け寄る。



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井戸の底。



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人影が見える。



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縄を下ろし、引き上げる。



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しかし──



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それは人ではなかった。



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木で作られた人形だった。



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人形の胸には墨で書かれている。



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「代わり」



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神崎の表情が険しくなる。



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「これは封印術じゃない。」



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「身代わりの呪術だ。」



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その瞬間。



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集落中の家の障子が、一斉に開いた。



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バタン。



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バタン。



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バタン。



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誰もいないはずの家々。



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その中から。



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人々がゆっくりと姿を現す。



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老人。



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子ども。



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母親。



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農夫。



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皆、無表情だった。



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真之介が息をのむ。



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「生きているのか……?」



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真琴が首を振る。



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「違う。」



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「記録だけが動いている。」



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老人が口を開く。



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「帰ってきた。」



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子どもが笑う。



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「ようやく帰ってきた。」



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母親が手を伸ばす。



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「私たちを、思い出して。」



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咲は涙を浮かべる。



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「この人たちは……。」



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「本当に忘れられた人たちなんだ。」



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その時だった。



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集落の中央にある祠から。



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黒い霧が噴き出した。



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霧は人々を包み込み、一人、また一人と黒い影へ変えていく。



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真之介が叫ぶ。



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「下がれ!」



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しかし遅かった。



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黒い影は一つに集まり。



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巨大な異形へと姿を変える。



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無数の顔。



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無数の腕。



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そして。



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胸には無数の名前が刻まれていた。



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神崎が低く呟く。



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「これは……。」



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「集合呪霊。」



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「忘れられた者たちの怨念が、一つになった怪異だ。」



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その異形が。



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真之介たちへ向かって、一歩踏み出した。



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同時に。



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山の頂から、一人の男が静かにその光景を見下ろいていた。



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黒い外套。



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右手には、第二黒帳。



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黒川は静かにページをめくる。



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「いい。」



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「呪いは、順調に育っている。」



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だが、その背後には。



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黒川ですら気づいていない"何者か"が立っていた。



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顔は見えない。



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ただ、低い声だけが響く。



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「まだ足りない。」



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「もっと恐怖を集めろ。」



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黒川がゆっくり振り返る。



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「……誰だ。」



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返事はない。



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その存在は霧のように消えていた。



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黒川の表情から、初めて笑みが消える。



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「私の知らない存在……?」



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亀の瀬で。



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新たな"悪意"が動き始めていた。



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第十章 第三話「消えた集落」 終

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