第六話「留魂石」
鐘の音は止まなかった。
---
ゴーン……
---
ゴーン……
---
石室の奥から響いてくる。
---
耳で聞いている音ではない。
頭の内側で鳴っている。
---
源次は思わず耳を塞いだ。
しかし変わらない。
---
宗景も顔をしかめている。
---
「聞こえるのか」
---
「……ああ」
---
それだけで十分だった。
幻聴ではない。
二人とも聞いている。
---
石室の中へ足を踏み入れる。
---
空気が変わった。
---
外の山とは別世界だった。
---
湿っている。
だが腐臭はない。
---
むしろ妙に清潔だ。
---
何百年も閉ざされていたはずなのに。
---
まるで昨日掃除されたかのように。
---
床には円形の模様。
---
幾重にも重なる輪。
---
その中心へ向かって伸びる線。
---
源次は石工として直感する。
---
これは装飾ではない。
---
構造図だ。
---
何かの流れを示している。
---
「見ろ」
---
宗景が指差した。
---
奥の祭壇。
---
そこに石があった。
---
高さは人の胸ほど。
---
黒とも白ともつかない色。
---
表面は滑らか。
---
しかし見ていると模様が変わる。
---
いや。
---
模様ではない。
---
顔だった。
---
老人。
子供。
女。
武士。
僧侶。
---
無数の顔が石の表面を流れていく。
---
源次は息を呑んだ。
---
その数は増え続けている。
---
終わりがない。
---
宗景が震える声で言った。
---
「留魂石……」
---
第四の守り石。
---
源次は近づく。
---
すると石の中から声が聞こえた。
---
助けてくれ。
---
帰りたい。
---
寒い。
---
母さん。
---
様々な声。
---
男。
女。
老人。
子供。
---
何百もの声。
---
何千もの声。
---
源次は思わず後退した。
---
だが宗景は首を振る。
---
「違う」
---
「何がだ」
---
「これは本人たちじゃない」
---
源次は石を見る。
---
確かにおかしい。
---
声は感情を持っている。
だが生命を感じない。
---
まるで書物の一節を読んでいるような。
---
誰かが再生しているだけのような。
---
宗景が呟く。
---
「記録だ」
---
「……記録?」
---
「死者そのものではない」
---
「死者の残滓だ」
---
咲の帳面の言葉が蘇る。
---
「死者は消えていない」
---
違う。
---
正確には。
---
「死の記録が消えていない」
---
源次は石の周囲を調べ始める。
---
すると祭壇の下に刻まれた文字を発見した。
---
古い。
---
非常に古い。
---
だが読める。
---
藤富家の古文書に近い。
---
源次は声に出して読む。
---
「流るる魂を留め」
---
「留まる魂を記し」
---
「記されし魂を巡らす」
---
そこで文章は途切れていた。
---
宗景が顔を上げる。
---
理解してしまった。
---
第一の石。
死の記録。
---
第二の石。
循環。
---
そして第四の石。
固定。
---
全て繋がっている。
---
別々の封印ではない。
---
一つの仕組み。
---
死を処理する巨大な構造。
---
その瞬間。
---
石室が揺れた。
---
ドン……
---
低い音。
---
地鳴りではない。
---
何かが動いた。
---
地下で。
---
もっと深い場所で。
---
源次は背筋が凍る。
---
その音には覚えがあった。
---
第三章。
咲の帳面に書かれていた。
---
「地下は呼吸する」
---
ドン……
---
再び。
---
今度は近い。
---
石室の壁に亀裂が走る。
---
宗景が叫ぶ。
---
「まずい!」
---
留魂石の表面が変化していた。
---
無数の顔が浮かび上がる。
---
次々と。
---
まるで中から押し出されるように。
---
老人。
子供。
女。
武士。
---
その中に。
---
一つだけ見覚えのある顔があった。
---
源次は凍りつく。
---
それは。
---
数年前に亡くなった父だった。
---
石の中から。
---
父がこちらを見ていた。
---
何も言わない。
---
ただ見ている。
---
それだけなのに。
---
源次の足は動かない。
---
石が囁く。
---
帰れ。
---
帰れ。
---
帰れ。
---
源次は頭を押さえた。
---
違う。
---
これは父ではない。
---
父の記録だ。
---
残された情報だ。
---
そう理解しても。
---
心は揺れる。
---
宗景が源次の肩を掴む。
---
「見るな!」
---
その瞬間。
---
石の中の父の顔が崩れた。
---
砂のように。
---
そして別の顔へ変わる。
---
知らない女。
---
知らない老人。
---
知らない子供。
---
終わりなく。
---
入れ替わる。
---
源次はようやく理解した。
---
この石は魂を閉じ込めているのではない。
---
魂を“固定”している。
---
死という現象を。
---
終わらせないために。
---
その時。
---
石室の奥。
---
さらに奥の闇から。
---
足音が聞こえた。
---
コツ……
---
コツ……
---
誰かが歩いてくる。
---
宗景の顔色が変わる。
---
源次も振り返る。
---
闇の向こう。
---
そこに立っていたのは。
---
あの黒い武者だった。
---
そして彼は初めて。
---
はっきりと口を開いた。
---
「遅すぎた」
---
(第六話・続く)




