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亀の瀬異聞録  作者: こうた
第一章:仏生堂の影 ― 生贄の地 ―

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第九話 地下祭壇の記録

ガコン――。


石が動く音は、地下神殿全体に反響した。


庄吉は即座に刀を構える。



---


音は祭壇の奥から聞こえていた。



---


先ほどまで何もなかったはずの壁。


その一部がゆっくりと開いている。



---


隠し部屋だった。



---


冷たい空気が流れ出してくる。



---


だが、その冷たさは外の山の冷気とは違う。



---


何百年も閉ざされていた場所の空気。



---


そんな匂いだった。



---


さくらが不安そうに呟く。



---


「開いた……」



---


「知っているのか」



---


少女は首を横に振る。



---


「見たことはない」



---


「でも……」



---


彼女の表情が曇る。



---


「嫌な感じがする」



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庄吉も同感だった。



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刀を手にしたまま隠し部屋へ足を踏み入れる。



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中は意外なほど狭かった。



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石棚が並んでいる。



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木箱。



---


巻物。



---


帳面。



---


大量の記録が保管されていた。



---


庄吉は一冊の帳面を手に取る。



---


表紙にはこう記されていた。



---


『奉納記録』



---


供物帳と似ている。



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しかしこちらはもっと古い。



---


庄吉は慎重に開いた。



---


そこには年月日と名前だけではなく。



---


詳細な記録が書かれていた。



---


> 承久二年


少女一名奉納


山鳴り収まる





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次のページ。



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> 建長五年


男児二名奉納


地割れ止まる





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次のページ。



---


> 永仁元年


女一名奉納


水害収まる





---


庄吉は唇を噛んだ。



---


本当に行われていた。



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何百年も。



---


延々と。



---


人が。



---


人を。



---


捧げ続けていた。



---


その時だった。



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一枚の紙が帳面から落ちる。



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庄吉は拾い上げた。



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紙は他の記録と違った。



---


筆跡も違う。



---


そして何より。



---


書かれている内容が異様だった。



---


> 奉納は無意味である





---


庄吉は目を見開く。



---


続きを読む。



---


> 山は鎮まらぬ


神も存在せぬ


奴は飢えを装う





---


庄吉の心臓が強く脈打つ。



---


さらに読む。



---


> 生贄が捧げられるたび


奴は強くなる





---


静寂。



---


庄吉は紙を握りしめた。



---


今まで信じられてきたこと。



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全てが逆だった。



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生贄によって封印されていたのではない。



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生贄によって育てられていた。



---


その時。



---


さくらが震え始めた。



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「来る」



---


庄吉が振り向く。



---


少女の顔が青白くなっている。



---


「何がだ」



---


「見て」



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さくらが祭壇を指差した。



---


庄吉は部屋を飛び出す。



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祭壇へ戻る。



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そして凍りついた。



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祭壇の周囲に。



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無数の人影が立っていた。



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先ほどまでいた怨霊達ではない。



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もっと古い。



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もっと異様な存在。



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白装束。



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顔の無い人々。



---


目も。



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鼻も。



---


口もない。



---


のっぺりとした顔。



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それが数十人。



---


祭壇を囲んでいる。



---


そして。



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全員が庄吉を見ている。



---


いや。



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顔が無いのに。



---


確かに見ている。



---


庄吉は刀を握り直した。



---


一体が動く。



---


ゆっくり。



---


ぎこちなく。



---


人形のように。



---


そして。



---


全員が同時に口を開いた。



---


本来あるはずのない口が裂ける。



---


顔の中央が縦に割れる。



---


中は真っ黒だった。



---


そして。



---


同じ言葉を発した。



---


> 「奉納の時だ」





---


庄吉の背筋が凍る。



---


> 「奉納の時だ」





---


> 「奉納の時だ」





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何十もの声が重なる。



---


地下神殿全体が震える。



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門の亀裂が広がる。



---


一本だった亀裂が。



---


二本。



---


三本。



---


増えていく。



---


封印が弱まっている。



---


さくらが叫ぶ。



---


「だめ!」



---


「聞いちゃだめ!」



---


だが声は止まらない。



---


> 「奉納の時だ」





---


> 「奉納の時だ」





---


> 「奉納の時だ」





---


その時。



---


庄吉の耳元で別の声がした。



---


すぐ後ろだった。



---


> 「お前が次だ」





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庄吉は振り返る。



---


誰もいない。



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しかし。



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肩に手が置かれていた。



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冷たい。



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人間の手。



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ゆっくりと。



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首筋へ伸びてくる。



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庄吉は反射的に刀を振るった。



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ザンッ――!



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空を斬る感触。



---


だが悲鳴が上がる。



---


顔の無い人影の一体が真っ二つになった。



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その瞬間。



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人影の中から大量の黒い煙が噴き出す。



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煙の中には無数の顔。



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苦しむ顔。



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泣く顔。



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怒る顔。



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庄吉は理解した。



---


この怪異達は。



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一人ではない。



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犠牲者達の怨念の集合体だ。



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そしてその背後には。



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もっと巨大な何かがいる。



---


門の奥で。



---


それが笑った。



---


> 「よい」





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低い声。



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地の底から響く声。



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> 「よい怒りだ」





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庄吉の顔色が変わる。



---


奴は見ている。



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観察している。



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まるで庄吉の感情を味わうように。



---


そして。



---


門の亀裂から。



---


今度は目ではなく。



---


黒い腕が伸び始めた。



---


人間の形をしている。



---


だが大きさは異常だった。



---


その腕だけで人間の身体ほどある。



---


封印の主が。



---


ついに外へ出ようとしていた。



---


第十話へ続く。

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