表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亀の瀬異聞録  作者: こうた
第三章:仏生堂起動(1840・天保の飢え)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/34

第五話「仏生堂の鐘」

黒い柱は空へ伸び続けていた。


無数の人影が絡み合い、ねじれ、うごめいている。


遠目には煙のようにも見える。


だが違う。



---


あれは人間だ。



---


咲には分かってしまった。


顔がある。


腕がある。


指がある。



---


何百。


何千。


あるいはそれ以上。



---


死者たちが一つに固まっている。



---


ゴーン……



---


再び鐘が鳴った。



---


その音が響いた瞬間。



---


村全体が静かになった。



---


不自然なほど静かだった。



---


犬が吠えない。


鳥も鳴かない。


風の音すら弱くなる。



---


まるで世界そのものが耳を澄ませている。



---


咲は息を呑む。



---


その沈黙の中。



---


一人の女が道端で立ち止まった。



---


村人だった。



---


四十代ほど。



---


痩せ細った農家の女。



---


彼女は鐘の方向を見ている。



---


そして。



---


ゆっくり歩き始めた。



---


神殿の方向へ。



---


「おい!」



---


近くの男が呼び止める。



---


女は止まらない。



---


「待て!」



---


肩を掴む。



---


その瞬間。



---


女が振り返った。



---


咲は悲鳴を飲み込んだ。



---


目がない。



---


正確には。



---


目が開いているのに。



---


何も映っていない。



---


空っぽだった。



---


男が後退る。



---


女はそのまま歩く。



---


神殿の方へ。



---


また一人。



---


また一人。



---


今度は老人。



---


若者。



---


子供。



---


次々に歩き始める。



---


誰も喋らない。



---


誰も迷わない。



---


ただ神殿へ向かう。



---


「始まったか……」



---


宗景の声は重かった。



---


「何が始まったんです!」



---


咲は叫ぶ。



---


宗景は答えない。



---


いや。



---


答えたくないのだ。



---


その顔を見れば分かった。



---


宗景自身も恐れている。



---


だが。



---


やがて口を開く。



---


「呼ばれている」



---


「誰に」



---


宗景は黒い柱を見た。



---


「仏生堂に」



---


咲の背筋に寒気が走る。



---


仏生堂。



---


集落の名前。



---


そして。



---


最奥部にある禁忌の神殿。



---


誰も近寄らない場所。



---


昔から生贄が捧げられていた場所。



---


宗景は低く言う。



---


「鐘は合図だ」



---


「何の」



---


「収集の」



---


その言葉を聞いた瞬間。



---


咲の頭に昨日の言葉が浮かぶ。



---


登録完了。



---


そして。



---


まだ足りない。



---


すべてが繋がる。



---


集めている。



---


何かを。



---


死者を。



---


記憶を。



---


魂を。



---


何もかも。



---


宗景は続ける。



---


「第一の石が記録する」



---


「……」



---


「第二の石が循環させる」



---


そして。



---


「仏生堂が集める」



---


咲は理解した。



---


今まで見ていたものは現象ではない。



---


工程なのだ。



---


何か巨大な目的のための。



---


手順。



---


その時だった。



---


遠くで悲鳴が上がる。



---


村の中央。



---


人が集まっている。



---


宗景と咲は駆け出した。



---


広場に着く。



---


そこには二十人ほどの村人がいた。



---


全員が神殿の方向を見ている。



---


そして。



---


その中心に少年がいた。



---


十五歳ほど。



---


農家の息子だ。



---


身体を震わせている。



---


口から泡を吹いている。



---


「離れろ!」



---


宗景が叫ぶ。



---


村人たちが下がる。



---


次の瞬間。



---


少年が叫んだ。



---


「寒い!」



---


その声は少年のものではなかった。



---


老人の声。



---


続いて。



---


「助けて!」



---


女の声。



---


「痛い!」



---


子供の声。



---


「帰りたい!」



---


男の声。



---


次々と変わる。



---


何十人もの声。



---


一つの身体から。



---


咲は凍り付いた。



---


第三の石。



---


まだ名前は知らない。



---


だが本能が告げている。



---


これも石の仕業だ。



---


少年は泣きながら笑った。



---


笑いながら怒った。



---


怒りながら助けを求めた。



---


人格が入れ替わっている。



---


宗景の顔色が変わる。



---


「早すぎる」



---


その言葉を咲は聞き逃さなかった。



---


まただ。



---


また。



---


早すぎる。



---


予定より。



---


何かが。



---


早く進んでいる。



---


少年は突然静かになった。



---


そして。



---


ゆっくりと顔を上げる。



---


目が合った。



---


咲と。



---


その瞬間。



---


少年の口が動く。



---


しかし。



---


声は少年ではない。



---


何百人もの声だった。



---


「見つけた」



---


咲の心臓が止まりそうになる。



---


「お前は見える」



---


周囲の村人には聞こえていない。



---


咲だけに聞こえている。



---


「お前は記録できる」



---


頭痛が走る。



---


視界が揺れる。



---


「だから必要だ」



---


必要。



---


何に。



---


何のために。



---


少年の首がゆっくり傾く。



---


骨が鳴る。



---


あり得ない角度。



---


そして。



---


笑った。



---


「次はお前だ」



---


その瞬間。



---


少年の身体が崩れ落ちた。



---


意識を失っただけではない。



---


何かが抜けた。



---


空っぽになった。



---


宗景が駆け寄る。



---


脈を確認する。



---


そして。



---


ゆっくり立ち上がる。



---


「生きている」



---


だが。



---


宗景の表情は暗い。



---


「中身がない」



---


咲は言葉を失う。



---


その時。



---


再び鐘が鳴った。



---


ゴーン……



---


ゴーン……



---


ゴーン……



---


今度は近い。



---


あまりにも近い。



---


まるで。



---


神殿ではなく。



---


地下から鳴っているようだった。



---


そして。



---


広場の地面が割れた。



---


ピシッ。



---


一本の亀裂。



---


そこから。



---


黒い何かが覗いていた。



---


石だった。



---


表面に無数の傷が刻まれた。



---


祠で見たものと同じ。



---


しかし。



---


もっと大きい。



---


もっと古い。



---


そして。



---


その石の表面には。



---


人の顔が浮かび上がっていた。



---


何十。



---


何百。



---


何千。



---


数え切れない顔。



---


その全てが。



---


咲を見ていた。



---


(第五話・続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ