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亀の瀬異聞録  作者: こうた
第八章「呪われた記録」

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第五話「名前を書く本」

廃印刷工場。



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時間が止まったような空間。



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紙。



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本。



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記録。



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その全てが黒い文字に侵食されていた。



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墨塗りの男。



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黒い存在は。



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真之介たちを見下ろしていた。



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『藤富真之介』



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名前を呼ばれた瞬間。



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真之介の背筋に寒気が走る。



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「なぜ俺の名前を知っている」



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墨塗りの男は答える。



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『記録されているからだ』



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『お前だけではない』



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男が手を上げる。



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すると。



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積み上がった紙が一枚。



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空中へ浮かぶ。



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そこには。



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『藤富真之介』



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その下。



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文字が増える。



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『罪』



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『失敗』



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『後悔』



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真之介の表情が変わる。



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それは。



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自分自身が隠していたものだった。



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「やめろ」



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『なぜ』



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『記録とは真実だ』



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『人間は隠す』



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『忘れる』



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『しかし黒帳は残す』



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咲が耳を塞ぐ。



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「やめて……」



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彼女にも見えていた。



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紙に浮かぶ文字。



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『咲』



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『未来を見る』



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『未来を救えない』



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「違う……」



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咲の顔から血の気が引く。



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綾乃が叫ぶ。



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「惑わされないで!」



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「これは記録じゃない」



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「攻撃よ!」



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墨塗りの男が綾乃を見る。



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『理解が早い』



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『だから危険だ』



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その瞬間。



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工場中の紙が舞い上がった。



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まるで吹雪。



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視界が奪われる。



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真之介は咲を守る。



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しかし。



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一枚の紙が。



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真之介の腕に触れた。



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瞬間。



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激痛。



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腕に黒い文字。



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『負傷』



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文字が浮かぶ。



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そして。



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本当に。



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腕から血が流れ始めた。



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「……」



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真之介は理解する。



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書かれたことが。



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現実になる。



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「黒帳は」



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真琴が震えながら言う。



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「未来を予言しているんじゃない」



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「現実を書き換えている」



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墨塗りの男。



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『正解だ』



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『記録する』



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『それだけだ』



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「そんなもの」



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真之介は睨む。



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「人間じゃない」



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墨塗りの男は首を傾ける。



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『人間が作った』



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その言葉。



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全員が止まる。



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「何?」



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『黒帳は生まれた』



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『人間の記録から』



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『人間の嘘から』



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『人間の隠した罪から』



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「誰が作った」



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しばらく沈黙。



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そして。



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墨塗りの男は答えた。



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『藤富家』



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空気が凍る。



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宗一郎がいない場所で。



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また。



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藤富家の罪。



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「嘘だ」



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綾乃が否定する。



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「藤富家は守ってきた」



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『守った?』



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墨塗りの男は笑う。



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『違う』



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『閉じ込めた』



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その時。



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工場の奥。



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古い机。



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その上に。



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一冊の本。



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誰も触れていないのに。



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開いた。



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表紙。



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黒い文字。



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『相馬誠二』



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真之介が駆け寄る。



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ページをめくる。



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最後の記録。



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『真実を見つけた』



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『しかし』



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文字が滲む。



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『記録者に選ばれた』



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その下。



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最後の一文。



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『まだ生きている』



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「相馬は生きている……」



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その瞬間。



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本の奥から。



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小さな声。



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「……助けてくれ」



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相馬誠二の声だった。



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しかし。



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声は本の中から聞こえる。



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墨塗りの男が告げる。



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『彼はもう』



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『人間の世界にはいない』



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第八章 第五話


「名前を書く本」




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次の第六話では、


相馬誠二がいる「記録の中の世界」


真之介が救出を試みる


黒帳の使者の正体


藤富家が黒帳を生んだ理由



へ進みます。

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