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亀の瀬異聞録  作者: こうた
第七章「失われた三つの石」

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第二話「消された名前」

明治三十三年。



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藤富家の屋敷には、


以前とは違う空気が流れていた。



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誰も口には出さない。



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しかし。



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全員が感じていた。



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何かが戻ってきた。



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そんな感覚を。



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「榊原清十郎」



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真之介は客間で老人と向き合っていた。



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「あなたは守り石を管理していたと言ったな」



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老人は静かに頷く。



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「ええ」



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「なら聞きたい」



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真之介は机の上に置かれた石片を見る。



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「これは何だ」



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老人はすぐには答えなかった。



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しばらく石を見つめる。



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そして。



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「それは」



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「守り石ではありません」



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真之介の表情が変わる。



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「違う?」



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「八つの石とは別物です」



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咲も横で聞いていた。



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「では……何のための石なんですか?」



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老人は答えた。



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「記録するための石です」



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部屋の空気が重くなる。



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第九。



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記録する存在。



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その言葉と繋がる。



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「第九と関係が?」



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真之介が聞く。



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老人は首を振った。



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「第九より前です」



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その言葉。



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真之介は動きを止めた。



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第九より前。



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そんなものがあるのか。



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「藤富家の記録では」



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老人は続ける。



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「昔から八つの石を守ることだけが伝わっています」



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「しかし」



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「初代の記録には違うことが書かれていた」



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老人は古い紙を取り出した。



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黄色く変色した紙。



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文字は薄い。



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しかし。



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読める。



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『八つは扉』



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『九は記憶』



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『十は意志』



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そして。



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最後。



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黒く塗りつぶされた一文。



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『三つは――』



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そこで終わっている。



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「三つは何だ」



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真之介が聞く。



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老人は目を伏せた。



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「分かりません」



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「ただ」



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「その続きを読んだ者は」



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「皆、同じことを言いました」



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「何と?」



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老人は答えた。



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「見なければよかった」



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その夜。



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真之介は眠れなかった。



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頭の中に残る。



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「三つは」



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という言葉。



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八つの守り石。


第九。


第十。



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その先。



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考えたくなかった。



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深夜。



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屋敷の廊下。



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足音。



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「誰だ」



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真之介が灯りを持つ。



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しかし。



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誰もいない。



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ただ。



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床に濡れた足跡があった。



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外は雨ではない。



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屋敷の中に。



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水の跡。



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足跡は。



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古い地下保管庫へ続いていた。



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「……」



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真之介はゆっくり階段を下りる。



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地下。



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そこには。



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昨日見つけた扉。



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しかし。



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今は。



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扉が開いていた。



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中を見る。



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昨日は石片だけだった。



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しかし。



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今日は違った。



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壁に。



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文字が浮かんでいる。



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『第一の石』



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『第二の石』



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『第三の石』



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消された名前。



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そして。



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最後に。



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『失われた三つ』



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真之介は近づく。



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その瞬間。



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壁の奥から声。



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『戻せ』



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「誰だ!」



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返事。



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『戻せば』



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『全てが終わる』



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真之介は警戒する。



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「何を戻す」



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しばらく沈黙。



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そして。



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『記憶』



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その瞬間。



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咲が苦しそうに頭を押さえた。



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「……痛い」



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「咲!」



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彼女の目に。



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見知らぬ景色が映っていた。



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燃える村。



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泣く人々。



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そして。



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三つの石を持つ人間。



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「見える……」



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咲が震える。



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「昔の……」



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「違う……」



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「これは……」



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彼女が言葉を失う。



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「未来……?」



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真之介は凍りついた。



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過去を記録する石。



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未来を見る存在。



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その矛盾した力。



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そして。



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地下の奥から。



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新しい音。



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何かが。



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目覚めたような音。



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第七章 第二話

「消された名前」

終。

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