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亀の瀬異聞録  作者: こうた
第五章 文明開化の怪異録

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第一話「教師と蔵」

明治十年。


西暦一八七七年。



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日本は変わり始めていた。



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侍は姿を消し。


刀は街から消え。


学校が建ち。


電信線が張られ。


蒸気機関車が走る。



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文明開化。



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誰もが未来を語る時代だった。



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だが。



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仏生堂だけは違った。



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ここでは百年前と同じ風が吹く。


二百年前と同じ山がそびえる。


そして。


死者の気配だけが増え続けていた。



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山の麓にある寺から鐘の音が響く。



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ゴーン……



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葬列がゆっくりと進む。



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今日の死者は一人。



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藤富宗景。



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享年八十三。



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仏生堂最後の語り部。



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そして。


第四章の生き残りだった。



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葬儀は静かに終わった。



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参列者が帰る。


親族も散る。



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夕方。



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一人だけ残っていた男がいた。



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藤富真之介。



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二十七歳。



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村の教師。



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黒い洋装を着ている。



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藤富家の血を引いているが。


家の伝承など一切信じていない。



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「怪異だの呪いだの」



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真之介は苦笑した。



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「そんなものあるわけない」



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宗景が生前語っていた話。



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守り石。


地下の存在。


死者の記録。



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全部迷信。



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全部作り話。



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そう思っていた。



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そのはずだった。



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「蔵を整理するか」



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日が沈む前に終わらせたい。



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真之介は藤富家の古い蔵へ向かった。



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重い扉を開く。



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ギィ……



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埃の匂い。



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古紙の匂い。



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湿った木材の匂い。



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何十年も変わらない空間。



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宗景はこの場所を決して他人に触らせなかった。



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真之介は灯りを持ち上げる。



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棚が並ぶ。



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巻物。


文書。


帳面。



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どれも古い。



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そして。



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異常なほど多い。



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「全部読むのに何年かかるんだ……」



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ため息をつく。



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その時だった。



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足元で何かを踏む。



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パサッ。



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紙だった。



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一冊の帳面。



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床に落ちている。



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不自然だった。



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他の記録は棚に並んでいる。



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これだけが落ちている。



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まるで。



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誰かが置いたように。



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真之介は拾い上げる。



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表紙には名前があった。



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『木村源次記録帳』



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その瞬間。



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なぜか寒気が走った。



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聞いたことのない名前。



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しかしどこかで知っている気がする。



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真之介は首を振った。



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気のせいだ。



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そう思いながらページを開く。



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最初の頁。



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そこには筆で書かれていた。



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『これを読む者へ』



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真之介は少し笑う。



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よくある書き出しだ。



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昔の記録にはありがち。



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だが。



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次の文章で笑みが消えた。



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『私は死ぬ』



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『だが石は残る』



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『八つの守り石は封印ではない』



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真之介の指が止まる。



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守り石。



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宗景が何度も口にしていた単語。



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「偶然か」



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ページをめくる。



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そこには詳細な図面。



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山の地形。



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石の配置。



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距離。



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角度。



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寸法。



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異常なほど正確だった。



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迷信を書く人間の記録ではない。



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技術者の記録。



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数学者の記録。



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まるで測量報告書。



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真之介の興味が湧く。



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教師として。



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理屈を愛する人間として。



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これは面白かった。



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「本当に測ったのか?」



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紙の上に定規を当てる。



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比率を計算する。



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すると。



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奇妙なことに気付いた。



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石の配置が規則的だった。



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偶然ではない。



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意図的。



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何かの図形を作っている。



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巨大な。



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山全体を使った構造。



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真之介の眉が動く。



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「なんだこれ」



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その時。



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風もないのに。



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ページが勝手にめくれた。



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パラッ。



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パラパラッ。



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真之介は手を止める。



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紙が止まったページ。



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そこには短い文章。



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『敵は怨霊ではない』



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真之介は息を吐く。



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「だから何だ」



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そう呟いた瞬間。



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蔵の奥で音がした。



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コツ。



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誰かの足音。



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真之介は振り返る。



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誰もいない。



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当然だ。



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蔵には一人しか入っていない。



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しかし。



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再び音がする。



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コツ。



---


コツ。



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今度は近い。



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真之介は灯りを持つ。



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ゆっくり奥へ進む。



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棚の陰。



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暗闇。



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誰もいない。



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だが。



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何かがいる気配だけがあった。



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その時。



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足元にもう一冊の帳面が落ちていた。



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今までなかったはずの場所に。



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真之介は凍りつく。



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表紙を見る。



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そこには名前。



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『高橋咲 採取記録』



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蔵の中は静かだった。



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だが真之介の胸だけが騒いでいた。



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偶然ではない。



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誰かが置いたのか。



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いや。



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置けるはずがない。



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ここには誰もいない。



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そのはずなのに。



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蔵のさらに奥。



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灯りの届かない暗闇の中で。



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何かが立っている気がした。



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見えない。



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見えないはずなのに。



---


確かに。



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そこに。



---


何かが。



---


いる。



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(第五章 第一話 続く)

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