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亀の瀬異聞録  作者: こうた
第一章:仏生堂の影 ― 生贄の地 ―

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第十一話 石碑の真実

神殿の崩落が始まっていた。


天井から落ちる岩。


砕ける石柱。


揺れ続ける大地。



---


それでも庄吉は足を止めた。



---


崩れた壁の奥。


そこに現れた石碑に目を奪われたからだった。



---


高さは人の背丈の三倍ほど。


黒い石で造られている。



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そして表面には無数の文字。



---


庄吉は松明を近づけた。



---


古い。



---


あまりにも古い。



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だが読める部分もあった。



---


> 山を鎮めるために捧げるな





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庄吉は目を見開く。



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さらに読む。



---


> 捧げるほど飢える





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胸が強く脈打つ。



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さらに下。



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> 奴は神ではない





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その瞬間。



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背後で門が激しく揺れた。



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ドン!!



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縄が一本切れる。



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庄吉は振り返る。



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門の亀裂がさらに広がっていた。



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その隙間の向こう。



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巨大な影が蠢いている。



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まだ姿は見えない。



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だが確実に近づいている。



---


庄吉は再び石碑へ目を向けた。



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最後の部分。



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そこにはこう刻まれていた。



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> 奴は人の怨みを喰らう





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> 怒りを喰らう





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> 悲しみを喰らう





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> 恐怖を喰らう





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> 生贄を捧げる限り滅びぬ





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庄吉は全てを理解した。



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藤富家も。



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仏生堂も。



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何代も前の村人達も。



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騙されていたのだ。



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供物を捧げれば山は鎮まる。



---


そう信じ込まされていた。



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だが実際は逆だった。



---


生贄こそが奴の餌だった。



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さくらが震える声で言う。



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「私達が増えたのは」



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「みんなが捧げられたから」



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庄吉は拳を握る。



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怒りが込み上げる。



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何百年。



---


いや。



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千年近く。



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同じことが繰り返されてきた。



---


その時だった。



---


門の向こうから声が響く。



---


> 気付いたか





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低く。



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巨大な声。



---


封印の主だった。



---


> だが遅い





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ドン!!



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さらに縄が切れる。



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残りは数本。



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さくらが後ずさる。



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庄吉は刀を構えた。



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「出てくるつもりか」



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すると。



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封印の主が笑った。



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> まだだ





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> 今はまだ





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> だがいずれ出る





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庄吉は違和感を覚える。



---


今はまだ?



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完全には出られないのか。



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その時。



---


石碑の裏面に文字があることに気付く。



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庄吉は松明を向ける。



---


そこには短く書かれていた。



---


> 八つの守り石を探せ





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> 全て砕けば怨みは解放される





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庄吉の目が見開かれる。



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八つの守り石。



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後の時代に竹内浩一が追うことになる石像の最初の記録だった。



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だが庄吉には分からない。



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今はただ。



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この言葉が重要だということだけ。



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その瞬間。



---


神殿全体が大きく傾いた。



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崩落が加速する。



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さくらが叫ぶ。



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「逃げて!」



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庄吉は石碑の文字を急いで紙へ写す。



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石碑そのものは持ち出せない。



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だが記録だけは残さなければならない。



---


後の世代へ。



---


誰かへ。



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未来へ。



---


それだけを書き終えた時。



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天井が砕けた。



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巨大な岩が落下する。



---


庄吉は飛び退く。



---


しかし。



---


少女の悲鳴が聞こえた。



---


さくらだった。



---


岩の下敷きになりそうになっている。



---


庄吉は迷わなかった。



---


飛び込む。



---


さくらを突き飛ばす。



---


次の瞬間。



---


轟音。



---


岩が庄吉へ直撃した。



---


骨が砕ける音。



---


血が飛び散る。



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庄吉は地面へ倒れた。



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意識が遠のいていく。



---


さくらが泣いていた。



---


「いや!」



---


「いや!」



---


庄吉は微笑んだ。



---


痛みは不思議と感じない。



---


ただ。



---


やるべきことは終えた。



---


懐から紙を取り出す。



---


石碑を書き写した記録。



---


それをさくらへ渡す。



---


「これを」



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「残せ」



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さくらは泣きながら受け取る。



---


「誰に?」



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庄吉は微笑む。



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そして。



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初めて確信する。



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この戦いは自分では終わらない。



---


もっと長い。



---


何代にも渡る戦いだ。



---


「次の者に」



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それが最後の言葉だった。



---


庄吉の手から力が抜ける。



---


瞳が閉じる。



---


西村庄吉。



---


享年二十四。



---


亀の瀬の呪いへ最初に立ち向かった男は。



---


ここで命を落とした。



---


しかし。



---


その死は終わりではなかった。



---


さくらが握る記録。



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石碑の写し。



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それは十年後。



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一人の若い武士へ受け継がれる。



---


その名は――


西村徳蔵。



---


庄吉の息子。



---


父の遺した記録を手に。



---


亀の瀬の呪いへ再び足を踏み入れることになる。



---


第一章 仏生堂の影 完



---


第二章 飢饉と帰る死人(1830年)へ続く。

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